閑話_3
おまたせ、とパスタを運べば二人の顔がキラキラになった。頬も赤らんでいるからちょっと酔っているのかも。卓上を見ればだいぶおかずも食べたみたいだし、もう入らないかな?
とは思ったけど、オリーブとチーズのオイル漬けも小鉢にして添える。
「カナ! マリーがイタリアン食べたいって言ってたの覚えてくれてたのねぇ! 愛してる!」
「うわぁっ! 危ないってば!」
膝立ちの半端な姿勢だったところにがばっと抱き着いてくる彼女に押し倒されそうになる。が、軽く背中を支えてくれたザックのおかげで、転ばずに済んだ。
「マリー、そうやってこれ見よがしに同性ってのを武器にベタベタするのやめてくれないか」
ザックがムッとした様子でマリーを引きはがそうとしている。でもマリーはしっかりと私の首に腕を回して抱きついている。いいでしょー、と勝ち誇ったマリーはだいぶ酔ってるのかもしれない。彼女、お酒強そうな雰囲気なのに。と思って床を見ると、もうワイン一本を一人で飲み切ったようだった。今は二本目を開けたところみたい。これ、飲みすぎなんじゃない?
それにしてもこの二人よく食べる。余るんじゃないかと思ったおかずはほとんどない。
お酒のつまみになったのなら良かった。こんな風に家でおしゃべりしながらお酒飲んでご飯食べるなんて楽しい時間は久し振りだ。いつもより飲みすぎてしまって、ふわふわしてくる。
「なんか、楽しい」
思わずこぼれた言葉に、二人が一瞬黙り込む。それから揃って目を細めて笑った。
「そうかい? それは良かった」
「ねえ、マリーで良かったらいつでも呼んでぇ? カナの顔が映るところ……鏡とかガラスとかの前で名前呼んでくれたら、いつでも駆けつけるわ」
「マリー、だからどうして君は抜け駆けしようとするんだい? カナは俺のものになる予定なんだけどなあ」
ザックは、私にしなだれかかってくるマリーに「一度離れたのにどうしてまたくっつくんだ」なんて文句を言いながら距離を取らせようとする。じゃれているみたいで、学生時代を思い出してしまう。笑いながら「あなたのものにはならないよ」と言った私にも、彼はニコニコしているだけだった。
なんなんだろう、このひと。押しが強いわりには、黙って側にいてくれる安心感みたいな雰囲気を持ってる。あれこれ手伝ってくれようともするし、これ、恋人とかだったら世話焼かれすぎてダメ人間にされてしまうタイプかも。自分がしてあげたい私とはある意味で相性悪いかもしれない。
「ザックとのお付き合いは、もし彼氏がいなかったとしても無いかなぁ」
思わず声に出してしまう。
「んん……っ、あーヤバい。名前呼ばれるだけで気持ち良い」
拒絶されたにもかかわらず吐息混じりに机に突っ伏した彼を「気持ち悪いわ、アナタ」マリーはばっさり切り捨てた。
そうこうしているうちに、アルコールの入ったせいか少しうとうとしてしまっていたみたい。水の音で目が覚める。
顔をあげると、ザックが洗い物をしてくれていた。お客さんになんてことを、と思って立ち上がろうとするけど「ご飯食べさせてくれたお礼」と言ってやらせてはくれなかった。
「ザック、手――腕は?」
「腕って?」
「怪我」
まだぼんやりした頭でたずねると、彼は思い出したように自分の腕を見た。
「カナが愛情込めて手当てしてくれたから、もう大丈夫」
「愛情は、こめてません」
「ははは、まあ俺がそう思い込んで治るんだったら良いじゃないか」
「こめてません」
「……そんなかたくなに否定しなくてもよくない? まあ、ね? 本当に腕は大丈夫だよ。気にしてくれてありがと」
洗い終えた皿とグラス、保存容器を水きりかごに入れて戻ってくる。それから、頬杖をついて私たちのやりとりを眺めていたマリーの腕をとった。
「マリー、そろそろ帰らないといけない時間だろう?」
「え? ……ああ、そうね。もうこんな時間」
立ち上がったマリーの手には、空になった缶や瓶の入った袋がある。
「自分で持ち込んだゴミはちゃんと持って帰るわ。じゃあねカナ」
あっさりと手を振った彼女は、ザックを待たずに出て行ってしまった。
「先行っちゃいましたね」
「いつも彼女はああだから気にしないで」
じゃあ、と玄関に向かうザックの背中に声を掛ける。
「あの、今日はありがとうございました」
頭を下げると「もう十分お礼はしてもらったよ」と優しい声が降ってくる。
「助かりました。本当にありがとうございます」
「もう、そんな他人行儀な言い方しなくてもいいのに」
「他人ですし」
「さっきは気安かったのになあ。まだ先は長いね」
楽しくて忘れそうになってしまったけど、彼らと私は依頼主と請負人の関係であって、友達ではなかった。あまり気安い喋り方も違うだろうと思うのに……なのに、仲良くなれるように頑張ろう、と気合を入れてみせる彼の笑みにつられて口角が上がりそうになった。
……そういえば、マリーはなにをしてくれたんだっけ? 今日のは全部、ザックの功績のような気がする。彼女、ザックにやらせるだけやらせてご飯食べて帰っただけ? お酒の差し入れはしてくれたけどほとんど自分で飲んでいたような気がする。ちゃっかりしてると言うかなんと言うか、まあ、良いコンビなんだろうな。
「もう変なのが家ん中に出ることないから安心して休んでね。それから、ちょっと飲ませすぎちゃったかな。お風呂入るなら明日の朝が良いかも」
「ありがとうございます」
「じゃあ、おやすみ、カナ」
「おやすみなさい」
ちゃんと鍵かけるんだよ、と言って手を振ったザックに聞こえるようすぐに施錠する。遠ざかる足音を聞きながら、はあ、とドアに額を当ててため息をついた。
楽しかった分、一人になると寂しい。洗い物は、朝片付けよう。飲みすぎたせいと、いろいろあったせいで身体が重い。メイクだけ落として、肌の手入れもそこそこに着替えた私はベッドに倒れ込む。その晩は、何の心配もなく安心して眠ることができた。




