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ナリイズルモノ_2

日向ひなたさん。この倉橋依桐の名において、新しい生の始まりをお祝いします――絡新婦じょろうぐも。その名を貴方に差し上げましょう……さぁ!」 

 途端、それまで濁り切っていた瞳を爛々と輝かせて周囲を見回す。そんな倉橋を恐怖するように、達也に助けを求めようとしたヒナの動きが止まる。ビクンッと背を反らせると、不自然に反りかえった格好のままその場に固まった。

「ヒナッ?!」

 驚いた達也たち三人が駆け寄る。でも、つま先立ちで硬直しているヒナは彼らに揺すられても姿勢を変えない。彫刻のようにそのままだ。七央はそんなヒナの様子にギリっと奥歯を噛んだ。

「倉橋依桐ッ!! オマエなにやった!」

 私を背後に庇ったまま、倉橋と名乗った男に向かって叫ぶ。ゆらりと上体を揺らして七央に向き直った倉橋は、まだ胸に手を当てたポーズのまま。こちらを気にするような様子を見せつつも恍惚とした表情を浮かべ、横目でヒナを見ている。

 ビクビクッとヒナの身体が動いた。その身体を揺すっていた達也たちが、一歩後退る。

「ああっ! おめでとうございます!」

 成功だ、と喘ぐように短く息をして両手を胸に当て、こちらを流し見てニタァッとまた目を細めた。

「ゥっふ……ヒハッ、末岐七央すえきなお。なにを怒ってるんですかァ。わたしのやることは一つです。ご存知でしょう」

「……ンのやろ……」

「私の望みは、あの方々をあるべき姿へ戻すこと。ただそれだけなんです」

 知り合いなの? と名前を知られていることに驚いて聞けば、七央は「知り合いじゃない」と短く言って。

「アレも、敵」

 忌々しそうに吐き捨てた。

「も? ってことは、もしかしてマリーとザックの……」

「違う」

 仲間、ではないらしい。もし彼らの仲間だったら、少しは会話の余地もあるかも、なんて思ったのだけど。けどどう見てもその倉橋と名乗った男は、ザックとは似ても似つかぬ雰囲気で、かつ七央に対して友好的でもなかった。

「テメェ、なにやったんだよ」

「なに、って……育てただけですよォ。彼女の中の、闇みたいなものを」

 倉橋は楽しそうに軽く握った拳の甲を口元に押し当て、引き攣れた笑い声をあげる。

「ンふふっ、いやァ上質な澱で助かりました。しかも、自らこんなところに来てくれるんですから。ハハッ、喰い放題じゃないですかァ。上出来上出来、称賛して差し上げても良い。十分に喰って育ったんでしょうねェ。いやはや、この短期間で立派なものです。達也って男はそこまで執着するほど素敵なんでしょうかねェ? わたしには一切わかりませんが。まあ、正直どれがどんな人間かなんてのには興味ないんです。わたしにとっては『生まれるか否か』が重要なだけでしたからねェ。種は撒くだけ撒いておきました。くフっ」

 反っていたヒナの身体が、今度は胎児のように丸くなっていく。

 手の出しようがないのか、達也たちは遠巻きにその様子を見ている。宙に浮き、ぐぐっと丸まったヒナの背中からメリメリと嫌な音がする。彼女の背中が、ぼこぼこと盛り上がってくる。ぶつっと裂ける音がして、突き破るように真っ黒い足が飛び出す。

「キャァァアアアア!!」

 その数は八本。ヒナの身体と比べてもずっと長い。

 悲鳴を上げて、達也の友人二人がこちらに走ってきた。残された達也は、その場で動けなくなっているようだ。


 うぞうぞと蠢いたその足は、まるで蜘蛛の――


「クソッ」

 七央がスマホを弄ってアプリを立ち上げる。

「な、こんな時になにやってるの?! 逃げるか、助けるか……ねえ七央!」

「だから! 俺だけじゃデフォ装備って言ったでしょ。アレに対処なんて出来な……ああ、浅緋さん。ヤバい倉橋……そうッス、で、なんか生まれたとかなんとか」

 七央は通信アプリだったらしいそれで誰かと話し出す。

「ヤツ、蜘蛛、ジョロウグモって言って……はァっ?! や、そんな。見捨てろっていうんスか?!」

 ヒナと倉橋から視線を外さないままの七央の口から悲愴な声が漏れた。それを横目に駆けてきた男女は転がるように階段を降りていく。

「目の前にいるんスよ! 今! 目の前で! このままじゃヒナさんが……浅緋さん! 浅緋さんッ!! せめて、じゃあ戦闘許可を……ッ」

 階段下から悲鳴が聞こえて、振り返るよりも前に全身冷水を浴びせられたかのような怖気に襲われた。

 本能的に、出入口を塞ぐように立っていた七央を引っ張ってドアの前を空ける。滑るように階段を這いあがってきたらしい黒い影が、達也に飛びかかった。

 蜘蛛の足がその手を阻むように達也を囲いこむ。腰が抜けたようにへたり込んだ達也は何も出来ずにガクガクと震えている。蜘蛛に阻まれた影が這いずっていた姿勢から立ち上がる。

 それは、二階にいたあの首吊り女の霊。

 蜘蛛の足の間に腕を突っ込んで達也に触れようとしていた。


『ワタシ ノ カエシテ……!』


 達也は耳を塞いで伏せるように小さくなっている。蜘蛛に守られているような形ではあるけれど、あれが彼にとって敵か味方かわからない。

 あんな人でも放ってはいけない。助けなきゃ。でも、どうやって? それにヒナは?


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