夢にまで見たワルツの後で。
雨脚が強くなり、大広間のシャンデリアに灯が点される。その下で私は、大広間の端から端を手拍子とともに何度も往復するはめになった。
見た目の華やかさに反して、ソシアルダンスがハードなスポーツだなんて聞いていないわよ。
おまけに一に姿勢、二に脚力が大事らしい。
だから、視線が少しでも上下するものならば、
「妃殿下。頭がぶれていますわよ」
講師役の檄をこうむる。
ヒールの高い靴だと、足先が痛くてたまらない。
体力の限界から、歩く速度が落ちた頃合いに、
「少し休んでから、実技に移りましょう」
講師役からの出た一言に、私は這う這うの体で壁際にすり寄った。
「先生にお茶を用意させてあげて」
駆け寄る侍女に対して、私はさらりと命を下す。窓辺でくつろぐ鬼コーチだけど、邪険にするような狭量を私は持ち合わせていないわ。
その辺りは、きちんとわきまえているつもりだから。
壁添いに用意された椅子に座り、裾裳をそっと持ち上げる。靴を脱ぐと思った通り、先が赤く腫れていた。
「アロマポーションをご用意致しますわね」
「お願いね」
うん。じっくりとほぐしてもらうわ。
足裏をぐりぐりぐり。メイドの手でイタしてもらう私の頭上に、人影が覆いかぶさった。
「足の具合はどうだろう」
「へ」
開いた視線の真ん前に、こちらを伺う殿下の姿がある。
「あの」
「しばらくそのまま」
踵を返す殿下の向かう先で、講師役の方が礼を取る。話し合いが終わるとすぐ、殿下はこちらに歩いて来て下さった。
「私と踊ろうか」
「よろしいのですか」
「もちろん」
雨が止んだ雲の切れ間から、陽射しが顔を覗かせる。まばゆい光を背負う殿下にみとれながら、私はのっそりと立ち上がった。
「ワルツでいいかな」
私をエスコートする殿下のささやきに、私は『聖星節』の夜会に思いをはせる。
みなのいる手前、うつむく訳にはいかない。
羞恥心にとらわれた私は殿下の問いに対して、
「はい」
楚々と答えるしか出来なかった。
ああ、でも何故だろうか。目の前で私の手を取るお方が、別の誰かと面影が重なるなんて。
黒髪に割れた仮面で顔の一部を覆う、アイスブルーの冷たい眼差しの持ち主。私の記憶の片隅に居座る、殿下ではない『貴方』は誰なの?
「ねえ」
「どうしたのかい」
殿下のリードに身をゆだねて、くるりと向きを変えた時、
「どうしていまさら、私と踊りたがるのでしょうか? ジュリオ・ロングウッドさま」
無意識からこぼれた私の声に、殿下の表情がみるみるうちに青ざめる。
「アナベル」
「お願いしますわ。ジュリオさま……」
最後のステップを踏み終えてすぐ、私の意識が不意に遠ざかっていく。
「妃殿下」
あわてふためく周囲をよそに、私の魂は深淵へと落とされた。




