依頼と受ける理由
サクヤとアハトの出血量が深刻だったため、一行は宿屋で五日間の療養を取っていた。日がな一日、ベッドに転がり読書三昧。たまに猫形態のアハトを撫でながら、無言の空間を過ごす。二人の間に会話はなく、本のページをめくる音とアハトの鳴き声が部屋を満たす。だが、カイトもサクヤも息苦しいなどと思うことなく、むしろ心地よいとまで思っていた。
六日目の今日、サクヤの顔色も元に戻ったが、大事をとって休養に充てようとしていたところに一人の来客者が訪れた。
窓から入る日差しの加減から三時を過ぎたと分かるぐらいの時間にコンコンコンコンと、四回扉が叩かれた。礼儀をわきまえたノックの回数から教養のある人だと推測できた。推測はできてもカイトには該当する人物がいなかった。カイトがちらりとサクヤを見る。サクヤもカイトの言わんとしていることが分かったのか、少しだけ悩んでから、やはり該当者がいないようで首を振った。
一応、脇に置いてあった刀に手を伸ばし、「どうぞ」と声をかける。サクヤもアハトもリラックスしているように見えて、その実警戒を怠るようなことはしていない。
その心配も杞憂に終わった。
「失礼します」
部屋に入ってきたのは背筋を伸ばし、後頭部から焦げ茶色のポニーテールを下げたお堅い黒のスーツのような服に身を包んだ女性だった。クールビューティーという言葉がよく似合うこの女性はギルドマスターであるレントの秘書のアイリスだ。
知り合い、というほど会ってないが見知った人物には違いがないのでカイトも刀を置き、サクヤもアハトも警戒を解いた。
「ギルドマスター補佐をしております、アイリス・ファクターと申します。本日はレントの使いとして参りました」
丁寧に頭を下げてから自己紹介を行ってから、顔を上げて唇が持ち上がろうとする前にカイトがベッドから立ち上がる。
「立ったままじゃなんだし、そっちの椅子にかけてくれ。本題は茶でも飲みながら訊こうか」
アイリスが座った椅子の対面、テーブルの反対にカイト、その横にサクヤが座る。アハトはカイトの膝の上で丸まったまま撫でられている。
テーブルの上に三つのカップと濃いめの茶の液体が入ったティーサーバーを置き、一滴の雫すら跳ねさせずに完璧に淹れる。貴族お付きの執事顔負けの技術だ。無駄に凄いが、あまり使うことのないスキルだ。
「カイト様とサクヤ様にお受けして貰いたい依頼があります」
「依頼ねぇ?なんで俺たちなんだ?もっとランクが高い奴に行かせれば良いんじゃないか?それこそジンにでも行かせれば」
「はい。その通りでございます」
カイトのごもっともな指摘にアイリスも首肯する。ここであっさりと引くはずがない。ならば、カイトとサクヤに頼む必要が無い。
「ですが、今回は恐らくジン様では力不足だと判断されました」
「………その依頼の内容は?」
Aランクで力不足ということは、必然的にSランク級の依頼。それも、十中八九魔物討伐だ。今回の依頼もそれだった。
「吸血鬼の討伐、Sランクです」
「吸血鬼ね。本来はAランクの魔物がなんでまたSランク指定に」
この世界には吸血鬼が存在する。魔物か、はたまた魔物であるか、その線引きは定かではない。
吸血鬼の特徴としては、日光を浴びると常にダメージを受けたり、再生が速かったり、牙が発達していて、血を吸わないと生きていけないとか、カイトのイメージするそれと一緒だった。ニンニクや十字架は効かないらしいが。
「今回吸血鬼を発見したのはBランクの四人パーティなんです。パーティ戦力で言えばAランクにも引けを取らないのですが、手を抜かれた上で手も足も出なかったそうです」
「見逃してもらったと?」
「はい。どなたも血を吸われませんでした。去り際に“妾を超える強者を連れてこい。さもなければ、一ヶ月以内にあの都市を破壊する”と言われたそうです」
言語を操り、手加減できる技量とAランクにも迫るBランクパーティを圧倒する力。これだけの判断材料があれば、ギルドの判断同様Sランクということになる。
「なら、Aランクに徒党を組ませて討伐すれば」
「場所が洞窟でして連携が取れないので、互いの動きを阻害してしまうかと。魔法もあまり使えませんので」
「だから俺たちにお鉢が回ってきたと」
「その通りでございます」
「この依頼は強制か?」
「本来ならギルドマスターの指名依頼として扱われますが、お二人はCランクに分類されていますので、強制権はありません」
「そうか。………一日考えさせてくれ」
「分かりました。紅茶ごちそうさまでした。では私はこれで」
それだけ言って帰っていった。帰る直前、一度も変わらなかったアイリスの表情が少しだけ歪んでいたのをカイトはしっかりと確認していた。
アイリスはこの返事が断りの常套句だと分かっていた。だから、本来なら付け加えるべき“では返事は後日に”という言葉を意図的に省いた。本当に聡い人である。よく見えているのは、その魔眼だけのせいではないようだ。
「カイトならこの場で答えを出すと思っていたので、少し意外でした」
それには自分のことであるカイトも意外だった。日本であったら優柔不断だったと思っていたが、この世界に来てからはしっかり決断はしていたから。
要塞都市アベイドでもモンスタークラウドに参加しないとすっぱり決めたはずだ。何を迷う必要があるのか。
「ちょっと散歩してくる」
「分かりました。いってらっしゃい」
特にやることもなく、ふらりふらり街を歩く。大通りを端から端まで行ってから、また引き返す。露店を冷やかし、屋台で意味も無く何かを買ったり、魔道具を見たりと休日らしく過ごす。
東西南北に伸びる道の内、東と西、南を歩き、残った北の道は貴族街。一般市民なら敬遠される道だ。
公衆浴場手前まで行き、少しの間、一般住宅とは違った景観を楽しみ、それから道を引き返そうとしていると、不意に後ろから声がかかる。
「カイトさん?」
聞き覚えのある声だった。
「ハロルドとリーシャか」
「お久しぶり?ですね」
「こんにちは、カイト様」
声をかけてきたのは、予想通りハロルドとリーシャだった。腕を組みながら歩く姿は、夫婦と言ってもいいほど仲むつまじく、周りの人達は妙に生暖かい視線を二人に送っているが、気付いていないようだ。
「もう挙式を上げたのか?」
「いえ。ですが、今月までには上げたいと思ってます」
一ヶ月以内に。もしかしたら一ヶ月以内にこの都市がなくなるかもしれないというのに。
「カイト様とサクヤ様にも招待状は渡しますので」
「………そうだな。楽しみにしてるよ」
これがアベイドの時と決定的に違うところか。
アベイドでは到着して早々に巻き込まれた。そのため、住民と関わりがなかったので見捨てても何も思わなかっただろう。
ではガルドフィルではどうだろう。ここには、長居しすぎたのだろうか。ハロルドを鍛え、魔族から街を守り、冒険者達と杯を交わした。いつの間にか人との繋がりが出来ていたのだ。知り合いの名前を上げろと言われたら、少なくとも十人や二十人は出る自信があった。それはサクヤも同じことだろう。
「しょうがない。やるか」
依頼を受ける理由が決まった。
「?何をですか」
「いや、こっちの話だ。やることが出来たから俺は帰る。式は絶対行くからな」
「待っております」
ハロルドは手を振り、リーシャが頭を下げてカイトの背中を見送った。
「やることってなんだろうな」
カイトの姿が人混みに消えたのを見て、ポツリとハロルドが零した。
「さあ。分かりませんが、何か大切なものでも守りに行くんじゃないですか?」
ギルドマスター室に戻ってからアイリスが浮かない顔をしていた。書類のミスもいつもはレントが指摘される側なのに、今日はアイリスがミスをやらかしている。
彼女の仮面のことをよく知らない誰かが見たらいつも通り変わらないとキッパリ言うだろうか、誰よりも付き合いが長いレントはなんとなく分かってしまった。
即ち、ダメだった。カイトとサクヤを動かすのに失敗したのだ。
レントが後頭部を掻きながら、どうしたものかとまっすぐ扉を見ていると、ドアがノックされた。きっちり四回。
「入れ」
その言葉の後にノブが回され、扉が開かれた。
「カイトとサクヤか。どうした?」
「いやなに。依頼の返事に来ただけだ。速い方がいいだろ?」
「依頼?断ったんじゃないのか?」
「いや。一日考えさせてくれって言っただけだぞ」
アイリスに目を向けると、レントと打ち合わせたのか、全く一緒のタイミングで目を逸らされた。レントは一つため息をついてから、カイトとサクヤを見る。
「して、返事は?」
「受けるよ」
「そうか。ありがとう」
レントが頭を下げた。近くでアイリスの無表情が崩れかけていた。
「で、報酬は?」
いい空気だったのに一気に現実に引き戻された。横に並ぶサクヤも申し訳なさそうにしている。
「お前の望む物を、と言いたいが。欲しいものなんてあるのか?」
「………ないな。魔道具は作ろうと思えば作れるし、金は魔石を売れば城が建つほど手に入るし」
「ちなみに、今ダンジョン何階層まで進んだんだ」
城が建つほど、なんてのは脚色しすぎじゃないかと思いながら、紅茶をすすり。
「四十九層」
「ブフッーー」
事もなげに言い放ったカイトの言葉に飲んでいた紅茶を噴き出した。書類は濡れなかったが、机は水浸しだ。
「ゴホッゴホッ。本当か?」
「汚ぇ。本当だよ」
証拠だとでも言いたげに虚空から取り出した魔石を投げわたす。ダンジョンボスよりは少し小さめの、だが入っている魔力は比較するにも値しない逸品で、魔力を見れるアイリスも小さく「すごい」と呟く。
「Sランク級の魔石ですね」
「分かった。確かにこんなもの持ってるなら欲しいものなんてないよな」
「まあ帰ってくるまでに考えといてくれ。行くのは明日の朝だから、まだたっぷり時間があるぞ」
「ったく、いい性格してるよ」
「そいつはどうも」
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて帰っていった。




