怒濤の展開に、私は唖然とするしかないわ。
一体、何時、何分、何秒。
先代陛下とトレーシーの婚約って決まったのかしら。
おっと、いけないわ。そんな不毛な妄想よりも、お二人への祝福を真っ先に考えるべきよね。
そう、納得すると同時に、私は羊皮紙をスーザンに手渡した。
「それでは妃殿下。私はこれにて」
「貴女も息災でね」
切れのある礼の後、スーザンが馬車へと向う。騎士団の本営に赴かんと、彼女を乗せた馬車が走り去った。
柔らかな陽差しに背を向けて、私はくるりと身を翻す。あらら? 見上げた先の正門前に、若い男女の姿があるわね。
「お荷物を運びます」
「お願いするわね」
書生とメイドに手荷物をゆだねて、私は向かい風の中を歩き出す。背後から届くいななきも、木々のざわめきのため、いつの間にかかき消されてしまった。
「おいでなさいませ。妃殿下」
エントランスに立つハンスの挨拶に、
「ありがとう」
私は謝意を述べる。
かすかに笑みを称えたハンスに促されて、荷物係の二人は荷物を二階へ駆け上がる。結構、重いのに二人ともごくろうさま。
「参りましょう」
「ええ」
勝手知ったる間取りなれども、私はハンスの後に続いた。
「これって……」
どこからともなく、たどたどしいヴァイオリンの響きが。
私の声に反応して、
「如何されましたかな」
先を行くハンスが立ち止まった。
「ひょっとして、あれはルイスの手によるのかしら?」
「はい。先週より音楽の家庭教師の方を雇われました」
「そうなの」
芸術音痴系の父が、よくぞお雇いなさったわね。私の不埒なボヤキに構うことなく、ハンスは早足で前に進む。
そんなに大股で歩かれたら、差が開く一方じゃないの。ここが、生まれ育った館でなかったら、私、迷子になってしまうわ。
「アナベルさまのご到着です」
「お入りになって」
義母の声がするタイミングで、私はどうにかハンスの真後ろにつく。
「お帰りなさい。アナベル」
応接間に踏み入った先では、義母とメイド達が裁縫に勤しむ姿が。
「そのまま続けなさって」
成り行き任せに、私は女性達の輪に入る。そんな風に緊張しなくても、取って食べたりはしないわ。
私は昔取った杵柄とばかり、縫いかけの衣の先をかいつまんだ。
「ルイスもまた大きくなった?」
「そうなのよ。あの子ったら、将来はジョージと同じ背丈になりそうよ」
それを聞いたら、ちょっとだけ恥ずかしいかな。だって、父と同じ髪と瞳の色なのに、背丈だけは全く似なかったから。
「あら、そろそろ授業が終わるわ。先生にお出しするお茶を用意しないと」
メイドが一人二人と、その場から去って行く。それと入れ替わって、ルイスと一緒に現われた人物を見て、私は思わず言葉を失った。
「お久しぶりねアナベル」
「ロクサーヌお姉さま?」
誰よりも完璧な淑女の礼に、私は呆然と眺めるばかり。怒濤の急展開に、私の思考は完全に沈黙した。




