父による思い出語り。
降りる途中の踊り場から見下ろす先では、人々が続々とつどいつつある。私は殿下を出迎えるべく、急ぎ足でその場に向かった。
控えの間の方から、列の一番前に父が立つ。いつもの如く、背筋を伸ばす父の背中を見て、私の心が跳ね上がる。
「ご到着にございます」
玲瓏と木霊する声に続いて、みなが深々と頭を下げる。見上げれば、まばゆい光の下で彼の人の姿が大きさを増した。
堂々とした風情を醸し出しながら、
「法務卿自らの出迎え、誠にかたじけない」
殿下が先んじて父に声をかけた。
「ご尊顔を拝謁致し、恐悦至極にございます」
父の慇懃たる態度に臆することなく、殿下は優雅に笑みをたたえる。挨拶の応酬を終えた二人は、横に並んで歩き出した。
殿下と父の後ろ姿が遠ざかるさまを、その場から動くことなく見定める。
一歩も動かない私の隣から
「妃殿下も」
トレーシーの窘める声が届いた。
彼女の気配りがなされなかったら、私はここに突っ立っていたままだ。
「分かっていますわよ」
二人の会話が聞こえない距離を把握してから、私はゆっくりと歩を進める。自らの弱点を逆手に取れば、これくらいの機転を持たないと。
今日の夕食会は、主殿から離れた別棟の食堂になる。そこへ移る際には、中庭を突き抜けるしかないわ。
トレーシーの持つランタンによって、足元は想像よりも暗くはない。少しぬめりのある石畳に足をすくわれないように、私は慎重に足を運ぶ。息抜きに仰ぎ見る夜空には、細い月だけが浮かんでいた。
甘い花の香りが漂うポーチを過ぎると、ガラス張りの扉の手前で殿下が待ち受ける。
「寒くはなかったかい」
普段の彼らしい行為を見て、
「ありがとうございます」
私はありきたりな礼を述べた。
彼のエスコートを受けて、私は炎が彩る場所に入る。視線の奥では、主賓席に陣取る父の姿があった。
「主よ。貴方の御霊に感謝をささげます……」
みなが一斉に瞳を閉じて、殿下の祈りに耳を傾ける。父のいる手前、出来る限り作法に粗相がないように気を配った。
給仕役が肉料理の皿を下げ、定位置へと引き下がる。
ナイフを皿の脇に置いて、
「そのドレス、パメラのデザインだな」
父の方から私に声をかけてくる。
明日の天気を思いつつも、
「何故、分かりましたの」
とっさに返事した。
その手の流行に関して、父が詳しいなんて聞いていないわ。
すると、父は恥ずかしそうに、
「私とセシルが婚約していた当時だ。パメラにデザイン画を見せてもらったことがある」
こちらの想定を超える言葉を発する。
そんな逸話。義母から聞いたことない。殿下の婚約者に指名されて以来、義母の用立てた衣装は全て、実母のデザインによる。
まあ、これを知ったのは、実母と再会した後だけど。
「あの頃は楽しかったよ。彼女らと過ごした時間はね」
しみじみと、過去を振り返る父を見て、私は思わずうろたえる。でも、父なりの気遣いが、とても嬉しかった。




