どうにも心配性な彼ら。_6
確かに言われていたけど、でもそれは。
「次の相手なら――候補はここにちゃんといるじゃないですか。私が、います」
ちょっと待ってよ、なにその真剣な顔。私、アンディの話を無視したことあったっけ。それに、挨拶に行くって言ってたのは――
「それって、母さんからメールが来た時に言ってくれたアレのこと?」
「そうです」
「……本気だったの……?」
「本気でないと言いましたか?」
それは言われていない。けど。
ぐっと言葉に詰まれば、なにそれ、と七央は不機嫌そうな声を出す。
「アンディさん、カナ姉にプロポーズしてるんスか」
「はい。見てのとおり本気にされていませんけれども」
「なにそれ。オレ知らないよ」
七央が私を見る。そんなおっかない顔されても、私だって今混乱している。だってあれは冗談だって真希が。そういうこと言って私を惑わせるなって真希が。真希、が……ああ、そうだ。真希が冗談だと言っただけで、彼はそれを肯定も否定もしなかったじゃないか。
「だって……私」
七央が知らないのも当然だ。なにせ今の今まで、私自身がアンディの発言を本気だなんて思っていなかったんだから。あんなの、ただの冗談だと思っていた。だって、あの歩けば周囲の目を集めてしまうようなアンディが私のことを好きだなんて、あるわけないじゃない。本気だと思えない。でも、彼が嘘をつくようにも思えなかった。
アンディの視線から逃げるように七央を見れば、顔に不機嫌を貼り付けている。今の状況を理解するのでいっぱいいっぱいだって言うのに、どうしてそんな顔で私を見るのよ。追い詰めないでよ。
第一に、お付き合いを一足飛ばしに結婚と言われたって、おいそれと頷ける話ではない。そもそも、アンディはただの同僚だ。好きだって言われてもいない。なのに、本気か冗談かもわからない発言を真剣に検討する人なんていないだろう。いろいろと考えてはいるけれど、自分の年齢やらを考えて計算だけで結婚に適した相手を探すだなんてのは嫌だ。もしもアンディが本気で言ってくれているのだとしても、今のままでは私の気持ちが追いつかない。
私はちゃんと恋愛したい。好きあって、愛し合って、お互いに必要と思った人と添い遂げたい。
私の都合に合わせてくれるっていうアンディの優しさに甘えて、心から添い遂げたいと思ってないのにイケメンだからとかそういう軽い理由での結婚なんて考えられない。
いまだにそういうシステムにとらわれているだなんて、自分でも古いとは思うけど。でも、憧れっていうものは、まだ諦められてない。
黙り込んでしまった私からゆっくりと空になったグラスへ視線を移動させた七央は、小さなため息をついた。
沈黙が流れる。それを断ち切るように「ふっ」と笑うような音がした。
「ごめんなさい、困らせてますね。忘れてください」
アンディは少し寂しそうに笑う。
「今する話ではありませんでした。つい自分のことばかり……ごめんなさい」
「ううん、あの、私こそ」
謝らないでください、と首を振ってアンディは目を伏せた。頬に長い睫毛が影を作る。それが余計に憂いを帯びて映る。彼を傷付けてしまった。ズキズキと胸が痛んで、私も視線が下がる。
「とりあえずさ、どうするか考えないとね」
空気を読まない軽い口調で言った七央は、氷をガリガリ噛んでる。ええ、と微笑んだアンディが顔を上げる。それから口元を引き締めて私と七央を順に見て。
「まずは、カナさんを守るためにも、カナさんご本人に覚悟をしてもらわなくてはいけません」
「だからアンディ、私は……」
「カナ姉。そういうのってさ、エスカレートしてくって言うよ」
「手遅れになる前に手を打ちましょう」
アンディはそう言って、七央と目を見合わせて頷きあった。
結局、別れているという話を言い出せないまま、アンディと七央の間に妙な協定が結ばれたようだった。
「カナさん、時間は大丈夫ですか?」
変な雰囲気になったのを振り払うように明るい調子で話していたアンディが、ふと時計を見て小首を傾げた。スマホを確認して慌てる。まだ遅刻ではないけど、ギリギリの時間だ。これでは交番に行く時間もない。
「ごめん! 私もう行かなきゃ」
ペンダントは、七央とアンディが探してくれるらしい。どの窓から投げられたのかを伝えると「あーわかった。あっちの方ね」七央は軽く物を投げるような仕草をする。
「へんな所の木に引っかかってるかもしれないね。探しとくから、カナ姉はお仕事頑張って」
「うん、それじゃ」
お昼代を払おうとしたのにアンディは「いりません」と手で制してくる。個別会計が出来ればいいんだけど、ここはまとめてのお会計しか出来ないようだった。奢ってもらう理由なんでないのに、払わせてもらえない。お金のことはちゃんとしたい性格が災いして、時間がないというのに鞄から財布を取り出しかけた状態で立ちつくしてしまう。
「私から誘ったんですから、私に払わせてください。カナさんとご一緒できて嬉しかったです」
でも、と迷っていると七央がまた口を挟んでくる。アンディを頬杖をついてストローを咥えたままの格好で上目遣いに見る。
「オレはなにがなんでも払いますよ」
「……それくらい出してもいいんですけれど、ナオさん私に貸しは作りたくないでしょう?」
「いやッスね」
「だったら、払ってください。お好きなように」
アンディはにこやかだけど、いつもよりもちょっとトゲがある気がする。七央は見るからに失礼な態度だ。こんな様子で一緒に探しものなんてできるのかしら?
「カナ姉、時間は?」
「あ! やばっ! ゴメン。ありがとう! 行ってくるね」
「「いってらっしゃい」」
揃って言った二人は、横目で互いを確認して微妙な顔になる。
本当に大丈夫かしら、あの二人に任せても。そんなことを思いながら、私は駅までダッシュしたのだった。




