えっ。私にひいおばあちゃんがいるの?
うららかな昼下がり、私達を乗せた荷馬車が森の木陰に差しかかろうとする。荷駄の隙間に身を寄せ合う私達は、下から突き上げる揺れと悪戦苦闘中。
対面に座すソフィアがため息とともに、
「金輪際。あのような真似はお控え下さいませ」
私をたしなめた。
「あら、一度くらいいいじゃない」
既視感ありありのジト目光線が、ソフィアの両眼から放たれる。隣に顔を向ければ、我関せずとばかりスーザンが空目を使った。
そんなに、私が御者の隣に座ること事態。悪いのかしら。
領府に向かう荷馬車の主と巡り会うなんて。神さまの思し召しに違いないのにね。
「妃殿下。絶対にお止め下さいませ」
「うっ……」
ソフィアって絶対、トレーシーに勝るとも劣らないほど融通が利かない。スーザンに同意を求めたら、笑ってごまかされたわ。
硬い木箱も相まって、お尻がちょっとだけ疼く。むくれた顔など見られたくないと、私はそっぽを向いた。
視線の先では、幌の間口から黒い影が去って行く。だって、後ろへと遠ざかる景色ほど、素っ気ないものなのよ。
「あーあ」
私がつまらなそうにため息をつくと、
「この森を抜けたら、少し休みましょうか」
スーザンが気遣いを見せる。
しばらく考えた後、
「そうね」
ソフィアもうなずいた。
「森を抜けたら、目的地まですぐよね」
「はい」
「三十分ほど休んでも、日暮れ前には間に合いますわ」
ソフィアの説明に納得出来ても、また、襲撃されたらどうしよう。
そんな不安が、私の心に巣食う。あんまり思い詰めても仕方ないけど。
徐々に速度を落とした荷馬車が、大きく右に舵を切る。幌の隙間から、白い光が射し込んだ瞬間、私達の体が左右に激しく揺れ動いた。
日が西に傾きかけた頃、私達はフロワサールの領府の検問を突破する。実にあっさりとした手続きに、私は役人達のサボりを疑った。
「そうだ。嬢ちゃんには、もこれをやるよ」
幌から降りた私に、御者のオジサンが真っ赤なリンゴを一つ投げ渡す。あやうく落としそうになりながらも、どうにか受け取れたわ。
今にもかぶりつきたいくらい、甘い香りが何とも心地よい。二人のいる手前では、お行儀の悪いことなんて出来やしないけど。
「ひ……じゃなくて、ベル?」
「分かっています。ソフィア姉さん」
わざとらしく語尾を強調したら、スーザンがクスッと笑う。複雑な面持ちのまま、ソフィアが先に歩き出す。そのすぐ後を、私とスーザンが並んで追いかけた。
街の家々の壁に、様々な看板が掲げられている。石畳の登り坂をさまよいながらも、どうにか目当ての場所に到着出来たわ。
「居酒屋とかじゃないのね」
「お立場を考えてから、言葉を発して下さいませ」
スーザンの言う通り。私達は、バイトの面接が目的ではなかった。そこは、反省しないと。
「ここは、『ベギン工房』のギルドです」
「ベギン?」
耳慣れない言葉だけど、頭上には竈と糸車を象った看板がある。そうそう。生糸は、お蚕様を湯がいて作るんだっけ。
古びた木の扉を開ければ、奥の方から湯気が立っている。中の様子を伺う私達の前を、恰幅のいいご婦人が横切った。
「新入りさんかい。大女将さーん」
ご婦人の呼び声を受けて、
「何だよ全く」
柱の陰から小柄なお婆さんが姿を見せた。
「ああ、新入りなら……そんな……ミーシャかい」
お婆さんは私を見るなり、目を見開いてつぶやく。
「あの。私の顔がどうかしましたか」
「そうかそうか。あんたは、パメラの子だね」
ええ? 私のお母さまと同じ名前でも、別人だったりするのかな。ソフィアとスーザンも、互いの顔を見て驚いている。
その隣で私は、ひたすら立ち尽くす。一体、何が起きたのか、全く理解出来なかった。




