肝試しなんて冗談じゃない_3
「だからさ、ヒナ。また騙されてんだよ」
「えーだってタツヤがそこにオバケがいるって」
「いるなんて言われてないだろ。また騙されてんだよ」
「嘘~。そんなことないよね、ね、タツヤ? 見えたんだよね?」
もう一人の男の人がフワフワ女子に話しかけた。ヒナ、と聞こえてビクンと背中が伸びる。
あの甘ったるい声のあの子が、ヒナさん?
つい、まじまじと顔を見てしまう。しかし彼女の視線は完全に達也しか見ていなくてこっちの無遠慮な視線に気付く様子はない。
「どうしたの?」
「なんでもないよ」
にこ、っと七央に笑ってみせたけど、内心はなんでもなくなかった。
甘くて高めのいかにも女の子らしい声。雰囲気だけじゃなくて、顔もかなり可愛い。守ってあげたくなるような娘。なるほど、達也の好みのど真ん中を貫いてるタイプだ。あぁこの子かぁ、と妙に冷静になる。
「カナ姉?」
「なんでもないって言ってるでしょ」
「……そ?」
ちょっと態度がおかしかったかも。七央に心配されてしまった。
なにも気付かなかった振りをして、一階の全部の部屋を覗いて回る集団の後ろをついて歩く。
「なんにもないなあ」
「あったら怖いじゃん」
肝試しに来ているのだかなんだかわからない会話を交わしている彼らを眺める。なにかあることを期待しているんじゃないの? 怖い体験をしたくて来ているのではないの? 下らない、と視線を横に反らす。すると、ドアの影になにかが揺らめいたように見えた。正体を見極めようと、スマホの灯りを向けてじっと目を凝らす。集中すると、ぼやけて人間の影のようなものが壁に映っている。でも、そこは影なんて出来るはずもない場所だ。じゃあ誰かのラクガキだろうか。そこに影があるように見える、っていうタチの悪いいたずら。確認するために一歩踏み出そうとしたけど、そこから動けなかった。私の腕を七央が掴んでいる。振り返ると、真面目な顔で小さく首を横に振る。
――え……この反応って。
いるの? と目で問い掛ける。頷いた七央は、視線を逸らすようにあごで示す。そういえば、幽霊に見えてること気が付かれちゃいけないとか言うよね。指示通り、ゆっくりと影から視線を外す。
――でも、どうして。
私、霊感なんてないのに。見えるはずないのに。なんで? とパニックに陥りかける。そこで、昨晩のことを思い出した。
『これ、普通の人間が見えないものを見えるようになるのに必要なことだから』
彼の声がよみがえる。
――ザァァァァックウゥ!?
あれってすぐに見えなくなるんじゃなかったの?!
念のため、目を擦るふりをして左目を隠し、横目で見ればそこには何もない。逆に右目を隠して見ると……人影どころじゃない、胡乱な表情で立つ若い女の人がそこにいた。
待ってよ聞いてない。あれってすぐに見えなくなる一時的なものなんじゃ……? 私、見えるのは数時間程度なんだと勝手に思ってた! あんな、ちょっと目玉舐められただけでずっと幽霊が見えるようになるだなんて思わないってば。
頭の中で必死に記憶を呼び起こす。彼の言葉を繰り返す。
待って待って。確かに一時的なものとか全然言われてない気がする。ただ見えるようになりたいか聞かれただけで、効果がどれだけ続くとか言われてないのに気付いた瞬間、ザッと血の気が引く。もしかして私、『オバケが見える、声が聞けるヒト』になっちゃったの?
最ッ低。なんてことしてくれてるのザック。
自分で見たいと言ったにもかかわらず、理不尽にも彼を責めたくなってくる。
気が付いてみれば、そこかしこに影がある。七央にいちいち確認すると変な顔をして頷いた。
オバケに視線を合わせないように、怖がっているところを見せないように、細心の注意を払って達也達について歩く。一階を探索し終えた辺りで、七央がコソコソ話し掛けてきた。
「カナ姉って、そっちの人だったっけ……?」
「違うよっ」
「じゃあ、なんで?」
いつから見えてるの? と七央から当然の疑問が放たれる。ああ、なんかザックと険悪なムードでもあった七央に昨日のことは言いにくい。知られたら怒られるだろうな。
「わかんない。けど、見えてるみたい」
「……そう」
七央はそのままなにやら考え込むように俯いてしまった。そんな所を運悪く達也に見つかってしまう。
「あれぇ? 七央くんナニナニ? ホラゲよくやってんのにこういうのほんとは怖いの?」
からかうような達也の声に、七央は無感情な顔を上げて、そのままじっと見返した。なに? と引きつったような嘲りまじりの表情を浮かべた達也に、七央は静かに口を開く。
「別に、怖くないッスよ」
「じゃあなんでさっきからそんな俯いてるの?」
「なんで、って」
その声はどこまでも平坦だ。
「特に、見たいもんもないんで」
キョロキョロするような意味はない、と冷たく言い切る。彼の目には、この建物の中にうごめいている影が、幽霊のようなものがはっきりと見えているはずなのに、なにもないとあえて言う。
「はあ? 肝試しじゃん。オバケとかユーレーとか、見たくないの?」
「別に」
じゃあなんで来たんだ、という達也の友達の声に「……誘われたんで」と短く答えた。
「ってか達也さん、今日は妙に上から目線て言うか、オレに突っかかってきますけど。誰に対して去勢張ってるんスか」
「……は?」
「誰に対して、格好つけてるんスか」
オレ、別に自分が有名とか思ってないけど――七央は静かに真っ直ぐ言葉を撃ち出す。
「他人に対してそうやって上から言える自分、格好良いんですか」
言い過ぎだ、と思う。でも横から口出しもできない。だって関係のない私がなにか言ったら怒られるのは目に見えてるから。
しん、と静まり返った空気。やってしまっただなんて、本人は思ってもいないだろう。ギリ、と奥歯を噛んで青筋立てた達也は、盛大に顔をしかめてから背中を向けた。




