不遇の真ん中令嬢は、新たな陰謀の幕開けにより、前々世を思い出しました。
翌朝、目が覚めると同時に、車窓の帳から白い光がこぼれる。もう少し床につきたいけど、到着時刻まで猶予はなかったような。
「こうしてはいられないわ……」
上掛けをはねのけた私は、簡易ベッドから足を降ろす。案の定と言うべきか。
「こちらをどうぞ」
準備万端のスーザンが、私の着替えを差し出した。
「何とか間に合ったわよね」
「はい」
揺れ動く車内での着替えも終わり、スーザンが抱えた鏡を覗く。髪の毛のほつれを整えたタイミングで、汽車は少しずつ速度を落とした。
「はっ」
さわやかな、朝の空気を満喫……とは言えないくらい、目の前の混雑ぶりに私はたじろいでしまう。
地下道を抜けた先は、駅前にある乗りつけ広場だから仕方ないか。それでも所せましと、馬車が長い列をなしていた。
「こちらへ」
スーザンの呼ぶ方へと向う寸前で、
「アナベル」
その声で私は立ち止まった。
「殿下」
振り返った先では、殿下の悲しげな眼差しが。私ったら、何か粗相でもしたのかしら。
不安に苛まれる私の足元が、長い影で覆われる。
「しばらくの間だけ、ウィンクス侯爵家で休息を取りなさい」
「あの?」
いよいよ、婚約破棄の到来なの? 身構えながら、私は静かに面を上げた。
「女官改めに時間を要さなければならない」
「トレーシーに何かございましたか」
「いいや。彼女に濡れ衣を着せた者への処罰を下さなければならないからね」
ポーションすり替えの件。すっかり、失念していたわ。その処断に殿下も、苦慮なされているのね。
でも、安心したわ。婚約破棄ではなくて。
私は一呼吸、間合いを入れると、
「承知いたしました」
殿下に向けて答える。
淑女の礼を取り、私はそっと踵を返した。
「妃殿下」
「行きましょうか」
柔らかな座席に腰を据えると、扉は外側から閉ざされる。喧噪が遠ざかると同時に、車輪が滑り出した。
「ねえ、スーザン」
「何でございましょうか」
あの件について、聞くか聞くまいか。
散々迷った挙げ句、
「女官やメイドの入れ替えって……」
しどろもどろに、私は探りを入れる。
重い空気の漂う中で、
「実行犯を手引きした者に暇を出す。その程度だと心得て下さいませ」
スーザンはきっぱりと答えた。
「ええ。分かったわ」
この件について、私がとやかく言うべきではないか。それなら気を取り直して、『元祖塩対応』の父との対決に備えるべきだわ。
こちらが吹っ切れた頃、
「侯爵家に到着する前に、こちらに目を通して下さいませ」
彼女が一枚の書状を差し出した。
どれどれ、女官の婚姻に関する報告書……あれ?
「これ、冗談よね」
「いいえ。サウスミンスター公爵と女官長のご婚約に間違いございません」
スーザンの性格からすれば、絶対にウソはついていない。私はもう一度だけ、羊皮紙の文字をじっくりと読み込む。
やっぱり、間違いはない。それよりも、トレーシーが未来の公爵夫人だなんて、全く聞いていないんだから。
私の心の叫びをかき消す勢いで、馬車は大通りを駆けぬけた。




