兄と弟の対立。
宵闇で見た光景が、頭から離れない。給仕役の注ぐロゼ越しに、ため息をつく姿が映った。
「アナベル。大丈夫かい」
殿下の声に、私は面を上げる。
トレーシーも心なしか、心配そうにこちらを見ている。
ほんのりと、はにかみながら、
「少しだけ考えごとが、頭から離れませんの」
私は答えた。
言い訳がましい私に向けて、殿下は優しく微笑んだ。
ところで、スーザンはあの拳銃を使うのだろうか。そんな私の不安を余所に、給仕役と幾人かのメイドが扉へと歩き出す。
不意に、パタンと扉が閉じるや否や、
「警務局と騎士団の統合だけど、推し進めるべき次期だと思う」
アンドリューさまが意見した。
先王陛下からの言葉に、私はと真向かいのトレーシーが互いを見合わせる。隣に座す殿下の顔が、にわかに青ざめた。
「あの」
「どうしたのかね。フロワサール女伯」
のどまで出かかった言葉の代わりに、
「それは何時、決まったのでしょうか」
恐る恐る問いかけた。
もしかして、これこそが副団長の目的なのだろうか。
先王陛下の口が開くよりも早く、
「三年前、隣国との小競り合いが終わった直後には、兄上から打診されたよ」
殿下が答えて下さった。
それってええと。
思いあぐねる私を見かねたのか、
「私と妃殿下は、キンバリエにいた頃ですわね」
トレーシーから助け船が出される。
ナイスフォローだけど、私は肩をすくめるしかない。
その頃の記憶は、覚えているようでそうでもないような。曖昧過ぎて、未だに自身が持てないのよね。
「もう、騎士団の役目は終わったも同然だ」
「それに同意しろと」
「実際のところ、悪徳文官の逮捕実績ならば、警務局の私服捜査官の方が優秀だぞ」
やはりと言うべきか。
騎士団の団員は貴族の子弟に限られているため、貴族しかなれない文官を正そうなる意識を欠いている。
これに対して、コンプライアンス意識の強い人物を、出自いかんなく採用しているせいかな。騎士団の面々よりも、警務局の捜査官の方が市井の生活に役立つ印象があるかしら。
うん。高視聴率の刑事ドラマファンだから。その辺りは、殿下より理解度が高いのよ。
まあ、淑女たる私からどうのこうのと、口出ししていいことではないけれど。
ご自身の拠り所を失う。あらあら、不機嫌そうにグラスをあおるなんて。
殿下も随分と、子供っぽいところがあるのね。
「週末の観劇には、警務局も警備にあたらせる」
「兄上」
「その働きぶりを見てからで構わない。だが、新しい時代へ踏み出す勇気を持ってくれ」
トレーシーが頃合いを見て、話題をふり直す。オペラの話だけど、全くついていけないわ。
共通の話題のお陰で、二人は終始にこやかに打ち解け合う。
「アナベル」
「どうしました」
珍しく上機嫌なトレーシーに見とれる合間に、
「騎士団の面々の身のふり方だけど、一緒に考えておくれ」
殿下のささやきが届く。
「あの……」
物憂いな眼差しが私の目を射貫く。
殿下の悲壮な思いを受け止めようと、
「どんな時でも、貴方のお味方ですわ」
私は決意を述べた。




