ダンジョン攻略4
ダンジョン四十一階層。
過去到達したことがあるのは、一パーティのみ。ここから先はマッピングもされていない、未知の領域と言っても差し支えない。
造りは洞窟で一階層のようだが、少しだけ異なっている。一階層から十階層は人の手が加えられ、整備された、言ってみれば観光用のようなものだ。
対して四十一階層はどうだろう。
床は凹凸が多く、壁は削り出されたままのような状態で出っ張りが目立つ。当たり所が悪ければ、壁に当たって即死もありえそうだ。
広さはカイトとサクヤが刀を振り回しても十分以上で、縦にも大きい。
階層全体にピリッとくる空気が充満している。これまでとは違う圧倒的強者の圧力。雰囲気こそ似ているが、裏を返せば雰囲気しか似てない。魔物の強さも、階層の複雑さも。何もかも。
それから、
「おっと」
踏み込んだ足元に魔法陣が浮かび上がり、光り輝いたかと思えば、炎弾が射出される。古典的な罠だが疲れていれば引っかかる底意地の悪い数々のトラップ。魔力で巧妙に隠されていてカイトでさえ踏み抜いた直後でしか気付けない。
土魔法で罠が作動した場所を掘り起こしてみると、浅い所に土埃にまみれた、魔法陣が書かれた紙があった。今は解析している時間も惜しいため、指輪に収納する。
後に解析した結果では、地面に埋め込まれた魔法陣が微量の魔力を感知すると、地表に浮かび上がる仕掛けらしい。
魔法陣の所々には王城の書庫でも見なかった魔法式があった。こんなのを創れるのは、それこそ永きをエルフか、存在が秘匿されているかもしれない龍人族ぐらいだ。
魔法式は大きく分けて四つ。
魔力の保存を効率良く行う“停滞”。
近くの個人保有魔力を感じ取る“感知”。
魔力を集める“収束”と活用する“吸収”。
条件を満たした者にのみ効果を現さない“除外”。
それはともかくとして。
「アハト、サクヤに付いてろ。あくまでサポートだが、いざとなったら助けろ」
魔物の他に罠もあっては、カイトもサクヤのフォローに入るのは難しい。その為の安全策としてアハトをくっつけておく。
「クゥ」
なぜかまだ猫形態のアハトがサクヤに飛びつき、頭に乗る。猫形態だと頭の上がお気に入りらしい。
カイトが前を行き、罠を作動させる。炎弾や土塊や風の刃。それらをかわし、刀で弾き、固定してと、罠をやり過ごす。
「絶界」
カイトが手を前に出して、結界を出現させる。ごく自然に唱えられた魔法。何故唱えたのかを聞こうとして、言葉がなくなる。全てを塗り潰す黒い光と轟音がサクヤの世界を満たす。サクヤの問いに対する答えがこれだ。敵の強襲。
現れたのは三メートル強の黒い甲冑の騎士だ。兜をしているせいで中は見えないが、中身はないだろう。大剣を肩に担いでガシャガシャと鎧同士がぶつかる音を立てながら近付いてくる。
十分な距離に達した所で、動く。縮地ではないが、レベルが高いだけあって速い。
大剣がカイトに振り下ろされた。正直に受ける必要も無いため、横に避ける。大剣が地面を削った瞬間、衝撃波がカイトを襲い、後ろに二、三歩下がってしまう。
そして、重心が不安定な状況で一歩後退して、踏み出した足元が光る。タイミング最悪だ。
咄嗟に後ろに避けられたのは僥倖だった。魔法陣はランス系統でカイトがいた場所を貫いていた。
罠でヒヤリとした後は空気を裂く剣の一撃。気を抜ける時間が一秒たりともない。
「サクヤ!何があっても足を止めるな!」
止まれば罠の餌食。罠にかかるのを恐れ、動きが鈍くなれば、剣で真っ二つ。ならばできることは常に動き続け、罠を無視して、剣をかわす。
カイトが攻撃を仕掛ければ、死角から首を刈り取るようにサクヤが刀を振るう。アハトも常に戦闘の邪魔をせずに援護する。
カイトが注意を引きつければ、サクヤが攻撃して、アハトがバックアップする。一人でもズレれば残りの二人の命に直結する。だが、歯車が噛み合わないことなど有り得なかった。
互いが互いの考えを正確に把握しているからこそできる芸当だ。阿吽の呼吸という言葉しか当てはまらない動きだ。
“連携”という共闘するものと声に出さずに会話できるスキルがあるが、言葉にするより速く動く彼らにとっては無用の長物だ。
既に鎧に無事な箇所はなく、剣も半ばからポッキリ折れている。魔力もスッカラカンで鎧から動きの精密さがなくなっていた。
「これで終わりです」
頭から股へ、一刀両断。分かれた鎧が左右に倒れて煙となって消える。あの強さだけあって魔石は二十階層のボスレベルと納得いく等級だ。
「強さでいうとBランク最上位からAランク下位ってところだな。魔物だと罠に引っかからないみたいだから、冒険者側が圧倒的に不利だな」
ついさっきの戦闘でもカイトはしっかり観察していた。鎧が罠を踏んだことも、自分がそこを踏んでみると罠が作動したことも調査済みだ。これで魔物も罠にはまってくれるなら、罠が減って楽だったのだが。
「面倒だな。地道に行くしかないか」
少し息を吐いて、カイトが目を瞑る。神経を階層全体に広げるようなイメージで気配感知を発動させ、地形の把握を進める。情報を処理していると、笑えない程に面倒なことが判明した。
次の階層に続く階段は発見できた。それは喜ぶべきことだ。が、その階段は大部屋にあり、階段を守るように無数の魔物が配置されている。
気配感知を使い、どれだけ集中して探ろうとも気配がおぼろげだ。魔物の正確な数が分からない。魔物が使う術式ではなく、部屋にかけられた術式だ。
カイトだからこそ、階段のある部屋の位置まで割り出せるのであり、通常なら部屋の存在すら分からないほど高度な隠蔽をされている。
「カイト、来ます」
集中しすぎていたせいで魔物の接近に気が付かなかった。
目視できる距離まで近付いていたのは、かつてカイトが戦った魔物、赤鬼ーーーオーガエンペラーよりもワンランク下のオーガキング。それが二体だ。
「サクヤとアハトが左、俺が右だ」
「了解です」
二人が同時に走り出す。後ろには通った証として、魔法が次々に作動していく。
カイトがサクヤよりも一足先にオーガキングの間合いに入り、やや遅れてサクヤも間合いに踏み込んだ。
カイトの眼前には既に真っ赤な拳が迫る。拳の奥では相手を舐めくさった顔を向けてくるオーガキングが。
わざわざ迎え撃つ義理もない。かわすだけでいいのだ。いいのだが、イラッときてしまった。
走ってきた勢いを殺さずに、さらに振動魔法、震脚の勢いもプラスする。
踏み込んだ足元に浮かび上がった魔法陣が粉々に砕け散り、宙へ還るが気にせずに拳を突き出す。
極限まで力を溜め、当たる瞬間に重力魔法の補助を受けた拳はオーガキングの拳を超えて、腕にまで衝撃を伝えて、バキバキに破壊する。
「グッーー」
「フンッ!」
何かを叫ぼうとして、真横に吹き飛ばされた。壊れた腕を盾にしたせいで、再生でも修復不可能なまでになっている。
吹き飛ばされる寸前に見えたのは自分よりも何周りも小さな脚だった。
壁にぶつかり、壁の鋭い出っ張りが硬質な肌を突き破り、筋肉まで達している。腕や腰に刺さっているせいで立とうとしても上手く立てない。
「チッ」
仕留めきれなかったことに舌打ちをする。不機嫌な顔をした化け物が一歩一歩歩み寄る。
無理矢理壁から身体を離し、残った腕でカイトに掴みかかろうとする。
首をもぎ取るような軌道を描く腕を少し屈むだけでかわし、手刀で縦に分かれた腹筋の中心を貫く。
内臓器官を貫く嫌な感触は我慢する他ない。貫通して数秒後、オーガキングの目から光が消え、手を引き抜くと、HPが空になったようで魔石を残して消えた。
「はっ!」
サクヤの声がダンジョンに反響する。
サクヤとアハトの相手をしているオーガキングは、既に左腕がなく、右腕もズタズタだ。肩から脇腹にかけて刻み込まれた切創からはダラダラと止めどなく血が溢れ出ている。
そんなオーガキングをジッと見ているサクヤは余裕そうだ。傷もなく、落ち着いた様子で刀を構えている。
アハトは勝負の行く末が既に見えているからか、欠伸をしながらお座りしている。罠を気にしなくていいアハトが羨ましく思える。
ジリジリと間合いを詰めるように摺り足で近づく。
「グオォオオオオオ!」
天を突くような咆吼が大気を震わせる。それと同時に赤黒いオーラが脈打つように噴出する。
「うわぁ。狂化って使うとこんな風になるのか」
奪ったばかりのスキル:狂化。怨嗟の漆黒鎧にも付与されていたスキルだ。
オーガキングが地面を蹴って、サクヤに薪を割るように手刀を見舞う。
速くなっても理性がなくなったせいで動きにキレがない。
ひらりとかわすと、胴体に深々と傷をつける。真横に鋭く薙がれた傷に普通なら怯むが、今は狂化中。痛覚が無効化されている。
サクヤも頭から抜けていたのか、斜め下から迫る蹴りに反応出来ていない。当たり所が悪ければ即死。
よしんば反応できて防御が間に合ったとしても、カイトに吹き飛ばされたオーガキングのように壁に磔になるだろう。
カイトが結界魔法を使おうとしたが、それは杞憂に終わった。
剣閃が五つ空を奔った。カイトでさえ視認しにくいほどに速く、綺麗な剣閃だ。
脚が切り刻まれ、軸足の方にも少しばかり傷が入っている。脚の重要な血管をまとめてなで斬りにされたせいで、脚が地についた途端に膝からくずおれた。
そこを狙いすましたように刀が振るわれ、首が綺麗に飛ばされる。首はクルクルと回りながら、ダンジョンの壁に当たり、生々しい音がした。
「最後のはヒヤッとしたけど、まあよくやった」
「ありがとうございます。カイトは楽勝でしたね」
「相手が油断してたしな」
「油断していても、オーガキングの腕を粉砕できる人族なんていません」
サクヤもカイトの戦闘を視界の隅で捉えていて、オーガキングの腕が原形をとどめないほどに粉砕される場面を見ていた。
オーガキングを身一つで倒せる人族。それはもう人族ではなく、人智を超えた何かだ。
自分と同程度のステータスで、なおかつ武器なしという縛りプレーでオーガキングに勝ったカイトに、乾いた笑みしか出てこない。
カイトにはかないませんね、と口の中で呟いた。
カイトを誇らしく思いながら、心のどこか引っかかる想い。それを嚥下してカイトの隣を目指して歩く。
長く、複雑な迷路の先に見えたのは、モンスターのパーティー会場。大きさは縦横七十メートル、高さは通路と変わらない。
部屋中の魔物が血走った目をカイトとサクヤに向け、部屋に入ってくるのを今か今かと待ちわびている。魔物が多すぎて奥が見えない。
かつてサクヤが戦ったミノタウロスやヘラクレスコング。ミノタウロスが持っているのはあの時と違い、肉厚の大剣だ。
他には、浅黒い肌に強靱な肉体、飛ぶことを長らくしていないせいで退化した翼、額から伸びる反り返る二本の角を持つ悪魔型の魔物ーーーディーア
槍を片手に持ち、鼻息荒く獲物を待っているのは食した生物の魔力を吸収し、自己治癒能力が格段に向上した、豚頭の魔物、オークの派生進化の中の最高位ーーーグラトニーオーク。
全身が鋼で覆われていて動きが鈍いが、強い攻撃耐性と魔法耐性を持つ、鈍い銀色のゴーレム、メタリックゴーレム。
後ろには、宙にぷかぷか浮かぶ四つの本。それらはそれぞれ、赤、青、緑、茶で表紙には見たこともない魔法式が書き込まれている。本に記された多種多様の魔法を使う魔物、グリモワールだ。
部屋に一歩踏み入れた瞬間、グリモワールの四属性のランス群が襲いかかる。
「氷壁」
透明度の高く分厚い壁がランス群の猛攻を揺るがずに受け止める。
「氷解」
一言で氷は溶け、魔物のいる方へ広がる。魔物達は気にせずに突っ込んでくる。楽に終わらせると思う反面、Aランクなら考えろよ、と呆れてしまう。
「雷電」
電撃が水の中を迸る。威力は上級魔法より劣るが、身体の表面だけでなく、内臟も灼くため対人にも対魔物にも高い効果を持つ。
カイトが手前で硬直していたディーアニ体の首を一本の刀でほぼ同時に斬り飛ばす。サクヤも負けじと、ミノタウロスの心臓を貫く。
硬直が解けるまでのほんの数秒、カイトは刀と魔法で戦場を縦横無尽に飛び回り、息の根を止め、サクヤは堅実に急所を狙った斬撃や刺突でそれぞれキル数を稼いでいった。
一瞬の硬直だけで魔物の群れは半壊した。
サクヤは壁際に、カイトは魔物のど真ん中で二回戦を始めた。
互いの動きを疎外しないように立ち回る魔物達。
ミノタウロスの豪腕から振り下ろされる大剣の腹に刀の柄頭をぶち当てて軌道を変え、死角から突かれてくるグラトニーオークの槍を頭を振ってかわして、掴み取る。
力任せに槍を奪い取ると、ミノタウロスの頭に突き刺す。眉間を貫き、頭蓋を貫き、ミノタウロスの全身から力が抜けて倒れる。
次に来たのはディーアだった。大振りの拳だった。それを首を捻ってかわすと、腕を掴み、前方斜めに投げ飛ばす。
ディーアが空中で体勢を立て直そうと、小さな翼をはためかせるが、背後から飛来したグリモワールの槍で貫かれて墜落した。
ブォオオオンとメタリックゴーレムの腕がカイトの顔面に突き刺さらんとしていた。
咄嗟にしゃがむと狙っていたのか、地面すれすれの軌道でミノタウロスが大剣を振るってきた。しかも、メタリックゴーレムに当たらない軌道でもある。
上には行けず、横にも間に合わない。ならば、後ろしかない。
しゃがんだまま強く地面を蹴る。天井を眺めていると、視界にヘラクレスコングの握り拳が映っている。
ゴンッ!とヘラクレスコングが地面を揺るがす。拳と地面の間にはカイトはいなかった。
カイトは天井近くに移動していた。遠く、というほどでもないが、サクヤも戦っているのが見える。
上下が反転した世界。重力魔法で天井を地面としているため真下に落ちることはない。
グリモワールからの熱烈な魔法攻撃が飛んでくるが、全てを真正面から叩き潰し、もう一つ魔法を構築する。
「皇刃嵐」
超級風魔法、皇刃嵐。暴風の中に多数の風の刃を混ぜた魔法だ。この魔法の真髄は敵を竜巻の中に呑み込んで切り刻む所にあるのだが、今回はサクヤとアハトがいるため本来より見劣りする。
だが、それでもオーバーキルだ。カイトに縋ろうとしたのか、殺そうとしたのか、伸ばした手が細切れにされた。魔物達の断末魔は聞くに耐えないもので、音壁も発動させておく。
カイトが地面に降り立った先には魔石がゴロゴロと転がっていた。それらを“固定”して、動かして手元に集め、まとめて指輪に収納する。
気配を殺して、壁際を見ると魔物はまだサクヤの周りを取り囲んでいる。だが、向こうもじきに終わるだろう。
次の階層に続く階段で休憩でもしようかなと、そろそろと向かったはいいが、
「痛っ」
階段には入れなかった。手を前に伸ばしてみると、ペタリと透明な壁に当たった。結界魔法で塞がれていた。
油断していたとはいえダンジョンに入って初ダメージがこれとは、なんとも締まらないものである。
「はぁーッ!」
カイトがほんのり赤くなった額を撫でていると、サクヤの気合いの入った声の後に小さな魔物のうめき声が聞こえた。見ると、最後の魔物が倒れ、魔石となったところだった。
最後の魔物が魔石となった瞬間に、出口を覆っていた結界魔法が消えた。
「なるほど。部屋の魔物全て倒し終えるまで出られないと。創った奴の性格最悪だな」
「本当、性格ねじ曲がってますね」
「まあ、早々に仕掛けも分かったし、いいか」
そう言ってから、階段を下り始めた。下りる直前、もう結界が張られていないかを確認してしまい、サクヤがにっこりと笑っていたのは蛇足である。




