つのるばかりの疑念。
本館へ戻る道すがら、無言を貫く殿下の隣で私はため息すらこぼぜずにいる。
殿下の表情は硬くこわばったまま。こう言う時、かけるべき言葉って見当もつかない。
扉を支える家令が、私達に礼を示す。その手前で私は、一旦、歩みを止める。
結局、自室に戻るまでの間、私達は一言も発することはなかった。
「ゆっくり休むんだ。いいね」
そう、おっしゃる声には、疲労がにじみ出ている。
去りぎわに、殿下の背中に向けて、
「ご自愛下さいませ。殿下」
私は労いの言葉を見つくろった。
決してふり返らず、右手を上げるだけ。床を蹴る靴音が遠ざかる。
こんなこと、今までなかったのに。
「妃殿下」
「承知しておりますわ」
家令に促された手の方へ。
私は、後ろ髪を引かれる思いでふみ込んだ。
「ご苦労さま。下がっていいわ」
トレーシーの命令を受けて、メイドらの表情もやわらぐ。彼女らの辞した部屋には、カタカタと陶器のこすれる音だけが響いた。
せっかくのティータイムも、女二人きりでは味気ない。
ええと……。
「ねえ。騎士団がなくなるような事態。そんなのあり得るのかしら」
トレーシーに話をふった。
唐突な愚問に、彼女は繭をひそめるばかり。
苦みの利いた紅茶が喉を過ぎた頃合いで、
「何かしらの不正行為などない限り、解体までにはいたらないと思います」
きっぱりと言い切った。
「ただ、フロワサールでの騒動にございますが……」
語尾をにごす彼女が、カタリとカップを置く。
「あの件って」
忙しさのあまり、すっかり失念していたわ。
トレーシーを貶めた犯人はもちろん。護衛の騎士が倒されたこと、さらに、御用列車の襲撃者の『雇い主』が誰なのか未だに判明していない。
ふと、脳裏を過ぎる副団長とあの子のやり取り。
否定したいのは山々。でも、こう言う悪い予感ほど当たるのよね。
「いかがされました。妃殿下」
「ごめんなさい」
トレーシーの面前で、
「あなたってスーザンのこと。どれくらい知っているの」
思いつきを口走ってしまう。
「スーザンはオルセー男爵の次女だと、初顔あわせに説明しましたが」
「男爵家は、文官の家系よね」
「それが、どうかなされました」
王宮の侍女はみな、文官の家系出に限られている。彼女は『軍属』だから、別の身分を用意した上で採用されたのかな?
「王宮に出仕する侍女だけど。全員の出自をすみずみまで、把握しなければならないのも大変ね」
「そこは、私の役目にございます」
トレーシーの物言いはごもっとも。でも、すり替えの犯人は見つからない理由って……。
「ひょっとしたら、ポーションのすり替えは、スーザンの自作自演かもしれない」
「何ですって」
一連の流れをふり返る。やっぱり、導かれる答えは一つだわ。
「証拠もないのに、軽率な物言いはお止め下さい」
「彼女は現役の女騎士よ。毒を魔力に変える特殊能力の持ち主。条件はそろっている」
「だとしても」
トレーシーは間違っていない。問題は彼女が何の目的で、ここへやって来たのか。
「アンドリューさまを通じて、警務局を動かすって可能かしら」
「妃殿下」
殿下を煩わせないように。そうなると、先王陛下に助力を求めるしか術はない。
青ざめた様子のトレーシーを余所に、私はカップをテーブルに戻した。




