はばみわらうもの_7
「なんで私に言うんですか」
「なんで、って……だって、あの男、使役してるの貴方でしょう?」
当然のように、倉橋は言った。
――男?
バケモノを止めろって言うから、てっきり絡新婦たちのことかと思った。あれを作ったのは自分のクセにどうして私に言ってくるのかと思えば……よりにもよって。
「彼は、私のものではありません」
若干のイラだちを隠せないままに言い返す。私の言葉に意外そうな顔をした倉橋は、カックン、とまた首を横に倒した。
「またまたァ。さっきからアレは貴方のためにしか動いてないじゃないですか。そんな言い訳が通じるとでも――」
「本当に私の命令で動いてるわけじゃありません。本人の意思です」
「意思……だとしても、貴方の言うことならきくってことですよねェ?」
例えそうだったとしても、どうして私が倉橋のリクエストにこたえなければいけないの。腹立たしく思って睨みつけると、相手は唇の右側だけを引き上げてヒクヒクと引き攣る口元を隠すように手の甲を当てた。
「それにしてもねェ」
糸のように目を細めた倉橋はゾッとするような声で言った。
「――アレを人間扱いするの、やめてくださいませんか。本人、とか。ァハッ! なにを言っていらっしゃるのやら。ヒトじゃないじゃァないですか。見たでしょう、貴方も。首掻き切られても腹を斬られても、平然としてるんですよアレ。あんなのが人間なわけないでしょうに」
本人は痛いって言ってるじゃないか、とか、そういう問題ではないのだろうと理解する。その言葉の端々に滲む憎悪にあてられて呼吸が出来なくなった。
浅い呼吸を繰り返して、酸素を求める口が震える。揺らぎそうになる世界を抑えようと、服の胸元を掴んだ。
ザックが人間じゃないっていうのは何度も聞いたし証拠も見てる。本人からも重ねて「人間じゃない」って宣言されてる。充分に脳では理解している。でも、敵じゃないっていうのも嫌になるくらいに理解させられてる。彼は――確実に私の味方だ。
少なくとも、どうやら七央が何も出来ないらしいこの状況で、無力な私が頼れるのはザックだけだった。
「おぞましい……人間の姿を真似ているだなんて、なんておこがましいんでしょうね。それだけで唾棄すべき存在なんですよ」
「なんでそこまで憎むんですか」
「いやいや、それはわたしの台詞ですよォ小南伽奈さん。ちょっと見た目が良い人間っぽい若い男で、それに甘い言葉で囁かれたからって。そんな……なんでそこまで庇うんです? それがアレの手口でしょうに」
「だーれが『ちょっと』見た目が良い、だって? 俺くらいの良い男なんてそういないぜ」
倉橋への攻撃を諦めて口を挟んで来たザックを見れば、また「なに?」と笑いかけてくる。
ああこの顔だ。どうにも彼は憎めない。倉橋とザックの関係はわからないけれど、どちらかにつけと言われたら今の私が選ぶのは、一人だ。
「ねえ」と呼び掛けられて顔を向ければ、達也を助け起こした七央が迷惑そうな顔を隠さずに唇を尖らせる。
「ねえ、どうすんの」
「うん? ああ、少年。ちゃんとその男捕まえてたか。偉いぞ」
「褒められたくない」
「ということでェ、小南伽奈さァん。そのバケモノとめてくれませんか。余計なことしないように、って」
「余計なことしてんのはテメェだろうが。つうか、回収すんならさっさとしろよ」
「ねえ、変なこと言わないで。達也さん回収されちゃ困る」
「俺は困んねえっつうの。こんなん持ってっても大した評価にならねえ……よなあ?」
「知らない」
「小南伽奈さん、聞いてますかァ? わたし困ってるんですよォ」
……うるさい。全員が好き勝手に話してる。後ろで蜘蛛女たちがやりあってるのに今や誰も気にしてない。なんなのこの人たち。ズキズキと頭が痛くなってくる。頭を抱えると、気付いたザックが心配そうな顔で覗き込んで来た。
「カナ? 大丈夫?」
「……もう、頭痛い……」
「そりゃ大変だ。じゃあ、本気で終わらせようか。やりたくなかったけど、最終手段。もうコレしかない」
軽く私の頭を撫でたザックが、ポン、と背中を叩いてくる。それから仰ぎ見るように嫌な音を立ててやりあっている絡新婦たちに視線を移す。多少バランスを崩しやすい蜘蛛女の方が劣勢には見えるが、それでもまだ拮抗していると表現するにふさわしい様子だ。どちらの身体も傷だらけで体液が零れているがそれだけで、ひるんだ様子はなかった。これでは、いつ決着がつくかもわからない。
「……すっげぇやりたくないんだけどさ。本ッ気で見たくも聞きたくもないんだけど」
苦い顔で唸ったザックが片手で自分の目元を覆って達也を指さした。
「カナ、そいつに抱きついて、なんか愛の言葉でも囁いて」
最悪ほっぺにキスくらいならしても良い、なんて言いだす。なにを言い出したのかと数度瞬けば、指の間から私を見て口角をこれ以上ないくらいに下げる。
「あいつら嫉妬させんの。で、もっと本気でヤってもらうってコトでね……あーッそんなん俺も見たくねえけど!」
と叫んで、苛立たしげに地団太を踏むと今度は達也に向かって言う。
「おい人間。テメェも協力しろ。お前の本命が誰とか関係ねえんだよ。腹立つけど、今付き合ってんのソコだろ。なんか適当に、カナに合わせて返事しろ」
「……な、なんで」
「うるせぇ黙れ。良いか色男。今アレは全部お前を取りあって喧嘩してんの。オーケー? ってことは、お前餌になれるってことだろ。同じように、カナも餌だ。あれを煽るための道具だ。」
「餌、って」
引きつった笑いを返した達也に思いっきり顔をしかめて、どこからともなく取り出した小さい斧で達也を縛っていた蜘蛛の糸を解いた。それから完全に背中を向けて耳を塞ぐ。そんなザックを七央は冷めきった目で見ていた。
「カナ、さっさとやっちゃって。クッソ、なんでこんなこと……!」
「そんなに嫌なら他の方法でやれば?」
「うるせえんだよ少年も。お前にはこの身が引き裂かれるくらいの辛さなんてわかんねえんだろ。殴れたら本ッ当殴ってやりたい」
「八つ当たりじゃん」
「うるっせっつの!」
ええと、と達也と目を見合わせる。達也も戸惑っているけど、私の戸惑いも大きい。あんなにはっきり餌って言われてしまったし。あのひと、本当に私のこと好きなのかしら、なんて疑問すら湧いてくる。ザックを信じるのなら、少なくとも肉体的な被害がないように庇ってはくれそうだけど、これ、本当に煽って大丈夫なの?
倉橋は「もう、話聞いてくれないんですね?」と確認すると何やら手の動きで犬っぽいあの青年に指示を出したようだった。青年は、いつでも飛び出せるような姿勢に構える。
ああもう、どうとでもなれ! とやけっぱちで達也に抱き着いた。




