ゲーム開始_4
ふっ、と目を覚ますと外が暗い。やってしまったかと思って時計を見れば、まだ三時半だった。じゃあなんでこんなに暗いの? って思って外を見たら雨が降り出している。慌てて洗濯物を取りこむ。なんとか濡れなかったみたい。
洗濯物をたたんでクローゼットにしまって、達也を起こすまではあと一時間。やっぱり夜ご飯の用意しておこうかな、といつもの癖で立ち上がる。しかし。
私は冷蔵庫を開けたまま、腕を組んでうなる。冷蔵庫の中にめぼしい食材は全くない。雨が降ってきたらもう本格的に出掛けるのは面倒になってしまった。さっき行っておけば良かった、なんて思っても後悔先に立たず。ごはんものは作ってしまったし、麺は嫌だって言われるだろうし。どうしよう。本当に……
――やめた。
先回りして用意したって、褒められはしない。褒められたいわけではないけれど、嫌な顔をされたいわけでもない。遅いと怒鳴られようが、食べられないまま凍らされる料理を作るよりも良いだろう。気付いたら、冷凍できる料理ばかり作っている自分にもうんざりしてしまう。
作らない、と決めたものの、きっと怒るんだろうなあと思うと気が重くなってくる。胃が痛い……机にもたれかかりながら時間が過ぎるのを待った。
雑誌をめくっているとあっという間に一時間が経つ。約束通り達也を起こしに行く。その手から滑り落ちたスマホの画面は見ないようにしながら、軽く肩を揺すった。
「五時になるよ。七央と約束してるでしょ」
「……んんん」
横を向いて寝ている彼の眉間にしわが寄る。起きて、ともう一度身体を揺らすように押せば、不機嫌そうな顔で目を開けた。
「七央」
「わかってる」
七央の名前さえ出しておけば、なんとなく機嫌が直るので適宜利用させてもらっている。幼馴染には悪いけど、私の平穏のために名前貸してね。
寝癖もそのままに達也はリビングにやってくる。本当に、寝起きすぐで大丈夫なんだろうか。トイレとか、飲み物の準備とかは?
「もう準備良いの?」
「ああ……」
確認してもそのままで良いという彼に気付かれないようにちょっとだけ肩をすくめ、七央に『準備完了』のメッセージを送る。すぐに了解の言葉が返ってきた。
「足引っ張んなよ」
達也はゲームを起動させながら吐き捨てるように言った。
そんな風に言われても、私が上手じゃないのは知ってることじゃないの。気に入らないなら野良で適当なメンバーでも集めればいいのに……なんて言うことはできない。彼の言い草に不満はあるけれど、今回は七央が「三人でチーム組んで」って言ったんだから、最初から私もメンバーにカウントされている。どうやら達也は最初誘われた時には自分だけが七央と組めると思ってたらしくて、お荷物な私もいるってわかった途端に顔をしかめてたけど。
達也がどう思おうと、今回は七央と私と達也の三人が一チームだ。それに、七央は守ってくれるって言ったもの。達也にどうこうして欲しいなんて思ってないから口出さないで欲しいわ。
他に言い方あるでしょう、と思って少しだけ唇を尖らせ、私もゲームを起動させた。
スマホで通話しながら何戦かこなす。やっぱり想像通り私が足を引っ張ってしまっている。彼らのように全体に目線を配ることも出来ていないし、操作もスムーズとは言い難くて申し訳ない。最終的には『カナ姉、そこ隠れてて』とか言われちゃう始末だ。確かに、へたに動いて狙われるよりも、安全な場所にいる方が良いのかもしれない。隠れていて狙撃されては意味がない。警戒だけは怠らず、という時点で精神的に消耗していってしまう。
しかし、それにしても何の役にも立ってない感が激しすぎる。七央はなにも言わない。達也にも的確なアドバイスをしつつガンガン攻めていく。問題は目の前でプレイしている男だった。明らかにこちらに対してイライラしたような声出されるのも怖いし、盛大なストレス源になっている。結果、萎縮して操作ミスが多くなる。そうするとよけいに苛立たれる。それが怖くて指が動かない。の悪循環だ。
もう嫌だなあ。なにも楽しくない。目の前で「よっしゃ、4キル」とか喜んでる顔を見てもなんとも思わない。七央が適当な相槌を打っているから、それを真似して言葉を繰り返す。それから二時間、七央のおかげで奇跡の優勝をとげたお荷物な私は、やっとゲーム機をテーブルに置けた。
『おつかれっした』
「七央くんやっぱりすげぇな」
『ンなことないッスよ。達也さんもうまかったし』
「そんなことないって」
なんて言いながらも、達也ってばめっちゃくちゃ嬉しそう。そうだよねえ、彼にとっては有名人らしい七央に褒められてるんだもんね。それは気分も良いだろう。
『オレ、夕飯食ってきます』
「あ、そうだね、そんな時間……」
「七央くんさ、このあと時間ある?」
一度落ちよう、と言いかけた私にかぶせるように達也が話しだす。ご飯終ったら、まだやるつもりなんだ? 私は抜いてやってもらえると嬉しいんだけどな。
『あー……まあ、大丈夫スけど』
七央くん、明らかに迷惑そうな声が聞こえてきてますよ。感情だだもれですよ。でも達也はそんなことにも気付かない。
「あのさ、ゲームじゃなくてリアルで遊ばねえ?」
「えっ?!」
『リアルで?』
驚いて声を上げればにらまれる。そうね、私は誘われてないし、彼にとっては私なんて驚く権利すらないんだもんね。口をつぐむと、七央の心底嫌そうな声が聞こえてくる。
『オレ、あんまり出かけたくないんスけど』
面倒くさい、と隠さず言う七央に、達也はニヤニヤした。「まあまあ聞いてよ」と話を切り出す。
「あのさあ、五丁目に廃病院あるじゃん」
――五丁目の廃病院。
それって、もしかして塾で噂話聞いたアレのこと? あまりにタイムリーな話でドキンとする。生徒からの「そこにさ、本当にオバケが出るんだって」「先輩が憑りつかれて」「絶対に行っちゃ駄目だよ。」なんて言葉が耳の奥によみがえってくる。ただの噂だろうと思うのに妙に胸がざわつく。
「今日の夜、そこに肝試しにいくんだけど七央くんもどう?」
『肝試し、スか』
イイ年して肝試しとか、本気で言ってるの? 不法侵入とかそういう問題もあるけど、自分たちが遊びに行くだけなら自己責任で好きにすれば良い。けど、七央までアホな遊びに巻き込まないでよ。
顔をこわばらせた私をどう思ったのか、達也はこっちを見て余計に意地の悪い笑みを深める。
「なんだよその顔。はは。伽奈怖いのかよ? 良いぜえ、お前も連れて行ってやるよ」
「…………」
肝試しに行くなんて話は今の今まで聞いてないし、そんなところに行きたいとも言ってない。可能ならそんなバカな遊びに付き合いたくはない。かといってここで本音を言えば、彼と彼の友人をバカにしたと怒られてしまうだろう。黙ってしまった私に、達也は「やっぱり怖いんだ」とニヤニヤが止まらない。怖いなんて一言も言ってないのに、私をからかってご機嫌そうだ。
『カナ姉は行くの?』
「お。七央くん、伽奈がいるなら一緒行く?」
『……うーん。カナ姉のこと心配なんで。行くならついていきますけど』
「よし決定な!」
「え、いいよ! 私行かない! 七央来なくて大丈夫だから」
達也と私の声が被る。
いやだ。こうなると、私は引きずられてでも連れていかれてしまうだろう。自分があのナオと知人だと自慢するための道具として。
なんで七央も行くなんて言い出すの! 私を巻き込まないでよね。心配だって言うなら、放っておいてくれたら良かったのに。
猛抗議したいけど、達也の前ではできない。あれよあれよという間に話がまとまってしまう。
「じゃあ十一時にコンビニ前でね」
そんな言葉で、通話は終わった。




