はばみわらうもの_5
フハハハハハッ! と倉橋の笑い声が響けばザワリと空気が乱れる。
「テメェ、まぁだ動くのかよ! おい少年!」
「指図するな……っていうか、ちょっと動くな、って……」
達也の身体を抱えて声の方を見れば、全て斬り落とされたはずの蜘蛛の足がまた生えている。その目は自らに対峙しているザックを飛び越えて私を睨んでいた。
七央は、ズルズルとこちらに向かって動き出したヒナを抑えようと、私から距離を取るように移動して彼女に繋がっているロープを引く。しかし、どれだけの馬鹿力なのか、華奢な女の子に七央の方が引っ張られてたたらを踏んだ。
「キリがねえ!」
もう一度落とした蜘蛛の足は、今度は即座に生えてくる。ならば、と上半身を狙おうとしたザックの足元を倉橋の所の青年がすり抜けた。
「っ、なにしやが……うわっ!」
一瞬意識がそれたところに蜘蛛が圧し掛かった。一本の足が彼の脇腹をかすめて、肌の上を滑った鋭い足先で皮膚が裂ける。グッ、と痛みをこらえるような声が聞こえた。
「ザック?!」
「んぁ……っと、いや、いやダイジョブだから、心配いらない、んだけど……クソッ。痛ェもんは痛ェんだよ! の蜘蛛女が」
大丈夫、と手を挙げたザックは駆け戻って来ると七央の持っているロープを一緒に掴んでヒナを引き戻す。
「おい少年、面倒臭ェから全部ぶつけんぞ」
「は? オマエなに言って……」
「あの蜘蛛にぶつける。良いな? あとちょっとだけ、このまま耐えろ」
続いてザックが駆けてきたのは私の所だった。
「手っ取り早く始末するよ」
「え? なに?」
「あいつらの狙いは、この男だ。オーケー? ってことは、コレさえどうにかすりゃ問題解決なんじゃないかと思うわけね。だからさ、それ貸して」
ザックは私の膝に転がっている達也を指す。
「人間には手を出さないって言ったじゃない」
「俺はやらないよ、なにも」
しれっと言う彼の中では、多分整合性の取れていることなのだろう。私に対して人間に手を出さないと約束した、だから自分は何もしない。けど――それが自分でなければ構わない。
「そういう問題じゃないでしょ!」
「って言っても、あいつら全部この男狙ってるんだからさ。渡しちゃって取りあいさせて相打ち狙い……ま、仮にそこまではダメだとして、お互い削りあってくれりゃしめたもんだと思うんだけど」
「駄目だってば」
「なんで?」
その案の何がいけないのか、全く理解してくれない。餌にしようって段階で危害を加えているも同然なのだけど、どういう思考には至らないようだ。
「その男、カナのこと傷つけてたわけでしょ? 別の女作ってさ。あげくにどっちもピンチって時にそれしか助けようとしなくて。なんでそんなのが大事なの?」
彼は悪気なく見事に傷口を抉り続けてくれる。なにも言えなくなった私を見て、ザックは口をへの字にした。その時「もう限界!」と七央が叫んだ。
「ちょっとって言ったじゃん」
「うるせぇ貧弱少年が。もう少し待てっつーの」
「もう無理だって」
その言葉通り、ヒナはじりじりとこちらに近付いてくる。同じように、ヒナとの距離をはかるように蜘蛛女もこちらへと向かってきている。どうするのか、とザックを見れば、ガリガリと頭を掻いてため息をついた。
「じゃあさ、カナは俺のこと全面的に信じられる?」
「信じるってどういう意味でよ」
「君を絶対に傷つけさせない、守り切るってことをさ。ねえ君は、俺にその身を預けられますか?」
どうだい? と屈むように手を差し伸べてきた彼に、迷わず手を重ねる。手が触れた瞬間、なぜかザックはビクッと肩を揺らして目を真ん丸にした。
「うん。信じられる」
「……本、気……?」
「守ってくれるって何度も聞いたし、本当に守ってくれたし」
出会って間もない彼だけど、もう何回も助けられている。それこそ、さっきだって唯一私のために身を挺してくれた彼を信じられないはずがなかった。笑顔を向ければ、これ以上ないくらい限界まで目が見開かれる。
「っん! なにそれ……もうご褒美もらっちゃった……っ」
最っ高、と呟き、またとろけそうな笑みを浮かべて重ねた私の手をしっかりと握ったザックは、斧を持ったままの反対の手で達也の胸元を掴んで立たせた。
「ってことでさ。あんたにはクソ腹立つけど、彼女が傷付けるなって言うからついでに守ってやる。命の保証はするから――余計なことするんじゃねえぞ」
ザックは達也に顔を近付けて低く告げた。理解できていないだろう状況だとは思うけど、顔のすぐ近くに斧を持たれているという状況で抵抗なんてできるはずもない。達也は必死に頷いて答えた。私を片腕にしっかりと抱きかかえ、もう片方に達也をぶら下げるように無理矢理立たせた格好でザックは声を張った。
「おい、人間。逃げんなよ? ――少年、ソレもう離していいぞ!」
七央が手を離した瞬間、ザックが達也に一人で立つように声をかけて、ヒナに向かって斧を投げた。悲鳴を押し殺す私と「ヒナ!」と叫んだ達也。飛んでいった斧は、ヒナを拘束していた網を裂いて消える。
私たちの反応に不愉快そうに顔をしかめたザックは「俺がアレを傷付けるはずないだろ。カナと約束したんだし」そう言って達也の首根っこをまたつかんだ。




