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ダンジョン攻略5

カイトとサクヤは四日かけて四十九層まで下りていた。


魔物のランクもBランクは見えなくなり、代わりにチラホラとSランクの魔物が見え始めた。


罠も進むごとに凶悪さが増していき、中級魔法の中に、いくつか上級魔法が混ざっている。火焔放射や土の散弾、光のレーザー。どれをとってもかわしにくいものばっかりだ。


しかし、罠があることなど頭からすっぽりと抜けるほどにカイトとサクヤ、四十九層の魔物との戦闘が激化していた。


白銀色の狼が五体。今は白銀色の体毛が血で赤く染まっていて本来の毛色とは異なっているが。


白銀狼一体一体のステータスはSランクに及ばないが、固有魔法である氷魔法と連携で非常にやりづらい魔物だ。一体のSランクよりも徒党を組むAランクの方が戦いづらい。


ついさっきまでは近接戦だったが、かなわないと分かると、すぐさま魔法戦へ切り替えてきた。Aランクの魔物の中でも狼系統、特に群れの長は相当頭が回る。


氷の槍や弾丸を魔眼を使って切り裂き、後ろに控えているサクヤが超級火魔法を詠唱している。一節一節を丁寧になぞる。


サクヤの詠唱に耳を澄まし、詠唱文から完了までの時間を予測する。


ーーーあと三十秒か


思いながら、あまりの弾幕に一歩、また一歩と後退せざるを得ない。カイトを狙ってくる魔法が多数だが、まれにサクヤへの攻撃も織り交ぜてくる。


サクヤが刀を振り回せば届く範囲まで後退した頃に、詠唱が完了した。それと同時に横に跳ぶ。氷魔法の矛先がサクヤに向けられたが。


「煉獄焔」


サクヤの手のひらから放たれた紅蓮の炎に飲み込まれ、水滴すら残さずに消し飛ばした。


白銀狼は個別の魔法を打ち止め、五体で一つの魔法を作り上げた。


純度の高い氷が生み出され、結合されていく。槍、というよりは、ただ弾丸を大きくしたようなフォルムの魔法が地面をガリガリッと削って向かってくる。


ちょうどサクヤと白銀狼の中間地点で二つの魔法がぶつかり合った。


全てを焼き尽くす煉獄の焔と、全ての原子が零点運動するような冷気を放つ巨大な氷塊。


刹那、爆風が吹き荒れ、霧が通路全体を覆い隠す。台風以上の風速と前も後ろも分からない状態では満足に動けないだろう。だが、普通なんてカイトには当てはまらない。


風魔法をその身に纏い、暴風の中を平然と駆ける。氷塊が燃え続け溶け続け、水蒸気が噴き出している。水も出続けていて走る度にばしゃりばしゃりと水が跳ねる。


白銀狼も霧の中から伝わってくる気配と殺気の異常性に気付いたのか、前傾姿勢を保ったまま威嚇の声を上げる。


カイトが指をパチリと鳴らす。そこから遅れて大音響が射出される。音波魔法で、より強化された音が空気を震わせ、白銀狼の鼓膜も震わせ、破く。


三半規管の破裂に伴い、耳から血を流し、平衡感覚が取れずにふらりふらりと千鳥足だ。そんな彼らを仕留めるのは容易く、コトリと五つの魔石が地面を転がった。


「サクヤ、大丈夫か?」


煙の先から声はない。聞こえなかったのかともう一度呼ぶが、やはり返事は返ってこず。


嫌な予感がする。考えるより速く身体が動く。並行して風魔法で強風を起こし、霧を晴らす。


ダンジョンの奥まで見渡せるようになってもサクヤの姿はない。目に映るのは砕け散り、溶け残っている氷塊と焼け焦げた壁だけ。


「チッ」


舌打ちして、走ろうとして、理性がブレーキをかける。急がなければいけないという本能と焦れば見つからないという理性がせめぎ合う。


一度考えすぎて熱すら生み出してそうな頭を冷やすために壁に寄りかかる。


「落ち着け。落ち着け」


言い聞かせるようにして深呼吸をする。数回深呼吸をしてから、ステータスの制限を取り払う。


魔物にバレても構わないと、あらゆる魔法を使い、階層の構図を探る。


風魔法で風の流れを掴み、音波魔法のソナーで大まかな造りを把握し、振動魔法でサクヤの足音を探り出す。


複数体の魔物がカイトに向かってきているが、気にも止めない。複雑な迷路の空白地帯を魔法で埋めていく。


一分を過ぎた頃にようやく見つけた。場所は階段のある部屋。つまり、魔物の大軍がいる部屋だ。ここからだと、直線距離で五百メートル程度だ。


すぐに向かおうとして、周りの魔物に気づく。前も後ろも塞がれている。派手に魔法を使いすぎた。


カイトはゆらりと歩みを進める。何もスキルを使っていない。それなのに神威以上の威圧感が放出されている。


魔物達が一歩無意識に下がる。本能が逃げろと絶叫する。されど、それを許さないのは魔物自身だ。


矮小な存在に怯えた自分に憤慨し、その怒りをぶつけるようにカイトへ向かう。


あわや魔物の洪水となるところで。


「潰れろ」


身体中の血が一気に凍りつくような底冷えする声で言った死の呪文が魔物にのしかかる。一瞬の抵抗すらも許さずに圧殺する。


売れば巨万の富を得られる魔石を蹴り飛ばしながら、疾駆する。




煉獄焔と巨大な氷塊がぶつかり合ったことで生まれた暴風によってサクヤは吹き飛ばされた。


魔法の発動中で無防備だったこともあり、壁際まで大きく飛ばされてしまう。


風をジッと耐えるように片目を閉じていると足下が光り輝いていた。いつから作動していたのか、そんな考えは二の次だ。


その場から逃げようとしてもおそらく間に合わない。身体の一部はただではすまないだろう。


サクヤがその場を真上に跳ぶ。魔法の種類は完全ランダムで予想のしようもない。火か、水か、土か、風か。考えている間にも光は強くなってきている。


「風よ、守れ。旋風の大楯(ストームシールド)」


轟、と風が集まり、渦となる。後は運次第だと目を瞑る。来るのは火焔か高圧水流か土弾か風の刃か。


歯を食いしばり、来るべき衝撃に備える。だが、衝撃が一向にこない。もしかしたら死んでしまったのかと思い、恐る恐る目を開ける。


死んでいなかったことへの安堵はこれっぽっちもない。むしろ絶望の方が大きい。


三百六十度、自身を取り囲む魔物に阻まれ、自分が今どこらへんにいるのかも分からない。


逃げ道はなく、生き残れる可能性は一パーセントを超えれば良い方では無いか。


運がよかったことと言えば、いつの間にかアハトが傍にいてくれたことか。傍らで周りを威嚇するアハトがいなければ、魔物達は一斉に向かってきているだろう。


グルルル、といつもののほほんとしたアハトからは信じられないうなり声だ。ペットは飼い主に似る。よく言った言葉だ。


サクヤもいくらか冷静になった頭で戦況の分析に努める。


引っかかったのは転移の罠。飛ばされた先は階段のある大部屋。


四方八方を覆う魔物はAランクがハ割強、Sランクが二割弱。やはり分が悪すぎる。やるべきはカイトが来るまでの時間稼ぎだ。


その為には道を作り、背中を見せないように壁際まで向かう。


「龍よ、汝の眷属たる我に力を貸し給え。黒龍炎」


かつてカイトに向けられたものよりは遙かに劣るが、威力は超級火魔法と同等だ。一直線に放たれた炎は前線の魔物に当たろうとして。


「クワァアアアア!」


独特な咆哮が後方から鳴り響き、黒龍炎の前に障壁が張られる。都合六枚の障壁が炎を受け止めきれず一枚、また一枚と割られていく。


最後の一枚を割り、ようやく届いた炎はひどく弱々しく、一歩前に出たオーガキングの腕の一振りで掻き消された。


予測の一つとして考えていたが、初撃が決まらなかったのは後々不利になる。サクヤの脳内でカチカチと生き残るための戦略が計算されていき、次の瞬間にはサクヤ自身が却下すると言うのが続いていく。結論を逸る気持ちがボソボソッと呪詛のような言葉となり口から出ていく。


サクヤが必死に頭を使っている間にもアハトが周囲の魔物に睨みをきかせる。が、それも限界を迎え、ついに均衡が崩れ、魔物の濁流が押し寄せる。


「アハト、お願いします」


「クルゥ」


明確に“何を”お願いしたのかは言葉にされなかったが、アハトはそれを察したようで一声鳴くと、一筋の影となってスルリと群れの中へ溶け込んだ。


アハトを見届け、サクヤも臨戦態勢を取る。


短く呼気をもらし、掴みかかろうとするオーガキングの腕を斬り飛ばす。


オーガキングが腕を上にあげ、苦痛に声を上げるが、そんなことどうでもいいと宙を舞う極太の腕を蹴り飛ばす。


それは見事にディーアの目に当たった。視界が塞がれている絶好のチャンスに斬りかかるのは当然で、魔物がそこを狙うのは必然だ。


上から馬頭(ばず)の戦槌がサクヤを押し潰さんと迫り来る。視界に映る打撃面が次第に大きくなる。


サクヤはただ焦るでもなく淡々とディーアに刀を突き刺し、瞬刀を発動させる。しなるような鋭い斬撃が周囲の魔物の命も根こそぎ奪い取る。


音を立て、地面に落ちる戦槌の持ち手を掴み、魔物の多い方向へ全力で投げ捨てる。


背後からの殺気を感じ、咄嗟にしゃがめば、コンマ数秒後には水平に薙がれた大剣が真上を通り過ぎる。


屈んだまま見ずに後ろに刀を振るえば骨を断つ確かな手応え。遅れて膝からくずおれるミノタウロス。


刀でミノタウロスの首を跳ね飛ばし、緩んだ手からこぼれ落ちた大剣が地に着く前に拾い上げる。刀を鞘に戻すとずしりと重い大剣を両手で持つ。


並みの人間どころか、異世界から来た勇者達でさえ下手をすれば振り回されてしまいそうな重さだが、サクヤにはその心配はなく大きく回転する。


切れ味があまりよろしくないため、魔物を斬ることは叶わず、めきめきと骨を砕く感触が伝わる。


鈍器のような扱いでは長く持つはずもなく、ポッキリと半ばからへし折れた。使い道がなくなった大剣の柄を投げ捨て、抜刀する。


二人の奮闘の末に魔物の数が目に見えて減ってきた頃、明らかにサクヤとアハトの動きが鈍っていた。


サクヤは雪の肌(はだえ)が赤く染まり、左肩から出る血が腕を伝い、地面に不揃いの斑模様を描いている。


それも仕方ないことだ。常に一撃でも喰らえば死ぬかもしれない、そんな戦いに身を投じていれば、精神的負担も莫大なものだ。それは身体的パフォーマンスを落とす。


息を切らして肩を上下させる。ストレスと緊張で胃が締め付けられ、めまいが起こる。


フラリと身体が傾いだ瞬間を目敏く発見した馬頭が戦槌を横凪にフルスイングする。回避も防御も間に合わず、腕の一本持って行かれるのを覚悟する。


馬頭の戦槌を受け、壁まで吹き飛ばされる。今までかかっていた補助魔法の魔力も散っていった。


ぶつかった壁からはがれ落ち、地面に倒れる。左肩や脇腹にジクリとした痛みが広がる。壁から突き出た棘の何本かを受けたようだ。


攻撃を受けたはずの右腕にもズキリと痛みが走るが、それだけだ。変な方向に曲がっているか、最悪腕が千切れるかもと思っていたため、安心感よりも何故の疑問が強い。


答えはすぐに見つかった。


顔をあげてみれば、横に赤黒い液体で身体を濡らしたアハトがぐったりと倒れていた。


自分を庇ったのだということは全く働かない頭でも容易に呑み込めた。


動く方の腕でズリズリッと地を這いながら進み、アハトに光魔法をかける。息はしているが弱々しく、危険な状況なのは一目瞭然だ。


強引に身を起こし、アハトを抱いて壁に寄りかかる。痛みと魔力枯渇でまともな魔法を使えない今では止血もままならない。


アハトを見て、カイトならもっと上手くやれたのにと自責の思いが胸中に去来する。


目の前には高々と戦槌を振り上げている馬頭の姿があった。見せびらかすような悪趣味な一撃がサクヤとアハトの命を刈り取ろうとしたその時。


ーーードゴンッ!!


破壊不能と言われているダンジョンの壁をぶち破り、次いで小さな光球から出た光線が正確に馬頭の胸を穿った。そんなことを出来るのは世界中探しても一人しかいない。


パラパラッと土塊(つちくれ)が落ち、砂煙が上がる。床に広がる土塊を蹴りながら、サクヤの前に陣取り、魔物達を見据える。他人が見れば頼りなく見えるかもしれない。けれどもサクヤからしてみれば、とてつもなく大きく頼りがいの背中。


「遅いですよ」


「悪い。手間取った」


絶対来ると信じて疑わなかった彼の姿。

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