第5話「埋葬の夜」
敵兵の急襲があった翌日、
谷間には霧が流れ、山の影が濃く横たわっていた。
焼けた草の匂いと、鉄のような血の残り香が、
廃寺の裏手にまで漂っていた。
谷の中腹。土陰――志乃。
志乃と童子は、敵兵の亡骸を埋めていた。
志乃は鍬を振るい、淡々と穴を掘り進める。
童子もまた、手伝いを申し出た。
和尚に止められるかと思ったが、
彼は一礼して黙って去っていった。
黙々と土を掘るふたり。やがて童子が口を開く。
「なぜ、人を殺す?」
志乃は手を止めなかった。
土を掬いながら、静かに答える。
「殺さねば、殺されるからでしょう」
童子の手が止まる。
「なぜ、こやつらは我らを殺しに来た?」
「人は、力を持てば、それを試したくなるのです」
「生きとし生けるものは、みな力しだいなのか?」
志乃は鍬を止め、しばし童子の顔を見つめた。
冷えた空気のなか、その目は凛として揺らぎがなかった。
「いいえ……人は、上に立つ者しだい。
誰が頂に立つかで、国は変わります」
童子は、土に埋もれかけた兵士を見下ろした。
「人は……違うと言うのか」
と問う童子に、志乃は言いかけて、黙って頷く。
(あなた様こそ……)
その言葉を、飲み込んでいた。
やがてすべての兵士を埋め終えた。
志乃は鍬を立て、焚き火のそばへと腰を下ろす。
童子も隣に座った。
「……死んだら、土に還るのか?」
「はい。草となり、木となり、やがて風に消えます」
童子はしばらく黙っていた。
「こやつらは、悪い者ではなかったのか?」
「悪しきは命じた者。戦とは、いつもそうです」
童子は志乃の横顔を見つめた。
「おまえは……なぜ、わたしを助ける?」
志乃はすぐには答えなかった。
火の明かりが、その瞳に揺れていた。
「あなた様は、生まれたばかりの赤子でした。
命じられて、私が御所を出たのです。
でも、小さく泣くその姿に……
私は、生きていてほしいと思いました」
童子は小さく頷く。
「花の香がした。あれは……おぬしの匂いだったのか」
志乃は目を伏せた。
「私は、母ではございません。けれど……
あなた様が、この世で一人残されれば、
世はきっと闇に包まれます」
「それほどの者ではない」
「それを決めるのは、あなた様ではありません」
焚き火が小さくはぜた。静けさが二人を包む。
「今宵は、冷えます。……そろそろ、お戻りを」
童子は志乃の袖をそっとつかむ。
「もう少し、ここにいたい」
志乃は優しく微笑んだ。
「では、火を足しましょう」
薪をくべる音が、闇に溶けていく。
童子は目を閉じた。
志乃の声の余韻に、母の顔を想い描いていた。
(つづく)
急襲の翌日。
童子は、初めて“命の重さ”と“戦の意味”を、自らの手で知ろうとする。
志乃との対話を通じて、彼の中に芽生える問いと感情――
それは、これから先の“選ぶ者”としての覚悟に繋がっていくのかもしれない。
次回、第6話「闇より来たる」では、夜の川から忍び寄る第二波の影。
月陰と水影、そして童子の胸騒ぎが、再び物語を動かす。
第6話、明日7am ー 投稿予定。引き続き、よろしくお願いいたします。




