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幕間 英雄殿下は義父どのを、絶対、敵に回したくないと思いました。

 午後の一時、私はかつてない緊張感に苛まれていた。

 ここは、騎士団本営の二階にある応接間。簡素な調度類しかない空間で、法務卿を前に対座する。


「失礼します」


 くぐもるような声とともに、従卒がワゴンを押してやって来た。ふるえる手先が、カタカタ音を立てる。

 新入りくんよ。これを乗り切れば、君の未来は明るいはずだ。頑張りたまえ。


 無事に難関をクリアしてほっとしたのか、

「失礼いたしました」

 ほがらかな挨拶に、私は苦笑いする。

 扉がそっと閉じるさまを見つつ、私は香り立つカップを持ち上げた。


「お口に合いますかな」


 普段、客人をもてなすこともないため、茶葉も一級品とは言い難い。私もこの味に慣れるまで、かなりの時間がかかった。


 影で『元祖塩対応』と称される面持ちで、法務卿がカップに口をつけた。

 苦みの強い味に臆することなく、

「私がいた頃と比べれば、幾分かましにだと思います」

 彼はありのままを述べた。


 世間では知られていないが、この御仁もかつては騎士団に籍を置いた人物。

「最も私は家督相続のため、一年ともいませんでしたが」

 そうつぶやいた後、彼の口元がにわかにほころんだ。


 騎士団の入隊資格は軍属の家系出を除いて、基本的に貴族家出の次男以下に限られている。また、家督相続人に繰り上がった場合、その時点で名誉除隊の対象だ。


「兄が早世しなければ、不思議なめぐり逢わせですが」


 懐かしそうな口ぶりに、『法の番人』としての面影はない。そこには、かつての夢に思いをはせる男にしかいなかった。


「ここだけの話ですがね。セシルも本当は兄の婚約者でして、彼女との婚約が成立しなければ、パメラとも会うことはなかったでしょう」


 意外な告白に、私は目を見張る。この人が騎士としての道を歩み、別の女性とめぐり逢えていたとしたら。私とアナベルは、出会うことすらなかった訳だ。


「それよりも殿下」

「如何されましたかな」


 無駄を省いた所作で、法務卿はカップを置く。

 一息ついた側から、

「フロワサールで逮捕した神官の処遇についてですが」

 用件を切り出した。

 あの件は、少し厄介だったな。


「教会は神官位の剥奪におよび腰だとか」


 相手は庶子とは言え、上位貴族の出自にある。寄進を得る立場上、綱紀粛正を遵守出来ないのも仕方あるまい。

 曖昧にやり過ごす私に失望したのか、法務卿は目をそらす。


「ここで一つ、取引しませんか。殿下」

「貴方から裏取引の申し出ですか」


 彼は足を組み直すと、

「北の辺境にある瘰癧患者を収容する教会に、件の人物を放り込んでやるのです」

 そのようにのたまった。


 『神官位の剥奪』の方が、絶対、マシな処遇ではないか。まさかのヲチに、私はぐうの音も出せない。


「娘をコケにされて黙ってしまえば、私の沽券に関わりますから。殿下なら、お分かり下さいますよね」


 口角が上がる一方で、目は全く笑っていない。

 クっソ……。義父どのがこんなに恐ろしいなんて。全く聞いていないぞアナベル。

 ほぼ同じタイミングで、私達はカップに手を伸ばす。相手の含み笑いに言葉を失った。

 

 空恐ろしい威圧感を受け流そうと、私は残りの紅茶を飲み干す。

「その辺りの根回し。殿下からもお願いしますよ」

 普段、険しい表情の義父どの口元に含み笑いが浮かぶ。生まれて初めて抱く恐怖に、耐えるしか出来なかった。

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