表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/69

別れの挨拶の後で。

 火のない竈の脇を通り、私達三人はひいおばあちゃんの後ろに立つ。

「そっちの姿だと、あんまりピンと来ないね」

 つらい別れを惜しむひいおばあちゃんが、そっぽを向いてため息をこぼした。


 ソフィアから渡された礼服よりも、あっちの衣装の方がよかったかな。

 最後の挨拶なのに、私の涙が一向に止まらない。


「ほら、こっちを向いて」

「うぐっ」

「しゃんとするんだよ」


 呆れ顔を見せつつ、私の涙をハンカチでふくひいおばあちゃん。涙をこらえ切るひいおばあちゃんの丸い背中を、私は時間の許す限り抱きしめた。


 ゆっくりと開く扉の向こう側に、一台の馬車が控えている。まばゆい光の下、通りを行き交う人々は自信に満ちあふれていた。


「そろそろ、馬車にお乗り下さいませ」


 後ろ髪を引かれつつも、私はひいおばあちゃんから体を離す。

「ふり返るんじゃないよ」

 その叱責に応えるべく、踵を返した私は石畳を踏みしめる。己を奮い立たせながら、開かれた馬車の扉をくぐった。


「アナベル」

「申し訳ありません。殿下」

「いや、気にしなくていい」


 空けられた席に目もくれず、私は殿下の隣に腰をつける。車輪は鈍い音を上げて、ゆっくりと回り始めた。


「フロワサールの駅の前に、寄り道になるけどいいかな」

「……構いませんが」

「そうか」


 殿下の優しい眼差しが、私の悲しみを癒して下さる。このお方に相応しいまでといかなくても、寄り添える家族になりたい。その思いをかみしめるとともに、私は膝に置いたこぶしを強く握った。


 車窓は街並みを素早く抜けて、平らな田園の路へと入る。やがて馬車は右から左、その反対に蛇行しながら、ゆったりと走り続けた。


「ここだよ。アナベル」


 穏やかな光と風が、私の髪をかすめる。先に降りた殿下の手を取って、私はトンと地上に舞い降りた。


 ここは、小高い丘の中腹にある名もない墓地だ。


「あの青い薔薇を見てご覧」


 殿下の示す方へと、私は一歩を踏み出す。

 墓標に刻まれた名前を見た途端、

「おじいちゃんとおばあちゃん?」

 私は小声でつぶやいた。


「そろそろ、ロクサーヌ嬢と会っても構わないだろう」

「お姉さま……」


 ふり返った先で、殿下が目を伏せる。忙しさにかまけたせいで、すっかり失念したわ。

 本来なら殿下は、お姉さまと結ばれる運命にあった。


 つっ。今さらの婚約破棄?


 そんな私の不安を他所に、

「今は王立芸術院の監督補佐フィリップ・コリンズと婚約中だ」

 殿下は堂々と言葉を放つ。


「……ははい?」


 一瞬、何のことなのか見当もつかない。

 誰なの? ええと。

 私の記憶が正しければ、『星ラス』のモブにもいなかったような。


「そうだ。これを」


 困り顔の私を気にも留めずに、殿下は後ろ手から白い百合の花束を差し出した。

 うっ、……詳しい話は後回しでいいかな。


 そよ風に乗って、青薔薇と白百合の甘い香りが私達の周囲を取り囲む。殿下から受け取った花束を、私は祖父母の墓前に手向けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ