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はばみわらうもの_2

 上半身裸の彼の口元が緩く綻んでいる。蜘蛛を痛めつけることを、ザックは確かに愉しんでいた。

 切り離されても、上体も胴体も動きを止めない。下半身を無くした女は這いずるようにしてザックに掴みかかるが真正面から顔面を踏みつけられ、ブギュ、と潰れる音がする。

「本当、腹立つ。あんたの命なんかよりも、カナにつけられた傷一個のが重いぜ?」

 淡々とした調子ながら、ひやりと心臓を撫でられるほどにその声は低く冷たい。私の傷っていうと、見えてる範囲はこの口の中と唇が切れてしまって血が滲んでいるくらいだと思うのだけど、これ、絡新婦は一切関係ない。一回目はあの狼みたいな子が私に向かって達也を放り投げたせいだし、二回目はその達也に振り払われたせいだ。

「ちょっと可愛い顔してるからってさ、俺の姫に嫉妬すンのも妬むのも、変な優越感で逆恨みすンのもやめてくんない? 迷惑なんだよ」

『……ッチ ニモ……』

「あァ?」

 女がザックの足首を掴む。あごを上げてそれを見下ろし、彼は右目を眇めた。

『オマエニモ、オトコガイルクセニ!』

 そう言って燃え上がるような嫉妬を滲ませた視線を投げられる。

「またそれかよ。違うって言ってんだろ」

 しつこい、とザックは彼の足を掴んでいた手を切り落とす。ギャァァッと上げられた悲鳴に不愉快そうに顔をしかめて耳をふさぐフリをする。

「俺の口から言わせんなよ。カナの男は、そっち」

 ザックは達也を指さす。胸糞悪ィ、と整った顔を歪めて、また頭を掻きむしった。

「カナから男奪っといて、まだなにが気に入らないわけ? わっかんねぇな」

 残った手で掴みかかってきた女の腕を、またしても「触んなよ」と斧の一振りで跳ね飛ばす。冷めきった目でヒナの身体を抱き締めている達也を眺めて、ゆるりと首を回して私と視線を交わす。

「姫、あれヤッちゃえば問題解決する気がするんだけどさ。ヤッて良い?」

 達也に向かって首を掻き切るような仕草を見せるから、あわてて駄目だと左右に首を振った。人殺しなんて、ダメに決まってるじゃないの!

 そんな遣り取りをしている間に、両腕を無くした女が這いずって私の方へ来ようとしている。へたり込んだまま後ろに下がろうとしても肘に力が入らず、カクっと姿勢を崩す。

「そっち行くなって。まだ俺と遊ぼうぜ」

 ニタァと悪い顔をしたザックは女の背中を踏みつける。容赦がないどころの話じゃない。思わず顔を背けてしまえば、私の視界に倉橋の姿が入ってきた。

 ガリガリと親指を噛んで彼らの様子を見ていて、さっきまでのニタニタ嗤いはどこにもない。小さく首を傾げながら、血が滲むほどに指を噛む。

『ハナセ! カレハ ワタシ……ノッ ワタサ……ナイ!』

 ザックに踏まれた格好でもがく女の声にかぶせるように、どこかからか声が聞こえた。

『チガウッ』

「あー? 今度はなんだってのよ」

 うんざりした顔でザックが見たのは、丸まっていたはずの蜘蛛の胴体だった。もぞもぞと足を広げた蜘蛛の、切り離されたはずの上半身部分に、先ほどよりも歪な女の半身があった。

「……誰だ、あんた」

 ヒナじゃねえな、と呟いたザックは七央に視線を投げる。新しく生えてきた女の身体にくっついているのは、別人の顔だった。

「多分、ここに巣食ってた霊。女の、首吊りの」

「はーぁ……え? どういうこと? コレってヒナってのを核にあそこの白いのが作った妖怪モドキじゃねえの?」

「知らない」

「……少しは興味持てよ、少年。アレ、俺のこと完全無視なんだからさぁ」

「どうでもいい」

「お前ね」

 話にならない、と肩をザックはすくめたのだけど、私は背後に気を取られていた。ハァハァと興奮したように息を荒げた倉橋は、食い入るように蜘蛛を見詰めている。素晴らしい、だの、何故核が二つ、だのと言っているけれども意味が解らない。

『ソノヒトカラ ハナレテ……』

 蜘蛛が欠けた足で身体を持ち上げる。まだ上手に身体を動かせないのか、ぎくしゃくとした不自然な動作でゆっくりゆっくり動き出す。徐々にコツを掴んだように足の動きを速める蜘蛛が向かおうとする先を理解すると同時に、足が勝手に動き出す。


「カナ姉!」

「っ、カナッ?!」


 行くな、と同時に七央とザックが叫ぶ。でも動き出してしまったものは止められない。さっき、自分が狙われている時は動かなかったのに、と自嘲の笑みまでがこぼれる。

 蜘蛛が足を振り上げる。その狙いは、気を失っているヒナ。と、彼女を抱え込んだ達也。全く動けない彼らを庇うように手を広げる。

 なにも意味がないことくらい理解している。私がここにいたら、七央もザックも攻撃できないだろうことも理解してる。

 でも。

「させない……!」


 ――目の前で無抵抗にやられる人を放ってはおけない。

 裏切られていたのだとしても、見捨てられなかった。


 蜘蛛が足を私の頭上に振り下ろす。目を瞑って顔を背ける。

 何かが飛んでくる気配。ブシュ、と何かが噴き出すような音がして、身体に生温いものが降り注ぐ。間髪入れずにぼごっと鈍い音がして足元が揺らいだ。

 目を開けると、世界が斜めになっていた。

 蜘蛛が振り下ろした足はザックの投げた手斧に軌道を逸らされ屋上に刺さっている。そのせいで、もろくなっていたらしい建物にひびが入っていた。足元が斜めになっていく。よろめいて尻餅をつく。

 横を見れば、蜘蛛に近くを刺された衝撃で達也の腕からヒナが転げ落ちて私の真隣にいた。まだ気を失っている彼女はなんの反応も示さない。少しでも動いたら、一気に崩れてしまいそうだった。

 そこへ、もう蜘蛛の一撃が刺さる。

 ガラリと崩れる音がして、背中から下へ引っ張られた。

 達也が手を伸ばしてくる。その先はヒナ。間一髪で腕を掴む。

「きゃぁっ!」

 目を覚ましたらしいヒナが悲鳴を上げる。

「ヒナ、動くなよ!」

 必死で寝そべってヒナを掴む達也までもが落ちかける。その身体を七央が支えるのが見えた。徐々に落ちていく私も無意識に手を伸ばすけど、達也の手は当然のように私を掴まない。私を見てもない。彼を必死の形相で掴んでいる七央も私の手には届かない。もう駄目だと諦めて力を抜けば、ずるりと身体が滑り落ち頭から下を向いた。瓦礫が周囲を一緒に落ちていく。

 走馬燈が駆け巡って、思い出すのはこんな時でも楽しかった時の達也との思い出で、我ながら諦めが悪いと呆れてしまう。

 ガツン、と大きなものが床に当たる音。同時に、二階の床も抜けたような音がする。どこまで落ちるのだろう。下の階なら、瓦礫に潰されなければなんとか無事って可能性もあったけど、一階まで抜けてしまったらちょっと無理かもしれない。ガラガラと建物が崩れていく。最期まで意識はあったままだったな、と変なことを思って涙が空を舞うのを見た。

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