第6話「黒装束の夜襲」
第6話「黒装束の夜襲」
夜が更けていた。
天川の水音は、昼よりも深く響く。
そろそろ鮎の登る季節、
それでもまだ、谷の風は冷えを帯びていた。
その風に乗り、微かな舟のきしむ音が届く。
寺の屋根に潜む木陰――
と、梟・木菟・夜鷹の声、夜陰に放つ。
それを寺の南の小屋で、
耳を澄ませた水影が、黙って頷く。
「川下、六十間、舟三艘」
細き目を見開き、水影がひとりごちる。
「夜渡り舟――、音を消している。伊賀者か……」
岸辺は危険と判断した水影は、
忍び特有の、浮き草を束ねた装束に身を包み、
岩場の間から、水面に身を伏せる。
水を裂くように、川へ滑り出す。
一方、月陰は西北の小屋から川上に移動し、
夜陰の中に浮かぶ、舟の乗り手を視る。
すべてを包み込む朔の闇……、
それでも水面に浮かぶ、仄かな光、
水ボタルであろう、テラテラと浮かぶ舟影、
笠を被り、黒装束の兵が乗っている。
目元の光と身のこなしが、只者でないことを物語っていた。
童子は、寺の庵に和尚と二人、目を閉じて座る。
「五感を研ぎ澄まして、時を待て――」
和尚の指示に従い、七曜の動きに耳を凝らす。
「また来たか……」
ひしひしと迫る殺気、皇子の体を鳥肌が走る。
水影は、寺の南の小屋から、舟の動きを見ていた。
最初の一隻、そして次の二隻……
その瞬間、小屋の軒先に吊るした綱を引く。
「カラーン……、ザー」
滑車のまわる音、そして綱が水面を分ける。
その瞬間、三隻目の舟が、ドーンと止る。
川底に仕掛けられた網が、水の流れに乗って浮き上がる。
その拍子に、舟が流れを外れ、大きく揺れた。
舟板がきしみ、影がひとつ、水中へと沈んだ。
その隙に、水面下から水影が浮上。
短槍を携え、一人の兵を川に引きずり込む。
動揺が走る舟上――
そこへ、夜陰を切り裂く弓矢の音、
西南の小屋に潜む火影が放つ音矢――
「ヒュー、ヒュー」
不気味な音を立てながら、一矢、二矢と続く。
それに続き、山を下った月陰の手裏剣が飛ぶ。
風に紛れた一閃が、敵の喉元を裂いた。
残る者は川へ飛び降り、岸から斜面を駆け上がる。
だが、そこで待つのは土陰、
叢には、草縄の罠――、
岩陰には、巻かれた鉄菱――、
そして砂場には、落し穴と鉄砕の仕掛け。
陸に上がった黒装束は、訳もなく倒されていった。
寺の前に立つ壮元和尚が、低く呟いた。
「結界、火除けの符……ここより中へは入れさせぬ」
童子はその光景を見ていた。
「これは……戦、なのか?」
お傍に戻った志乃が答える。
「生きるための戦です」
闇のなか、火の粉が舞い、血が流れた。
だがそれ以上に、誰かを護ろうとする意志があった。
その夜、童子の胸に、何かが芽生えた。
(つづく)




