エニグマって、いつの時代にあったんだっけ。
ベッドに横たわるスーザンの頬に、ようやく赤味がさす。慣れない看病も一息ついて、私はいつの間にか眠気におそわれた。
ごめんあそばせみなさま。ほんの少しだけでいいから、眠らせて欲しいの。
「ZZZZZZZZ……」
どれくらい、寝落ちしていたのかしら。食欲をそそる香りに誘われて、私は静かに首をもたげる。薄い帳の引いた窓の外は、すっかり日も暮れていた。
「妃殿下」
呼ぶ声に応じて、私はかすむ目をこする。視線の先ではスーザンが、身を起こすところだった。
「大丈夫。あのポーションが毒だなんて……」
謝意を述べる私を遮るように、
「いいえ。あれが毒だと分かったからこそ、飲むことが出来たのです」
スーザンが言い放つ。
「それって」
疑問の声をかき消すように、扉を叩く音がした。
「入りますわよ」
建てつけの悪い音とともに、ソフィアが姿を現した。
いまいち、状況の飲み込めない私に向けて、
「スーザンには、体内に取り込んだ毒を魔力に変えるスキルが付与されています」
彼女が説明する。
そんな、チート設定ってありなの?
開いた口がふさがらないままでいると、
「王宮内でこれを知るのは、レオナルド殿下のみにございます」
追加情報まで提示してくれた。
「だから、随行人には、貴女が選ばれたのですね」
「はい」
殿下の抜かりなさに、私は感嘆の声すら出せない。こんなダメな私が、あのお方の妃なんて勤まるかしら。
ついつい、無駄なため息がこぼれてしまう。
それはさて置き、ポーションをすり替えた犯人は誰だろう。スーザンの正体を、把握していないと助かるけど。
それ以上に問題なのは、私達の乗った汽車が襲撃された事実を、すみやかに王宮へ伝えることよね。
「殿下への取次をお願いしたいのだけど」
おそるおそる申し出てみれば、
「スーザン」
「はい」
あっさりと、二人に承認された。
「出来れば内密にね」
私の注文に応えようと、スーザンがベッドを離れる。彼女の動線を追えば、部屋の隅に衣装箱があった。中から取り出された物体に、私は思わず目を見張る。
伝説の『エニグマ』だわ。でも、異世界にも存在したりするの?
「こちらを使い、暗号文を本営に送ります」
「お願いするわ」
ウッソ。スパイ映画ばりの展開じゃないの。心の声を抑えつつ、私は暗号文の中身を思案した。
まず、ソフィアが私とスーザンを保護したこと。それから、敵の目をあざむくため、『妃殿下への毒殺の容疑でトレーシーの身柄を拘束』をよそおい、彼女を王宮から隔離すること。
これで、ポーションすり替えの犯人だけでも、あぶり出しは可能になるはず。さらに、もう一丁。私が生死をさまよっているらしいと……。
「偽の情報を流して、黒幕を油断させるのですね」
ソフィアの相槌を受けて、
「その辺り、上手に暗号化して下さるかしら」
私はもっともらしい言葉を選んだ。
「かしこまりました」
スーザンは慣れた手つきで、私の要望を暗号文として打信する。それが終わった直後のこと。三人の小腹が、ほぼ同時に音を立てた。
あまりにも、ドンピシャなハモリ具合。これに私達は、笑うしかなかった。
「妃殿下。こちらへどうぞ」
スーザンの案内で、私は丸いテーブルにつく。暖炉の炎が揺らめいて、すすけた壁に影が踊った。
夕食のメニューは、パンとスープ。そして、大皿を占拠する川魚のフリッターだわ。
私が音頭を取って、神への感謝を捧げる。
それからあっという間だけど、私達は目の前のごちそうをたいらげた。




