父来る……とは聞いていない。
食後の紅茶だけど、少し苦味が強かったかな。前世でも寝込んだりした後は、お茶の味が濃く感じたりしたから、その名残なのかもしれない。
現実世界の緑茶と比べれば、こちらの紅茶の方が私の好みに合うかな。
「美味しかったわ」
お礼を言いつつ、飲み終えたカップをテーブルに置く。
それを受け取ったメイドが、私に向けて頭を下げる。片づけも一段落すると、彼女は静かにワゴンを押して立ち去った。
食後はまったりと、一人で過ごしたいけど、壁時計の針は無情にも、午後の講義に差しかろうとしていた。
「失礼致します」
挨拶とともに、入れ替わりでメイドが現れる。
「こちらへどうぞ」
鏡台の前で待機する彼女に促されて、私は静々と前に進む。簡単な身づくろいなら自分でも出来るけど、彼女の仕事を横取りしてはいけない。
「頼むわよ」
最もらしい言葉をつむいで、私は椅子に腰かけた。
メイドの手を借りて、地味な黒髪に花飾りを添えてもらう。
身づくろいを終えた背後から、
「妃殿下」
トレーシーが血相を変えてやって来た。
普段、沈着冷静な彼女があわてるなんて。明日の天気が心配になるのだけど。
彼女がようやく、息を整えた頃合いを見計らい、
「どうかしました? 貴女らしくないわよ」
妃らしい口調で話しかける。
「法務……が」
ホーム? あらいけないわ。私ったら聞き間違いするところだったわ。
「そのように息を切らさずとも……」
したり顔で余裕ぶる私に向かい、
「法務卿自ら、お出でになりました」
トレーシーは一息で言い放つ。
「法務卿……。冗談よね」
つい、うっかり普段使いで聞き返したけど、トレーシーのジト目光線が真実を物語っている。
午後は国法の講義のため、法務省から講師が派遣される予定だけど、そのトップ自らお出でになるとは聞いていないよ。
足がもつれそうになりながらも、
「とにかく、挨拶には私から」
椅子から立ち上がる。
ほぼ、同時に扉を叩く音がするや否や、家令が開けた扉の先から当人が姿を現した。
『元祖塩対応』の威圧感により、誰もが硬直する中で、
「法務卿自らお越しいただき、かたじけなく存知上げます」
私は必死に挨拶を述べる。
多分、自分史上で最も顔が、への字に引きつっているはず。
作り笑いすら叶わない私に対して、
「顔色がよくないな。だが、思ったより元気そうで安心したぞ」
父の口から予想外の言葉がついて出る。
「かたじけなく存知上げます」
美しく。とは言い切れないけれども、私は父に対して礼をしめす。
「さまになったな」
今のって、ほめてくれたの? 目を見開くばかりの私に構わず、父は定位置へと向う。
明日の天気だけど、空前絶後の大嵐にならないわよね。毅然とした態度で臨みながらも、私は不安を隠しきれなかった。




