禁呪と黒百合の関係は。
あの後、殿下のお達しがあって、私は一日だけお休みをいただいた。その甲斐あって、体調を取り戻すことが出来たわ。
さあ、気合を入れ直してお妃教育に邁進するわよ。メイド達が用意してくれたチュニックワンピースをまとい、私は今日の講義に臨んだ。
「『さかのぼりの禁呪』についてですか」
「左様にございます」
王立教会からいらした神官さまは長い髭が気になるのか、先ほどから指先でなぞるばかりだ。
「お体は大丈夫ですかな」
「お気になさらずに。続きをどうぞ」
外はあいにくの雨だから、朝から暖炉に火をくべている。異世界は現実世界と違い、低気圧で頭痛がひどくなるってないらしい。
これは、本当に助かる。前世では、メチャクチャ苦しかったからね。
『魔法と歴史』の講義だけど、意外と面白いわ。神官さまの語り口がかったるくない分、授業はサクサクと進んだ。
「史書に名前だけ存在するだけなので、他害を引き起こす可能性はないですが……」
確かに、誰かが悪意から過去を改変したら、想像するだけでガクブルものだわ。
「偽書扱いの写本の中に黒百合を使うとありますが。真相を知る者はおりません」
黒百合と聞いて、サウスミンスター公爵邸で見た光景を思い出す。
あちらの執事曰く、花弁の彩りから不人気な反面、根っこに薬用効果があるから、そちらを目的として育てられていると。
ひょっとしたら、迫害を避ける意図ため、誰かがつけ加えた伝説なのかもしれない。
法服の裾を翻して、神官さまは足音もなく窓辺に向かう。相変わらず降りそそぐ雨が、気になるのかしら。
史書と神官さまの背中を、私は交互に見比べる。壁時計の秒針を遮るように、暖炉の火が前触れもなく弾けた。
「何だか少し寒いわよね」
神官さまの見送りのため、部屋には私以外の者は出払っている。本当は私も見送りの列に並ぶべきだけど、顔色が優れないからと丁重に断られた。
うーん。ドンマイだわ。そして、このタイミングで響く我が腹時計よ。
しかし、神は私をお見捨てにはならなかった。
そばかす顔のメイドが、はにかみながら銀のワゴンを押して現れる。憐れな私に対して、救世主を遣わして下さったのよ。
おお、全能の神に感謝を。
「このサンドイッチ……」
小ぶりの皿の上にあるサンドイッチが、前世で流行っていたマリトッツォ風に見える。
固唾を飲みこむ私に向けて、
「具材のはさみ方ですが、ちまたにて大流行なのだそうですわ」
給仕役のメイドが口を開いた。
「そうなの」
彼女からサンドイッチを受け取り、私は最初の一口をかじる。この味つけ方、完全にマヨネーズじゃない。
私の記憶が正しければ、こちらには存在していなかったのに。
あまりにもの衝撃に、手の震えが止まらなかった。
「何でも、ゆで卵と刻み野菜がばらつかないため、新しいソースが出来たそうにございます」
「まあ、便利なものね」
前世で慣れ親しんだ味に、下手なことを言えるはずがない。以前にも思ったけど、私以外の転生者はどこかに存在する。
まだ、顔も知らない相手を想像しながら、私はサンドイッチをかじり続けた。




