ダンジョン攻略6
薄暗く血生臭い大部屋。部屋の一角に背をあずけるているおかげで周りをよく見渡せる。
A、Sランク級の魔物がギラギラした目でカイトと手負いのサクヤを見ている。粘りつくような濃密な殺意を向けられて、なお何事もないようにサクヤの方へ顔を向けた。それは必然的に魔物に背を見せるということだが、そんなことお構いなしだ。襲いくる魔物を適当にあしらいながら、左手に魔力を集中させる。
「快癒の明光」
掌から生みだされた極限まで魔力を凝縮した眩い光を放ち続ける球体がサクヤの真上に打ち出される。そこからサクヤへ広がるように放たれる光は、癒やしと共に安らぎをもたらす。
サクヤとアハトの傷が見る見るうちに回復されていった。僅か数秒で時間が戻ったように綺麗な肌を取り戻したが、無くなった血液を戻すことはできないので顔は真っ青なままだ。
十分回復されたのを見てから腕を振るって光球を散らす。キラキラと下へ落ちる魔力の残滓が落ちる。
サクヤが、まだやれます、とでも言いたげな視線を向け、立ち上がろうとするが、カイトがそれを止める。
「絶界」
言っても無駄そうだと思い、中からも出られないほど強固に作ってある。サクヤがぺたりぺたりと宙に手をやる。それはさながらパントマイムのようだ。
出られないと悟ったサクヤが少しだけため息をこぼすと、大人しくその場に座り込む。それを見たカイトが満足そうな顔をしてから前を向いた。
ほんの少し前の柔らかい笑みを浮かべた優しげな顔つきが真正面を向いただけで、今では阿修羅のごときプレッシャーを放ち、憤怒で顔を歪めていた。
刀すら抜かずに、隙だらけな状態で一人前を行くが、恰好の的であるはずのカイトに襲いかかる影はない。一様にのどを鳴らしながら威嚇をするが、手は出さない。
カイトから放たれる人外のプレッシャーが魔物の強靭な精神力さえ突き破って身体を怯み、竦ませるからだ。そこにいる全ての魔物が身体を震わせている。
「ガルォオオオオオン!!!!」
誰も動けないなか、最前列にいた獅子の体に翼が生え、蛇の尾を持つ魔物───キマイラが大きく吼える。大部屋中を反響して、何重にも重なるその咆哮が魔物達にかかっていた硬直をとく。
吼え終わってから小さく唸り声を上げ、前傾姿勢になって後ろ脚に力を溜める。後ろ脚の力を解放すると地面が爆ぜた。一足で間合いを詰めるとカイトに鋭く長い爪を薙ぐ。カイトの首とキマイラの爪があと少しで触れ合うところで姿を消した。
消えたキマイラの場所を示すように天井から血がポタリポタリと落ちる。天井に顔を突っ込んでいたキマイラがはがれ落ち、カイトの足元に転がる。Sランクだけあって、微かに息はあるが、カイトが文字通り踏み出した無慈悲な一歩で頭部を粉々にされた。
次はどいつだ、とでも言いたげに目をスッと細め、口元が弧を描く。魔物が恐怖か本能か身体がピクリと跳ねたが、覚悟を決めたようで武器を強く握って走りだした。
突き出されたミノタウロス大剣が、グラトニーオークの槍が、オーガキングの腕が、カイトの手捌きによって完璧にいなされる。
水を貫いたような錯覚すら起こしそうな手応えのなか、それぞれの獲物を引き戻そうとしてカイトから視線を外してしまった。直後、ほぼ同時に腹部に衝撃が奔った。
三方向に飛ばされた魔物を一瞥すらせずに、次々迫る魔物の群れに単身で突っ込む。一度の攻撃が必ず一体の魔物の命を刈り取る。血や内臓、脳漿が飛び散る。
カイトが魔物を真正面から殴り合っていると、上から燃えるような赤色をした魔物が降ってきた。
轟音と衝撃波が部屋を駆け抜ける。小規模なクレーターの中心には、指同士を絡め腕を振り下ろしていたオーガエンペラーと、それを平然と片手で受け止めるカイトの姿。同士討ちはないはずだが、周りには大量の血痕と魔石が残っている。
オーガエンペラーが驚きの顔を浮かべるが、攻撃の手を弛めることはせず、むしろ激化していく。
拳が地面を捉える度に地震と勘違いする震動が大部屋を揺らす。四足歩行型の魔物以外はたたらを踏んでいる。
その震動の起点。オーガエンペラーが巻き上げる砂煙が周りからの認識を阻害する。
一撃一撃が地盤すら破壊できそうな威力を持つ拳にカイトも同じように拳をぶつける。
拳がぶつかるたびに足元に亀裂が入り、大気を震わせ、衝撃波を産む。それとは別にゴキンッ!ゴキンッ!と生々しい音が鳴る。オーガエンペラーの拳から。
オーガエンペラーの持つ超速再生が破壊された拳を次の瞬間には修復される。常人なら悪夢としか言えないだろう。
オーガエンペラーを殺すには、心臓と頭を両方同時に潰すか、魔力を切れさせた上でとどめを刺すかの二択だ。非常識的なやり方を言えば、ステータスを根こそぎ奪い取る、だろうか。
化け物同士の殴り合いは終わらない。見えない拳撃の応酬。その空間に水を差すように、眷属主であるオーガエンペラーから出された命令でー体のオーガキングが迫った。
成人男性の頭ほどの拳が真後ろからカイトを撃とうとする。カイトが少しの思考の末、攻撃を諦める。オーガエンペラーへのトドメを邪魔され、不機嫌な面持ちで舌打ちをする。
カイトがオーガキングの腕の下をかいくぐる。急に消えたかのような沈み込む動きにオーガキングがあたりに視線を這わせる。その頃には、腹に拳が叩き込まれていて、内臓器官が破裂された。
オーガキングの犠牲のもと稼がれた時間は数秒。
「ルゥオオオオオオオ!!!!」
オーガエンペラーが天を衝くような叫びを上げる。オーガエンペラーの肌を浸食するような紋様が浮かび上がる。それと同時に、オーガキングのような赤黒い闘気ではなく、鮮やかな朱色の闘気が放出された。
攻撃力や防御力、敏捷力が先程とは比べようもない。常人からしたらステータスの上昇は絶望的だが、カイトからしたら大した問題ではなく、殴り合いも速度や衝撃波の強さが跳ね上がっただけで特に変わりはない。
互いの拳が交わった回数が四桁に届こうかという時に、ようやくオーガエンペラーの再生力が鈍ってきた。
オーガエンペラーの赤い肌が魔力枯渇で青くなる。超速再生も追いつかなくなり、重たい拳が容赦なく突き刺さる。
オーガエンペラーがたまらず後退しようとして、足を思いっきり踏みつけられる。後ろに重心を預けていたせいで体勢を崩し倒れる。
倒れたなら見えるのは天井のはずだが、見えたのは弓のように限界まで腕を引き絞るカイトの姿。
両腕をクロスさせ、瞬間的に防御をとる。弦が切れ、凄まじい速度で腕が飛ぶ。
拳がクロスさせた腕の中心を射抜き、貫く。
砂煙が晴れた先、サクヤが見たのは胸部に特大の風穴を開けたオーガエンペラーと手をパンパンとはたいている血塗れのカイトだった。
クレーターから軽やかに跳躍して魔物の前に立つと、辺りを見る。オーガエンペラーがこの中で一番強かったのだろう。牙をむき、いくら強がっていてもボスがやらたれたことが、少なからず魔物に動揺を与え、目には怯えと諦観が色濃く映し出されている。
及び腰からなる攻撃など当たらず、ほとんど戦意喪失している魔物を全滅させるのに一分もかからなかった。
赤い絨毯を敷かれたような血で染められた床を歩く。続く先はサクヤの元。
「大丈夫か?」
既に絶界は解除されていて、何者にも阻まれることなく手を伸ばす。サクヤはカイトの手を掴み、引き寄せられる。
「大丈夫です」
そうは言っていてもサクヤの足取りは不安定だ。血液不足と魔力枯渇の影響で顔色は青白い。頭を抑えて辛そうにしているサクヤを見かね、カイトが肩を貸す。
「アハトも大丈夫か?」
「クゥ~」
アハトはカイトの頭に飛び移ると、鳴き声を残して眠りについた。尻尾がだらりと垂らされているのは熟睡の合図だ。
「疲れたから早く帰ろう」
お決まりの台詞を言いながら転移結晶を構える。
「それ毎度言ってますけど、本当に疲れてるんですか」
サクヤも懐から転移結晶を取り出す。
「馬鹿野郎。今日は本気で疲れたわ。心臓止まるかと思ったわ」
「狙い澄ましたようなタイミングでしたね。ダンジョンの壁を壊すなんて前代未聞ですよ」
「それくらい必死だったんだよ」
「……ありがとうございました」
「………どういたしまして。そろそろいいだろう。それじゃ帰るか」
長々とこんな場所で話していたのには理由がある。
サクヤには魔力枯渇の影響で転移結晶が全くといっていいほど反応を示さなかったが、今徐々に転移結晶に光が灯っていった。
魔力がなかったサクヤが転移結晶に魔力を流せているのは、カイトの魔力を譲渡したのだ。あまりに大量の魔力を渡せば、サクヤに拒絶反応がでるかもしれないので、浸透させるように渡していったせいで時間がかかってしまった。
転移結晶が光を放つ。輝きに目を閉じ、再び開ければダンジョンの入り口前。転移結晶で全ての魔力を使ってしまい、立つこともままならないサクヤ。少しだけ悩む素振りを見せてから、あっさり転移した。もちろん人の気配はないのを確認した上で。
その日、サクヤは夕食も取らずに泥のように眠りについた。




