第13話「早瀬の里・第二次防衛」
天川の渓流に、一時の静寂が戻っていた。
だが、それは嵐の前の静けさにすぎなかった。
先の戦で、先陣の三割が潰えたにもかかわらず、
本隊は崩れなかった。
峰の奥、黒き旗のもとに控えていた第3軍――
その副将は、主将の一声に従い、別動隊を発した。
「谷の裏手から回れ。伏兵は三十。痕跡を残すな」
夜明け前、霧の混じる杉林を、
兵たちは息を殺して進んだ。
だがその動きを、山は見逃さなかった。
「カケスが……四度、鳴いた」
木影が、伏せたまま耳を澄ます。
「西の尾根。……獣道に敵、来たな」
背後の森は、七曜が十年かけて築いた要塞。
蜘蛛の巣状に張り巡らされた細糸の罠は、
触れた途端、枝に引かれた強弓が放たれる。
――ギィイイン!
鋭い音とともに、一本の矢が宙を裂き、
前衛の兵の喉を貫いた。
「敵襲ッ! 伏兵だ!」
足元のシダがわずかに揺れ、竹ぶすまが跳ね上がる。
盾を構えた兵たちが、次々に転倒。
「落ち着け、囲め!」
と叫ぶも、その声は届かぬ。
山上から、金影が仕掛けた投石機――
大石が転がり、次いで尖らせた丸太が、
滑り台のように加速して落ちてくる。
「うおおおっ!」
怒号と悲鳴が森に響いた。
それでも、敵は一部が獣道を登りきり、
高台に火矢を構えた。
その一本が、天を裂き、村の裏手へと飛ぶ。
その瞬間だった。
壮元和尚が山の向こうに煙を見た。
「……あの煙は、”太陽の道”の村か」
唇を引き結び、和尚はつぶやいた。
「これも、因果の報いか……」
真名井が近づく。
「和尚、どうすれば……」
「逃げよ。今は、おのれでおのれを守る時だ」
そこに、和尚の傍らに、日影が傅いていた。
「この里とあの村は、最後の役目として、拙僧が担う」
和尚は言う。
「日影には伝えておる。谷を下れ。海を目指せ」
真名井は拳を握った。
戦うことが、守ることだと信じていた。
だが、今は――
「逃げる」ことこそが、守りなのか。
風が吹く。渓谷の空を、煙が覆った。
(つづく)




