ナリイズルモノ_1
「ねえ、達也帰ろう。なんにもないんでしょ?」
「あー……まあ、もう良いか。ヒナ、満足したか?」
「うーん。怖がってる人いつまでも付き合わせるのも可哀想だから、帰る?」
「そうだな」
二人は腕を組んで戻ってくる。その姿は、完全に彼氏と彼女だ。じとっとした目になるのを抑えきれない。達也、ヒナさんに私と別れたって言ってないのよね? 彼女の生霊はその事実を知らないみたいだったし。なのに、私の前でこの態度。なに考えてるんだか全くわからない。
楽しそうに「二階の椅子と音、怖かったね」なんてもう全部終わったような顔で話をしている彼ら四人が早くこちらに戻ってくるのを待つ。
「二階のアレ、まだ階段に来てない?」
「大丈夫。切れた音、してないから」
みんなに聞こえないように小声で会話する。気が急いているせいで、彼らの歩みが信じられないくらいに遅く感じる。
早く、早く早く! 少しでも早く、ここを離れたい。
「――失礼」
「……え?」
す、っと隣を誰かが通り過ぎた。
それは幽霊と間違えるほどに全身真っ白な服の男。白い詰襟の服、白い帽子、黒マスク。黒髪に、アンダーリムの眼鏡。
「こんばんは。また会いましたね」
音もなく歩いた男が鷹揚に頭を下げた相手は、ヒナだった。
彼女はパチパチと瞬きして、あ、と口を目を丸くした。
「もしかして、この前の占い師さん? なんでここにいるの?」
「偶然ですよォ。たまたま通りかかりましてね」
どう頑張ったところでこんな場所を通りかかるわけがないだろう。全員がそう思ったはずなのに、突っ込めない。
学ランのような服を着ているがどう見ても学生ではない。背は高くも低くもない。全体的な雰囲気が不気味でならない。ふらふらと、酔っているかのように上体を揺らして立っている。ヒナや達也たちにも見えているようだから人間なのだろうとは思うけど、あまりに怪しい。
知り合いか? と達也に聞かれたヒナは「この前、街角で占ってもらったの」などと答えている。辻占い師ということだろうか。全くそれっぽくはないけど。
「ええとね、恋愛の話とかみてもらってぇ」
そう言って、私をちらっと見て
「今好きな人と必ず結ばれます、って言ってくれたんだ〜」
満面の笑みで達也を見上げる。さすがの達也も私を気にするように視線をよこした。
――早く別れてるって言えばいいのに。そしたらヒナさんの願いは叶って、その占い師だっていう男の人の占い結果も事実になるんだろうから。
二人の関係は知っているから今改めてショックは受けない。彼らの仲睦まじげな姿を見ても、占いの話を聞いても無表情な私に、達也とヒナは揃って不可解そうな顔をして視線を交わす。鈍くて彼らの関係について気付いていないと思われているのかもしれない。
いくらなんでも、昨日の件がなかったとしても今日の様子だけで浮気を疑うには十分だ。でも今ここで問い詰めても、仕方がないじゃないか。私は捨てられて、ヒナが選ばれて――のはずだけど、まだ彼女に別れた話をしていない理由が分からない。
――なんだろう。ヒナさんを焦らして喜んでるとか?
性格悪いな。少し嫌そうな顔になったのをどう勘違いしたのか、ヒナは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。そんな満足げなヒナの視線を辿るように体を曲げた男が顔だけで振り返り、七央を見てニタァと目を弓形にした。
「おやおやァ……クフッ」
カサついた肌に、クマの目立つ胡乱な瞳。口元の黒いマスクを引き下げ、ヒクヒクと上がる口角を見せる。声を出して笑った男は、私に視線を移して細めていた目を開いて「おや」と小さく呟いてから、姿勢を直した。
「確かに占いましたねェ。好きな方と結ばれる、と確かに。で? その愛してらっしゃる男性というのは今腕を組んでらっしゃるその方で良いんですね?」
「……っ、えっと」
「達也さん、とおっしゃいましたか。なるほどイイオトコですねェ。日向さんが惚れるのも理解できる。これはこれはなんともお似合いの二人だ」
芝居がかった言い方でもう一度頭を下げて、そのまま逆さまに下から私と七央を見てニタリと口角を上げる。ゆっくりと顔をあげ、うろたえたような様子の達也とヒナを順に覗き込むように左右に身体を揺らしながら、右手を振り上げた。
「ああでも……横恋慕してくる方がいらっしゃるんですよねェ。それは邪魔でしょう邪魔でしょう。ふふっ――消えてしまえばいいのに、って、思いますよねェ?」
不自然に響いた声にゾワっと鳥肌が立つ。思わず両腕で自分を抱く。七央が、私の腕を掴んで自分の方へと引き寄せた。
ところでェ、と粘ついた声を出した男は、グイ、とヒナに顔を近付ける。男から逃げるように、ヒナは達也の背中に半分隠れた。
「ジョロウグモってご存知ですか?」
「ジョロウグモ? あの派手なヤツか?」
唐突な質問に答えたのは達也だ。ヒナはなんだか解らない顔をしている。その答えに満足したように大きく頷いて
「そうですそうです! よくご存じで。っていっても、今わたしが言っているのは別のものなんですけどね。おやおや、名乗り忘れておりましたね。わたし、倉橋依桐と申します」
男は歌うように名乗る。そして右手を胸に当て左手をヒナに差し出した。




