幕間 英雄殿下は思い出の場所にて、兄上から『亡霊』の存在を知らされました。
「素晴らしい枝ぶりですわね」
「ああ」
アナベルをエスコートする私は、生い茂る枝葉をかき分けて順路を進む。母と兄の三人、この温室を散策したものだ。
忙しさにかまけて、うち捨てた温室をここまで再生させるとは。想像すらしていなかった。
二人きりの兄弟が、伴侶を連れ立っての茶会だ。
いつもと同じはにかむ仕草で、
「殿下。よろしいでしょうか」
アナベルが楚々と立ち上がる。
「何だね」
白い頬を染める彼女が、
「トレーシーと一緒に、『女王の薔薇』を見に行ってまいります」
玲瓏な響きを称えた。
その直後、アナベルの後ろに控えた女官長どのが、テーブルに座す私達の前で礼を示す。連れ立って離れる二人の背中を、私と兄は黙って見届けた。
ああそうか。母の故郷でしか咲かない、伝説の真紅の薔薇を思い出す。
しかし、あの薔薇は随分昔に絶滅したはずだが。
「いつ復活させたのだ?」
私は兄を見て問いかけた。
なめらかな動作でカップを置き、
「ここへ移る直前に、『王立植物研究所』の主任研究員が蕾をつけた株を献上したのだよ」
穏やかな口ぶりで答えた。
庭の手入を専門家に丸投げするだけの私と違い、兄は政務の合間をぬって自ら手を尽くしていた。
そんな兄の気質に感心する私の側で、
「側妃を遠ざける口実に、土いじりばかり……」
予想外の言葉を発した。
「遠ざける」
「そうだ。多分、オスカーは私の実子ではない」
いくら、側妃より正妃への愛情に傾いていたとは言え、そのような発言があってもいいのだろうか。
「髪と瞳は貴方と同じなのに?」
こちらの動揺を悟られまいと、紅茶を喉奥に流し込む私を前にして、
「暗部を使って調べさせたよ。彼女には私と同じ髪と瞳の色を持つ小姓がね」
ため息をこぼすように言った。
不義の相手が小姓だと? 私は兄の『遠ざけた』意味の残酷さを知る。
だが、待てよ。オスカーの父が側妃つきの小姓だとすると、
「まさか」
行きつく答えに、私の指先がふるえ出す。
「おそらく、『ロングウッド』の残党だ」
兄が言い終わるよりも先に、私は透明な天井を仰ぎ見た。
あの『禁忌の儀式』で『遡り』が叶った際、一族の男系はことごとく死滅させたはず。
「身代わりがまぎれていたのか」
毒杯の対象だった幼年の男子ならば、適当な孤児と入れ替わることくらい造作ないか。
「国中の孤児院を改めるにしても、縁組みを記した帳簿などろくに残っていないだろうに」
いら立ちを隠せない、私を余所に兄が足を組み直す。
「実は警務局に妙な嘆願が届いてね」
「嘆願? その情報をどう言った伝手で……そうか、女官長どのを介してか」
「その通り」
下級メイドには彼女ら固有の情報網が存在する。それが巡り巡って、女官長どのから兄の元に。そう言うことか。
「聞いたところ、行方不明の孤児の髪色は、私より少し色が薄いだけらしい」
それが本当ならば、『ジュリオ・ロングウッド』は生きていた?ことになる。
何て、忌々しいヤツだ。
先の時間軸にて、私の身分を奪ったジュリオは兄と同じ髪と瞳だった。普段はブロンドのかつらでカをかぶっていた記憶がよみがえる。
「かつら職人にも探りを入れるべきか」
「それがいいと思う」
僕達の会話を遮るように、遠くから淑女達の甲高い笑い声が響く。枝葉の狭間をかいくぐり、愛しいアナベルがこちらへとやって来る。
彼女を幸せにするためにも、悪魔は全て追い払うしかない。私は固く誓いを立てた。




