消えた山繭の手がかりだけど。
漂う蒸気にあてられて、目がしょぼしょぼするけど気のせいよね。今にも泣き出しそうなお婆さんが、ゆっくりと私の側に近づいた。
「髪と瞳の色を除けば、お前さんは私の娘に。ミーシャとそっくりだよ」
お婆さんの台詞に、私は何も答えようがない。おどおどするだけの私に、婆さんは手を差し伸べた。
その手を取る前に私は、
「あの、フロワサール伯爵家を恨んだりしていませんか?」
しどろもどろに問いかける。
感動のご対面をつぶしてごめんなさい。
私の態度に困り顔のおばあさんに代って、
「それは、先代の話だろ? 元来は、善良な領主さまだったさ」
さっきのご婦人が答えてくれた。
何だか、話に聞いたことと違う。ちらりと横を見れば、ソフィアも驚きの表情を見せている。
「つもる話は、あっちでいいかい」
そそくさと歩くお婆さんの後を、私達はなれない間取りをかき分ける。土間から奥に続く細い廊下を、必死に追いかけた。
暗がりを抜けた先は、大きな竈が目につく台所。長い一枚板のテーブルを囲んで、みんなが腰を下ろした。
「あの絵は」
正面のすすけた壁に、粗末な木枠にはめられた一枚の絵。市井の台所の壁に飾るには、もったいないような蒼い薔薇が鎮座する。
色褪せた絵具が、過ぎ去った月日を物語っている。一体、何の意味があるのだろうか。
「あれは、先代が描いた絵だよ」
「アコギな方の」
私の率直な表現に、お婆さんが首をふる。
「トーマス坊ちゃん……パメラの伯父上だね。若い時分は、絵描きを目指していてね」
話の流れから察しをつけたのか、
「ご家族に反対されたのですね」
ソフィアは合の手を入れた。
「そうではなかった」
「えっ」
「先々代のご当主と奥方さまは、トーマス坊ちゃんにはまるで感心がなかった」
「というと……」
悲し気な面持ちで、視線をさまよわせた後、
「三人兄弟の次男故に」
お婆さんはそれだけ言ってうつむいた。
しんみりとした答え方に、私は身につまされる思いだった。三人兄弟の真ん中だけが置き去りに。
それって、よくある話だから分かるの。
「あの絵を描いていた頃は、心根の優しい坊ちゃんだった」
だからと言って、悪行三昧が許されてもいい訳ではない。過去の思い出にひたるよりも、目の前の問題を解決するべきだわ。
一呼吸置いて、お婆さんを見据える。
「山繭の飼育場は今、どうなっていますの」
「そっちは、教会の領分だ。うちらには分からない。ただ……」
「ただ?」
一瞬、お婆さんが目を伏せる。
「あんたらをだまし通すのは無理だね。実はトーマス坊ちゃんを生かすためにね」
あれ、アコギな伯爵さんは、この世にいないって聞いているけど。違うのかしら。
「あの……」
視線を私達から背けると、
「山繭の権利を手土産にして、坊ちゃんの助命を嘆願したのさ」
ひいおばあちゃんの口から予想外の答えがもたらされる。
「そ……」
衝撃の事実を前に、私はつむぐべき言葉が見つからなかった。




