肝試しなんて冗談じゃない_5
一階の階段付近にいた霊は全部ヒナの影に飲まれた。あとはそれぞれの部屋をうろついていた数体の霊だけが残っている。でも二階はどうなんだろう。まだ幽霊がいっぱいいるのかもしれない。それを全部あの影が呑み込んだら――?
嫌な予感しかない。これは、一刻も早くこの場を立ち去るべきだ。それから私は、自衛の意味も込めてヒナからも距離を取らなくては。
かといって、ここから歩いて帰るには、タクシーを拾える場所に出るにしても少し距離がある。七央は一緒に歩いてくれるかもしれないけど、それでもヒョロヒョロの若い男の子と女が一人。暴漢みたいなのに襲われたらひとたまりもない。そんなのに合うことはないだろうとは思うけど、万が一ってことだってある。どう考えても、彼らと一緒に車で戻るのが一番早い。せめて、あの集合場所の駐車場まで。少しでも明るい場所に、人の気配のある場所に。それから、私だけがヒナから逃げれば良い。全員の無事を願うなら、それが最良の策と思えた。
それに、このままなにも言わずにいて、もしも『なにか』が起こってしまったら。
私は彼らを見捨てて帰ったことをずっと後悔するだろう。
「ねえ、遅い時間だしそろそろ帰らない?」
疑われない方向で私に言えるのはそれくらいで、当然達也たちには拒絶される。しかも。
「無理矢理ついてきたんだから、最後まで付き合えよ」
だとか、私が行きたいって言ったんじゃなくてアナタが誘ったんでしょう、って言い返したくなるようなことを言ってくる。どうやら達也の中では、自分が誘ったのは七央だけ、私はそれに勝手についてきたって設定になっているようだった。
また都合のいい解釈だこと。
その口で「お前も連れてってやる」って言ったの忘れたみたい。そういう人だっていうのは知ってるから、今更傷付いてなんかやらない。
でも、この場で空気を壊すことを恐れてなにも言い返せずに唇を噛む。そんな私に、一段昇って横に並んだ七央は言った。
「どうするの」
「どうって」
「って聞くまでもないよね。どうせついてくんでしょ」
「……うん」
彼は唇をほとんど動かさない。七央の言う通り、達也の発言に対しての拒否権なんて元々私にはないし、それに今はあのヒナって子が心配だ。彼女と自分の関係を思うと本当は心配なんてしたくないけど、見てしまった手前放っておくこともできない。我ながら、面倒な性格をしてると思う。
ベッタリとくっついている二人の後ろを、数歩遅れて歩いていく。仲睦まじげな様子よりも何よりも、彼女の影がまた動き出しはしないかとそればかりが気になって足元ばかり見ていた。
二階に着いた時、周囲に自分たち以外の気配はなかった。不自然なくらいに、下にはあんなにいた幽霊がいない。もう、さっきので全部食べられちゃったの? それとも、アレから逃げたとか?
なにかいないかと廊下の奥に視線を凝らす。でも、見える範囲にはそれらしきものはない。ブツブツと恨み言を呟く声も聞こえない。嘆きも泣き声もなにも聞こえない。
――これ、耳が元に戻っただけなら良いんだけど。
多分そういうことじゃないんだろうな、っていうのは、隣の七央も眉間にシワを寄せてあちこち眺めているので予想できた。
達也たちは階段を上がってすぐの部屋から、また順番に覗いていく。
転がる椅子。スプレーのラクガキ。持ち込まれたゴミがここにも山のようにある。棚が倒されている。診察用のベッドと思わしき台はなにがで汚れている。そんな感じの部屋がいくつも続く。そして、廊下の奥、さっき人影が見えた部屋の辺りに近付いた。そこで抱いていた違和感の一つを思い出した。
「さっきから誰にも会わないよね」
「今日は俺たちしか来てないんだろ。車だって止まってなかったし」
誰に言ったわけでもなかった私は、達也の友達に指摘されて思い出す。確かに建物の前にある駐車スペースには、私たちが乗ってきた車以外はなかった。
ここに来るのに歩きはキツい。途中の道も明るくはないから、あれだけでも十分な肝試しになってしまうだろう。基本的には車がない人が来る場所じゃなかった。でも、さっき確かにこの先の部屋の窓から誰かが覗いていた。背後から灯りを照らされて戻っていったのを見ている。少なくとも二人はこの中にいるはずだ。もっと上の階に、物音も立てずにいるんだろうか。
どう思う? と七央を見ようとすると、達也の友人である男は軽い笑い声をあげる。
「なんだよ、センセーはそんなに怖いの? 俺たちまだ全然怖くもなんともないんだけど。こんなので怖がれるなんてうらやましーの」
馬鹿にされた、と頭に血が昇るより前に男は続ける。
「ここには俺たちだけだろ。さっきから他の足音なんてのも、物音も、悲鳴なんてのも聞こえない、よな?」
「うん、な~んにもない。つまんないの。こういう場所って、ほかの人の悲鳴で怖くなったりもするのにねー」
「だからぁ、もし何か聞こえたらユーレーだったりして!」
「本当に出たらどうする? ねえ、私を置いて逃げないでよ?」
私をからかいながら、一緒に歩いてた女の子とイチャつきだす。結局肝試しやろうっていうのも、こうやって女の子を怖がらせて抱き着いてもらうためなの? ただでさえ下らないと思っていたお遊びはもっとつまらなくなる。
ただ、下らないのは別としても、建物に入る前から起きていた異常に気付いてしまえば鳥肌が立つ。
「……じゃあ……最初に見えたあの影、幽霊だったんだ?」
そう呟いた声は、七央にしか聞こえなかったようだった。




