憂い事排除依頼_4
ギロリと怨嗟のこもった瞳を見開いて私の名前を言い続けている。合間に呪詛の単語が重なる。いくつもの言葉が重なって聞こえてくる。
コミナミカナコミナミカナコミナミカナイナクナカナ メザワリコミ ミカナキエテ…ナミカ オマエサエ……
それは明確な悪意だ。一気に鳥肌が立った。
「カナ、コミナミって苗字なんだ」
「そこ、今問題ですか」
「んもう! 真面目にやってよね」
へーぇ、とニヤついているザックの足をマリーが踏む。早く、と急かすパートナーに片眉を上げた彼は、さて、と言いながらジャケットのファスナーを下ろそうとした。
「待って」
どうして脱ぐの。本当に意味が解らない。彼の腕を握って止めようとする。また始まった、とでも言いたげにマリーが鼻を鳴らした。
「気合入れようかなー、って」
「脱ぐ以外でお願いします」
「……んー……まあ、良いか。カナが嫌がるなら、今は脱がない」
よし、と腕まくりをしたザックは天井の顔を見て唇を舐めた。また空を撫でて斧を取り出す。すい、とそれを放り投げるように肩の上まで持ち上げたところで「カナぁ」とマリーが私の肩にもたれかかって来た。
「アレの正体、知りたくない?」
「正体、って」
「そうそう。アレが何なのか知りたいかも? って思ったんだけど。なんでカナに悪意を向けてくるのかとか、そういうの。別に退治しちゃえば一緒だしぃ、知らなくて良いこともあるから絶対に知っといた方が良いなんて言わないけどぉ?」
手斧を振り上げたままのザックが私の顔を見る。
「……知りたいの? 聞き出そうか?」
「できるんですか?」
「できるよ」
軽く言ったザックは、はい、と斧を渡してくる。
「うわぁっ! 重っ!」
軽々と持たれていたそれはズシリと重い。もっと軽いと思っていたので、心構えを間違えて落としそうになる。慌てる私にザックは心配そうな顔を向けてきた。
「気をつけてね、それよく切れるから」
「そんなの渡さないでくださいよ」
「預かっといてね」
そう言うと、ザックは壁際まで歩いていって軽く飛び上がり、憎悪の表情を浮かべている顔を真正面からつかんだ。わしづかみにされた顔が悲鳴を上げる。
「よ、っと」
『ギャァァアァアア!!』
「うるさーい」
マリーは不愉快そうに耳を塞いで心底嫌そうな表情を浮かべる。
天井から無理矢理引きはがされた顔がズルリと落ちてくる。顔だけかと思っていたら、根っこが引っ張り出されるかのように身体が現れた。
大きな顔に見合わない普通体形の女性のそれに合わせるように、顔が縮んでいく。髪を振り乱した女性の姿に変わったところで、ザックは興味なさそうな顔で手を離した。手の平を見て不機嫌に眉をひそめ、口をへの字に曲げてズボンで拭く。女は床に崩れ落ちている。
「でさ。あんた誰なの?」
ザックに見下ろされた女は、怨念のこもった瞳をこちらに向けてきた。視線だけで心臓がギュッと掴まれたような気分になる。しかしそのまま睨んでくるだけで何も言わない。
「ねえ。聞いてんだけど」
口元にだけ笑みを浮かべたザックは、女の前にしゃがみこんで頭を真上から掴む。ギリギリと力を込めて握られた女はうめき声をもらした。ああ彼はオバケに触れるんだ。と妙なことに感心していると、女と視線が合う。瞬間的に憎悪を燃え上がらせた女が私の方へ腕を伸ばそうとして、ザックに強く叩き落とされる。
「聞いてるのは俺だっての。なあ言えよ、ナニしてんだよここで」
彼と出会ってまだ数日だけど、今までに聞いたこともないような感情のこもらない声。顔が笑みを浮かべているだけに、怖い。力を入れ続けていた指が、ぐし、とこめかみにめり込む。女が断末魔かとも思えるような咆哮を上げ、私は思わず顔を背けた。
『コミナミカナ。オマエサエ……イナケレバ』
「やだ定番台詞じゃなぁい。つまらないわねぇ」
マリーは小馬鹿にしたように言ってソファーへ戻っていく。どうやら完全にパートナーに任せる姿勢のようだ。
お前、というのは私のことだろう。ずっと女はこちらを向いている。
延々と名前を呼ばれた。恨みの言葉をたくさんもらった。
一生分と思うくらいに妬みの感情をぶつけられた。
「私が目的なんですね」
ザックに掴まれたままの女が、私の言葉に反応するように掴みかかろうとしてくる。全身で抵抗し、身をくねらせ、ザックの腕に爪を立てる。
『アンタサエ……イナケレバ……タツヤ・ハ、ワタシノモノ……ナノ、ニ……!』
「……っ?!」
ザックが無表情にこちらを見る。私は、こわばった顔を返すしかない。
「タツヤ、ってカナのカレシの名前?」
沈黙で納得したのか、彼は視線を女に戻した。身体ごと首をかしげて、女の顔を覗き込む。
「それってさーぁ? あんたそいつの浮気相手ってこと?」
「生霊ってやつよねぇ。恨みつらみを飛ばしちゃうってアレ」
マリーは髪をくるくると弄びながら言う。
生霊?
どうして見ず知らずの人からそんなに恨まれなきゃいけないのだろう。しかも、浮気相手だって?
今はその表現は正しくないのだろうけど、この感じだと私と達也が付き合っていた頃から関係があって恨み辛みを積もらせていたのかもしれない。
でも、だったとしたら。それ、恨むのは私の方じゃないの?
もしも付き合ってた頃から繋がってた人なんだとしたら、私にも怒る権利があるはずだ。
――やっぱりしてたんだなあ、浮気。
ズン、と腹の奥が重く暗くなった。




