そして日常へ_1
「ザァァァ――ックッ!!」
「っぐ!? マ、マリー?!」
いきなり響いた声に驚いて、ザックは肩を震わせる。その声の主に気付いた七央も、ポカンと口を開けた。
今日も今日とてセクシーなドレス姿のマリーは、ピンヒールの足音も高くザックの側にやってくるとその裸の胸に指を突きつける。綺麗な巻き髪は乱れ、整った顔が真っ赤になっている。かなりお怒りの様子だ。
「なんでマリーにあんな蟲飲ませるの!? ああいうのは嫌だって言ってるじゃないッ! もう最低! 最低よあなた!!」
ぐいっと顔を突き付けられたザックは、曖昧な笑みを浮かべる。そんな顔はマリーを怒らせるだけなのだけど、本人にその自覚はないようだ。
「悪かったって。許しておくれよ」
案の定、そんなザックにマリーは眉を吊り上げる。
「嫌よッ! 絶対に許さないわ。この貸しは高くつくんだからっ! ……あらぁ? カナじゃない。こんばんは? なにしてるの? こんなところで」
はたと気付いたようにこちらに顔を向けたマリーは私とザックを何度か見比べて、彼の身体が血まみれなことに顔をしかめた。
「……用事ってカナ絡みだったの? なら言ってよぉ。それにしても、なにその血の跡。返り血……じゃないわね。もうっ、汚いわねぇ。いつになくヒドいしぃ」
「いや、ちょっとね、いろいろあったんだよ」
誤魔化すようにへらっと笑ったザックにマリーは片眉を上げる。
「言わなくてもわかるわよぉ。張り切ってお姫様を守ろうとして、そんなことになっちゃったわけね。ダサいわ」
「ダサ……そりゃちょっとヒドいんじゃないかい、マリー。俺頑張ったんだけどな」
情けない顔になったザックに、フン、と鼻で息をしてジト目になったマリーは腕を組む。
「ヒーローを気取るなら傷一つなく助けるくらいしなさいよぉ」
「マリー! でもね、ザックがいなかったら、多分私、今日何回も死んでると思うから! だからそんなに強く責めないであげてほしいんだけど……」
あまりの言われようを見かねて頼んでみる。パチパチと大きな瞳を瞬かせた彼女は、ふわりと花が綻ぶように笑った。
「あら。その言い方からするとぉ。ザックはめでたくカナのヒーローになれたわけね?」
「……うん……そう、ね。多分」
「カナ……!!」
ぶわっとピンク色した変な空気を全開にするザックに、マリーは露骨に引いた顔になる。そこに、立ち上がった二つの影が頭を下げた。
「あの……助けてくれて、ありがとう……ございました」
「ん?」
ザックはそれに興味なさそうな視線を向けて「ああ」とだけ言って顔を背ける。コレ誰? とマリーにつつかれたザックは私を見て、その微妙な表情で理解したらしいマリーは半笑いを浮かべた。
「達也さん」
やっと手を離してくれた七央は私の横に立って、静かに達也とヒナを見る。
「お礼言う相手、間違ってるんじゃないですか」
「七央くん……ああ。君にもありがとうを言わなきゃいけないな」
「違いますよ。オレじゃない。オレなんてどうでもよくて」
七央は私の背中を押す。前には出たくないと踏ん張れば、七央は諦めたように力を緩めた。
「一番アンタを……アンタたちを助けようとしてくれてたのはカナ姉じゃないんスか。そっちの男は、カナ姉が望んだから達也さんたちを助けてくれただけ。そうじゃなきゃ、ソイツはアンタたちに興味の欠片もない。あのバケモノと一緒に殺されてたっておかしくなかったんスよ。わかってますか」
七央の言葉に達也とヒナがちらりと私を見て、バツの悪そうな顔をする。
「謝んなきゃいけないんじゃないんスか? こんなところに面白半分で来て、むりやりカナ姉巻き込んで、オレも巻き込んで。……こんな状況にした全部の原因は、半端なことしてた達也さんでしょ。それから、ヒナさん」
「七央、もう良いって」
「良くないよ。カナ姉だけ傷付いてあっちはハッピーエンドとか、そんなの」
許しちゃだめだ、と言う七央は、どれだけ純情培養なんだろう。あまりにピュアな発想がうらやましくなる。
「良いんだってば。私も空気読めなかったのが悪かったんだよ」
腕を引っ張ってそれ以上言わせない。空気ってなんだよ、と七央が顔を歪めた。達也たちの言葉はなくて、なんともいえない微妙な空気が流れる。そこに「ハイ」とザックが手を挙げた。
「まぁ少年の言い分もわかるけどさ。本人が良いって言ってんだから、それ以上ほじくるのはやめなって。そっちのが彼女を傷つけるぜ。それに、ほら。カナのことは俺がちゃんと慰めてあげるから安心しろよ」
みんなの視線を集めておいて、彼は満面の笑みで言う。自信満々に胸を張ったザックに、七央はじとーっとした目を向けた。
「安心要素が見つからない」
「ああ? なんでだよ。本人が俺のこと信じられるって言ってくれてるのに?」
「あの場だったからでしょ。普段から信じてるって意味じゃない」
そうなの? と驚いた顔をするザックに思わず笑いが零れた。多分そのおどけた態度も私を慰めるためのものなんだろうと思えばなおさら、なんだかんだやっぱり憎めない、と胸の奥にじんわりと染みる。
どうかな? とごまかすように首を傾げてみせれば、ザックは見事に情けない顔になった。
「そんな……俺のこと信用してくれたんじゃないの? 俺今日すげぇ頑張ったんだけど。あ、まだご褒美ももらってな……あ、いやさっきの先払いで約束のは上書きされちゃったとか? いや、ってか少年カナ返してよ。さっきはやむを得ずお前に渡したけど、ねえ、カナは俺に守らせてくれるって約束して――」
「ねえ、ザックぅ。それ、なに持ってるのぉ?」
空気を読まないマリーがザックの指先につままれた塊を見て言う。思い出したようにそれに視線をやったザックは、続いて視線をマリーに移し、なにか思いついたように悲壮感漂っていた表情を晴らした。半歩引いたマリーに、同じだけ詰め寄ったザックは手の中のものを握らせようとする。
「これ、今回収したものなんだ」
「貴方が保管すればいいでしょぉ。マリーはもう一個飲んでるもの」
「飲んだついでに、これもお願いできるかな」
「嫌よ」
「そこをなんとか!」
「なんでよぉ、嫌だってばぁ」
押し付けようとするザックに、嫌がるマリー。話は平行線で一向に進まない。揉めている二人に七央が助け舟を出した。
「それ、ヒナさんの生霊」
それを受けて、マリーはピタリと口を閉じてザックと私を見比べた。




