どうにも心配性な彼ら。_1
翌日の朝。
やっぱり昨晩もろくに寝られなかった。達也がいないんだったらすぐにでも探しに出たかったけど、深夜にやみくもに探し回っても、小さなペンダントが見つかるようには思えなかった。明るくなるのを待って、通学通勤時間を避けて捜索を始めた。
窓から放り投げたのだから、方角的にはこっちの方のはずだ。
まずは建物の周り。しかしそこには影も形もない。道にも落ちていない。隣の建物の敷地に入るのは少しためらわれたけど、心の中でごめんなさいをして探しに入らせてもらう。そんなに遠くまでは飛んでいないと思うが、ここまで見つからないとなると方向を間違っているのかもしれない。
普通の力で投げて届くような距離に高い木なんかもないから、そういうところに引っかかってるというわけでもない。
――それとも、もう誰かに拾われた? 光ってるものだし、カラスに持っていかれてないといいんだけど。
拾得物として交番に届いていないかな。警察に聞きに行こうかしら。ここで無策に探し続けるよりも良いかも知れない。それからアンディにはちゃんと謝らないと。見つかるにせよ、見つからなかったにせよ、壊してしまった事実は変わらない。部屋に戻って出掛ける準備をした私は、まず駅前の交番に行くことにした。
足早に駅前に向かう。その道の先でこちらに向かって手を挙げた人がいた。
「カナ姉」
「あれ、七央だ。こんな時間から出歩いてるの? 大丈夫? 今昼間、しかも朝だけど」
「……オレのことなんだと思ってんの」
大きなエコバックを手に数メートル先で手を振っていた七央は、いつも通りのダボダボの服・髪も寝癖が付きっぱなしだ。なにを持っているのかと思えば、スーパーの朝市で缶詰を買ってきて、とおばさんに頼まれたのだと言う。
「缶詰って結構重いんだよね。いくらお一人様十個までだからって、本当に十個買わなくても良いと思う」
「まあまあ、お手伝い偉いじゃない」
「あのね、オレもう二十歳過ぎてんだけど」
子供扱いみたいな言い方やめてよ、と顔をしかめる。トマト缶やサバ缶の詰まったエコバックは缶の形で歪にでこぼこ膨らんでいて、それを下げている彼の指先は赤くなっている。他にもお買い得品のレトルト食品がいくつか。どれも小さい割に重いものばかりだ。中を見せてくれた袋を肩に背負いなおした七央は「カナ姉は? なにしてんの」と聞いてきた。
「仕事、にしてはいつもより早いよね。なに? デート?」
「まさか。ちょっと交番に行こうと思って」
「……交番?」
その言葉に、彼の目が訝し気に細められる。
「なに? 警察沙汰になるような何かがあったワケ? 達也さんに何かされたの?」
「なんでそうなるの」
まるで、普段からDVでもされてるかのような心配のされ方だ。全く、七央ってば本当に心配性なんだから。
「だって……ううん。違うなら良い」
「ちょっと落とし物しちゃったから、交番に届いてないか聞きに行くだけだよ」
それを聞いた七央の表情がゆるむ。なんだ、と肩を落として「なに落としたの?」と聞いてくる。ペンダントだと答えればあまり興味のなさそうな相槌が返ってきた。
「さてはどうでもいいな?」
聞いておいてなによその態度。ムッとして二の腕をつつけば七央はくすぐったかったのか小さく身をよじる。
「ん? うーん。まあオレのじゃないし。それに、すっごく大事なものだったら、こんな風に立ち話はしてないだろうなーって」
「……大事、じゃないわけじゃないんだけど。あまり早く行っても、まだ届いてないかもしれないでしょ」
なんていうのは、いろんなことが重なりすぎて憂鬱になっていることからくるただの思い込みであって、何事もさっさと終わらせたほうがいいに決まっている。七央の指摘もごもっともだ。
では、と交番に向かおうとするとなぜか七央がついてくる。帰って良いよ、と言うのに、大丈夫とかわけのわからない返事でくっついてくる。荷物重いんじゃなかったのかしら。
交番が見えだしたところで、隣を追い越した人がちらりと振り返って顔を見てきた。
「あ。」
「ああ、やっぱりそうでしたか。おはようございます、カナさん」
「おはよう……」
立ち止まって笑顔で挨拶してきたのはアンディだ。いつもの晴れやかな顔に笑い返すことができずにキュっと心臓が縮む。
ああ、言わなきゃ。ペンダント壊しちゃった、って。なくしちゃった、って。言わなきゃ。
そう思っていると彼は眩しそうに目を細めて話しかけてきた。
「今日も会えると思っていなかったので嬉しいです。ところでそちらは……」
その視線が私の隣に向いている。アンディに微笑みかけられた七央は無言のまま難しい顔で見返している。もう、なんて顔してるの、初対面の相手に向かって。ツンツンと肘でつついて挨拶を促すと「おはようございます」七央は不愛想に頭を下げた。
で、そのまま。顔を上げた後は目を合わせようともしない。
「この子、私の幼馴染で」
仕方なく追加情報を口にすれば
「幼馴染です」
それでまた黙り込む。まあ、幼馴染の仕事場の同僚になんてその程度の挨拶でいいと思っているのだろうけど、それにしても態度が悪い。
「……はじめまして、私はアンドリュー・スミスといいます。どうか気軽にアンディと呼んでください。よろしくおねがいしますね」
自己紹介とともに笑顔で差し出された手を七央はやっぱり難しい顔で見ている。いつまでも握り返そうとしないので、さすがのアンディの微笑みにも戸惑いが混じりだす。手を出したままで良いのか、引っ込めれば良いのか、どうするべきかという空気が漂う。




