別れの挨拶の後で。
火のない竈の脇を通り、私達三人はひいおばあちゃんの後ろに立つ。
「そっちの姿だと、あんまりピンと来ないね」
つらい別れを惜しむひいおばあちゃんが、そっぽを向いてため息をこぼした。
ソフィアから渡された礼服よりも、あっちの衣装の方がよかったかな。
最後の挨拶なのに、私の涙が一向に止まらない。
「ほら、こっちを向いて」
「うぐっ」
「しゃんとするんだよ」
呆れ顔を見せつつ、私の涙をハンカチでふくひいおばあちゃん。涙をこらえ切るひいおばあちゃんの丸い背中を、私は時間の許す限り抱きしめた。
ゆっくりと開く扉の向こう側に、一台の馬車が控えている。まばゆい光の下、通りを行き交う人々は自信に満ちあふれていた。
「そろそろ、馬車にお乗り下さいませ」
後ろ髪を引かれつつも、私はひいおばあちゃんから体を離す。
「ふり返るんじゃないよ」
その叱責に応えるべく、踵を返した私は石畳を踏みしめる。己を奮い立たせながら、開かれた馬車の扉をくぐった。
「アナベル」
「申し訳ありません。殿下」
「いや、気にしなくていい」
空けられた席に目もくれず、私は殿下の隣に腰をつける。車輪は鈍い音を上げて、ゆっくりと回り始めた。
「フロワサールの駅の前に、寄り道になるけどいいかな」
「……構いませんが」
「そうか」
殿下の優しい眼差しが、私の悲しみを癒して下さる。このお方に相応しいまでといかなくても、寄り添える家族になりたい。その思いをかみしめるとともに、私は膝に置いたこぶしを強く握った。
車窓は街並みを素早く抜けて、平らな田園の路へと入る。やがて馬車は右から左、その反対に蛇行しながら、ゆったりと走り続けた。
「ここだよ。アナベル」
穏やかな光と風が、私の髪をかすめる。先に降りた殿下の手を取って、私はトンと地上に舞い降りた。
ここは、小高い丘の中腹にある名もない墓地だ。
「あの青い薔薇を見てご覧」
殿下の示す方へと、私は一歩を踏み出す。
墓標に刻まれた名前を見た途端、
「おじいちゃんとおばあちゃん?」
私は小声でつぶやいた。
「そろそろ、ロクサーヌ嬢と会っても構わないだろう」
「お姉さま……」
ふり返った先で、殿下が目を伏せる。忙しさにかまけたせいで、すっかり失念したわ。
本来なら殿下は、お姉さまと結ばれる運命にあった。
つっ。今さらの婚約破棄?
そんな私の不安を他所に、
「今は王立芸術院の監督補佐フィリップ・コリンズと婚約中だ」
殿下は堂々と言葉を放つ。
「……ははい?」
一瞬、何のことなのか見当もつかない。
誰なの? ええと。
私の記憶が正しければ、『星ラス』のモブにもいなかったような。
「そうだ。これを」
困り顔の私を気にも留めずに、殿下は後ろ手から白い百合の花束を差し出した。
うっ、……詳しい話は後回しでいいかな。
そよ風に乗って、青薔薇と白百合の甘い香りが私達の周囲を取り囲む。殿下から受け取った花束を、私は祖父母の墓前に手向けた。




