不遇の真ん中令嬢はフロワサールにて、元悪徳貴族との和解を選びました。
お妃教育も一通りやり遂げて、いよいよフロワサールへ出立する日を迎えた。表向きの理由はご先祖さまへの墓参だけど、アコギな一族を弔うって何だかなあ。
おっと、これって王妃にあるまじき姿だわ。
邪念を捨てるべく、私は机の引き出しから手紙を取り出す。宛先はもちろん、パメラお母さま。
アジサイを象った封蝋を押すと、
「トレーシーはいるかしら」
名前の主を求めて、私は周囲を見渡した。
「いかがなさいましたか」
私の脇に立つトレーシーに向かい、
「法務卿への返礼は、まだ出していないわよね」
問いただす。
「検閲を終えた書面を、封印するだけにございます」
彼女は目を伏せて、慇懃にのたまう。
「これを、同封して欲しいのよ」
私はおずおずと、母への私信を差し出した。
公人宛の手紙は数行程度の礼状であっても、王家の検閲を通さなくてはならない。権門から王妃を迎えると種々のしがらみが少なくないからね。
これは、慣例だから仕方がないわ。
苦肉の策として、実母宛の私信は義母に託すことに。前にも何度か父宛の公文書に、義母と弟に宛てた私信を挟んでいたから大丈夫よね。
トレーシーのジト目光線をあしらうと、私は静かに立ち上がる。
部屋着のまま、何かに導かれるように窓辺に向かう。メイドの手を遮り、私はガラス扉を開けてバルコニーに出た。
外は穏やかに晴れていて、頬を過ぎる風がとても気持ちいいの。
「妃殿下。お仕度の時間にございます」
背後から届く、トレーシーの冷ややかな声。もう少し陽射しを浴たかったけど、わがままを言ってはいけないわ。
「今、戻りますわ」
雲一つない空に別れを告げて、私は鏡台のある方へ向かった。
「こちらが、宰相よりお預かりした認可証にございます」
宰相の封蝋が怪しげな光を放つ。これからの旅路を呪うように見えるけど、気のせいだと信じたいわ。トレーシーはそれを、同行人のスーザンに手渡した。
二人が言葉を交わす合間に、私はメイドの手を借りて部屋着を脱ぐ。お忍びでの慰問のためなのか、紺色を基調とした装いに私は身を引きしめた。
白い薔薇を添えた帽子を頭に乗せて、私は扉の方へ足を向ける。
「留守を頼みますわよ」
「はい」
小さなバックだけを手に、私はしばしの別れを惜しんだ。
「アナベル」
「殿下」
騎士団の本営へ赴く時間をずらしてまで、殿下は私のために見送りの時間を割いて下さった。
何だか恐れ多くて、彼の顔をまともに見ることが出来ない。
「本営での仕事がすんだら、私も現地へ赴くよ」
宰相方の人間がまぎれている手前、余計な言葉は慎むべきだわ。家令を含めた数人が、殿下の発言に動揺している。
その申し出から、おおよその意味をくみ取り、
「はい」
私は短く答えた。
「お気をつけ下さいませ」
家令の挨拶の直後、みなが一斉に礼を取る。面を上げた家令の目に、したたかな光が見て取れたのも、決して私の気のせいではないだろう。
一抹の不安抱えながらも、私は見送りの列から目が離せない。
車に入って直ぐ、御者の叱責に応えようと、馬の蹄が石畳を蹴った。
「妃殿下」
「気にしなくて結構よ」
スーザンに促されるまでもなく、私は静かに前を向いた。




