虹色の蜃気楼に進路を取れ。
暗く長いトンネルを抜ければ、水色の稜線のかすむ世界が広がる。さすがに、国語の教科書で読んだ小説みたいに、猛吹雪の真っ只中だったなら困るわよね。
汽車はゆったりと、S字に蛇行する。小学生時代、一度だけ乗ったことのある新幹線より快適な座席のおかげもあり、私はロマンスの世界に没頭した。
「妃殿下。そろそろ……」
読みかけのページに、私は押し花の栞をさし込む。
目の前にいるスーザンが、
「もうすぐ、ミッドヒルに到着します」
目的地が近いことを予告する。
銀の懐中時計が閉じるタイミングで、私は読みかけの本を彼女に渡した。
「汽笛? 鳴らし方が普通じゃないような」
私のつぶやきに呼応して、スーザンもうなずく。
ガシャン!
前ぶれもなしに、連結が外れた轟音に私達は互いを見合わせる。その直後、個室車が上下左右と揺れ動いた。
「減速している」
嫌な予感が正しいとなると、私達を乗せた車両と機関車両が離れたってことになる。
「妃殿下。私の側から離れないで下さいませ」
「スーザン……」
私はとっさの判断で、スーザンの隣に移る。彼女が取り出した手鏡には、外の様子がランダムに映し出された。
「どうやら敵は、近くにいるようでございます」
「そうなのね」
無意識に車窓に目を向ければ、外は幸いにも原っぱだった。
「妃殿下」
スーザンの目配せを見て、己のなすべきことを悟る。
「あそこから……」
でも、窓って開くスペースが限られている。私の不安を他所に、スーザンは手も触れずに窓枠を取り去った。あら、貴女の魔法スキルって、私の想像以上の何かがあるの?
のっそりと、私達は窓辺に向かう。開いた場所からひらりと、スーザンが先に降り立った。
「妃殿下も」
私も続くようにと催促を受ける。ええ。後は野となれ山となれだわ。手さげカバンを抱えて、おっかなびっくりと。
ぎこちないながらも、スーザンに支えられた私は、どうにか地面に立つことが出来た。
「おいっ。いないぞ」
「馬鹿な。出入り口は俺たちがふさいでいたのに、どこに消えやがった」
スーザンの魔法の効力なのか、相手にこちらの動きはバレてはいない。
「妃殿下」
「何?」
「少しの間だけ、囮になって頂けませんでしょうか」
「はい?」
スーザンの思い詰めた眼差しに、私は何も言えない。うん。ここは王族のはしくれとして、ひと役買うしかないわ。
「あそこにある銀杏並木まで、全力で走って下さいませ」
「全力ね」
脚力に自信がないのに、トレーシーに勝らず劣らず意地悪だわ。
「分かった」
普段より丈の短い裾裳とは言え、全力疾走にそぐわないいでたちなのに。それでも私は、スーザンのためにひたすら走り続けた。
「いたぞ」
「追え追えっーー」
怒号とともに、男達が一斉に迫り来る。途中で捕まったらどうしよう。頭をふりながら、私は懸命に走り続ける。
うわーん。もう、目の前にも野郎どもがいるじゃない。はさみ撃ちになっちゃう。あきらめるの? 嫌よ。殿下のためにも、絶対にあきらめたくないわ。
「そこの女を……」
右にするか左にするか。進路を迷う私の目の前に、突然、虹色の蜃気楼がわき立った。
「えっ? 何なのよ」
虹色の蜃気楼からにょろりと伸びた白い手が、私の腕を掴んで中へと引きずり込む。
こんな、オカルト展開。聞いてないわよ。歪んだ空間におののくあまり、私は目をきつく閉じてしまう。
「妃殿下」
「スーザンなの?」
ゆっくりとまぶたを開ければ、のどかな田園にはさまれた隘路のど真ん中。見渡せば、私とスーザンを追い立てた連中の姿はなかった。




