新しいドレスをまといて。
「お父さま」
トレーシーの案内により、父が用意された席に腰をつける。
「どうした。前に座らないのか」
ハッとする間もなく、私は急いで父の正面に座った。
あれ? トレーシーがテーブルに置いた法律書だけど。あらかじめ、聞いていた中身と違うような。
「午後の講義内容の変更は、承っておりませんが」
「事前連絡を済ませる前に、私の到着が早まっただけだ」
くっ。これ以上のツッコミは、我が父上に通用しないのね。
「まずは、国法の成り立ちから始める」
父は慣れた様子で、分厚い法律書の扉を開く。私は一問一句、聞き逃すまいと神経をとがらせた。
「次が家族法について、聞いているか」
「はい」
終わりの見えない苦行に、私は耐えきることが出来るだろうか。そんな不安が私の心を支配した。
あくび一つ許されない状況下で、私は父の質疑に応答する。国法の歴史から家族法、さらに、教会法の問題点などなど。
『元祖塩対応』の顔が心なしか、そこはかとなく和らいでいる。よかったわ。場違いな答えにならなくて。
仮に国母になる身の上ならば、上辺だけでも法律の知識は重要だわ。
だって、お腹を痛めて産んだ我が子が、あの黒歴史野郎みたいになったりしたら。想像するだけで悲し過ぎる。
一人、妄想にふける合間に、お妃教育史上、最大の壁をどうにか乗り越えた。
「この後は、夕食会だったな」
「はい?」
分厚い法律書を閉じてすぐ、父は音を立てることなく席を立つ。
「淑女方の準備が整うまで、私は控えの間で待たせてもらう」
某中華メニューを頬張る、あのキャラに似たイケボが私の部屋に充満する。父の『元祖塩対応』におののくメイド達が、頬を紅く染めるのって。
気のせいとかではないわよね。
バタンと扉が閉じた途端、みんなが一斉に息を吐く。みんな、今まで我慢してくれてありがとう。
あのトレーシーでさえ、周囲と似たありさまだから、みんなも驚いたでしょ。目の前を横切る本人に悟られないように、私は口元を手で抑えた。
「では、早々に取りかかるとしましょう」
トレーシーの号令の元、メイド達が私を急き立てる。帳が降りた部屋で、身ぐるみはがされても困るわ。
「カタカタカタ……」
「これくらいの力の入れ具合で、弱音を吐く場合ではありませんわ」
はい。貴女の言う通りよ。ああ、鏡に映る肩のところ。指の跡がついているじゃない。
「アロマポーションで念入りにマッサージすれば、数分で元の白いお肌になりますわ」
メイドの説明すら、劇痛のせいで耳に入らない。無駄な抵抗を諦めた私は、彼女達に身を任せるしかなかった。
「このドレス。ウソみたいな軽さね」
ロココ調大正義なドレスばかりの異世界だと、かなり斬新なデザインじゃないかしら。それにどことなく、『海外ミステリードラマ』の劇中で女優さんが身につけたイブニングドレスに似ていた。
「夜会のたびにドレスを新調するのも、王宮の限られた予算内で賄う必要がありますからね」
「確かにその通りよ」
着回しするにも宝飾品や小物類は、定期的に買い替えなければならない。裾が短いドレスなら、普段使いへの転用も可能だから便利よね。鏡を前にして、私はくるりと一回り。
でも、女性用スラックスやジーパンがない。それだけは、納得いかないかな。古い法律で縛るのも、不便で仕方ないわ。
「では、参りましょうか」
先を行くトレーシーを追いかけて、自室から一歩を踏み出す。まばゆい光の下で、私の心は華やかな調べで満ちあふれた。




