あ……足が、届かないわよ。
殿下の素早い対応の甲斐もあって、フロワサールでの陰謀は一掃された。油断はならないだろうけど、私はそうだと信じている。
流れる雲の切れ間より、まぶしい光が降りそそぐ。教会を囲む木々をそよぐ風は、とても心地よかった。
「アナベルっ、無事だったかい」
そう言いながら、小走りで駈け寄るひいおばあちゃんを、
「大丈夫よ」
私は両手をいっぱいに受け止める。
衆目をはばかることなく、私達は互いの無事を確かめ合った。
「妃殿下」
「おけがもなく、何よりでございます」
町娘姿のまま、ソフィアに続いてスーザンも、裾裳を広げて礼を取る。ひいおばあちゃんから離れて、私は彼女達の眼前まで近づいた。
「迷惑をかけましたわね」
私からの労いに驚きつつも、二人は互いを見合わせて微笑んだ。
「ところでアナベル」
唐突に響くひいおばあちゃんの問いかけに、
「何?」
私は自然と振り向く。
こちらににじりよる彼女が、身をかがめるようにと手をふった。
中腰になった私の耳元で、
「あの婿さんも、うちの工房に泊まるのかい」
のそっとつぶやいた。
ええと、泊まるって……。そ……そんな。殿下のベッドなんて、用意出来たりやしないわ。
しどろもどろにくぐもる私を横目に、
「私は今夜、両府庁の宿舎に入るよ」
殿下は足早に去って行った。
ええ、分かっています。私達はまだ、清い仲でいるべきよね。
「やっぱり似ているね」
「誰に?」
いまいち、ピンと来ない私の袖を引いて、
「パメラの父親さ」
ウィンクと同時に届く。
そうなのかしら。どんな方だったのか知らされていないし。全く想像もつかないわ。
「馬を」
聞きなれた声の元、従士が馬を引いてやって来る。殿下は苦もなく、颯爽と鞍にまたがる。その美しい所作を、私はうっとりと眺めた。
地ならしするように、蹄をえぐる馬がくるりくるりと。殿下とともに騎馬達が、そのまま下り坂へと去ってしまう。
「まあ、少しは気が利くみたいだね。アナベルのいい人は」
ひいおばあちゃんの台詞に、私はハッとする。
殿下がいらっしゃったために、私とひいおばあちゃんの過ごす時間は残り少ない。
余韻にひたる私を諭すように、
「さあ、帰るとしようか」
ひいおばあちゃんがのたまった。
「ええ。あれれ?」
気がつけば、三人ともさっさと荷馬車の方へ。私は懸命に、彼女達を追いかけた。
前に乗り込もうと、足をかけた私に向けて、
「お止し。アナベルもあの娘っ子らと一緒に、後ろに乗るんだよ」
ひいおばあちゃんの叱責が木霊した。
「はへ?」
「何だい。そのみっともない声は」
フフフフ……、二人ともそんなに笑わないで。仕方ないわ。ここは、ひいおばあちゃんの言いつけに従うわ。
とぼとぼと、項垂れた私は後ろに周り込む。
ため息交じりに見上げた先では、
「お手をどうぞ」
ソフィアが手を差し伸べてくれた。
でも、この荷車って地面から高すぎ。足が全く引っ掛からないわ。スーザンが宙をさまよう左足を、ひょいっと持ち上げてくれる。おかげさまで、無様な姿を晒さずにすんだわ。
「やっと乗れたわ」
「ご注進してもよろしいですか」
肩で息を整える私は、
「何かしら」
背後から聞こえた声にふり返る。
「王都に戻り次第、乗馬を始めてみましょう」
「乗馬?」
「それはよいかと思いますわ」
クスッとこぼれる二人の笑みが、陰謀めいて見えてしまう。私ったら、恨みを買うような真似は、一切していないのに。
ソフィアに促されるがまま、藁敷きの上に腰を落ちつける。
しばしの間、思案する振りをして、
「まあ、そのうちに……」
私は、あいまいに答えをはぐらかした。




