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ギルド報告と久々の風呂

サクヤをおぶり、人の気配がする方に歩いて向かう。反応に近づくにつれて植生が変化していった。やたらと毒々しい色で奇妙に折れ曲がったような形だ。


冒険者達は木と一体化しているように体を拘束されていた。ぐったりと下を向いたまま、カイト達に気付く素振りもない。よく見れば、みな一様に顔が青い。それは魔力枯渇の状態に近い。


徐々に木に魔力を吸い取られているようだ。吸い取られた魔力は地面を伝って、一カ所に集められている。


魔力が集められた先は、森の景観を崩す、人が五人は入れそうなガラスの円柱の容器がある研究室のような空間で、ガラスの中には全身を黒く光る甲殻で覆われた大男が入っていた。人と蟻型の魔物を掛け合わせたキメラのようだ。


「サクヤ、降りて貰っていいか?」


「はい。そろそろ痺れも取れたので大丈夫です」


サクヤを降ろすと、ガラスの容器のすぐ傍にあるコンソールの前に移動する。カタカタとキーボードを叩き、出てくる情報を掻き集める。


人体実験のレポートやキメラの作成、魔法陣の研究、魔石の作成と、低ランクの魔石を合わせて高ランクの魔石を作り出す方法。魔石に関しては上手くいってないようだが、前の三つは成果を出しているようだ。


カイトは一通りの情報の要点を覚えると、迷わずに削除ボタンを押した。画面にパーセンテージを表すグラフが現れ、それが百パーセントを締めし終えると、削除しましたと表示された。


「いいんですか?」


「良いんだよ。これはあまりにも魅力的だからな。悪用するやつは人族にだってでるだろう」


コンソールにもう一度向かい合って、綺麗になった画面の端、そこから冒険者達を解放するための操作をする。いくつかの項目の先の解放のボタンを押すと、後ろからバタバタと音がする。


「とりあえず、これで終わりか」


「そうですね。…………ところで、これどうします?」


サクヤが後ろの冒険者達に視線を移す。動く気配すら見せずにぐったりと倒れる彼らにカイトは頭を悩ませる。


「ギルドに丸投げするか」


「ですが、魔族を討伐したのがバレたら冒険者ランクを上げられてしまうかもしれませんよ」


「じゃあ証拠隠滅するために全員の記憶を消すか」


「できるんですか?」


「できるぞ」


うんうんと頷いて肯定した後。


「ただし、五割の確率で廃人になるけど」


さりげなく恐ろしいことを付け加えた。


記憶操作は闇魔法の超級に位置する。闇系統の魔法は操作が難しいため五割は言い過ぎであるが、カイトでも絶対成功するとは言い切れない。


「ダメです」


「じゃあ、もう取れる方法はないな。……しょうがない、ギルドに報告するか」


言い切ってから心底嫌そうな顔をしながら、ため息をはいた。サクヤは苦笑いのまま、かける言葉が見つけられなかった。


「とりあえず、報告に行くか」


「そうですね」


幸い、少年魔族が残した結界が張られているおかげで魔物は中に入ってこれない。


カイトとサクヤが転移結晶に魔力を込めると、その場から姿を消した。



ダンジョンから出ると、真上からの陽光がカイトとサクヤを迎える。昼に近いということで歩く人達が多い。人の波に抗うように前へ進み、ギルドの前にたどり着く。


ブルーな気持ちでギルドの扉を開ける。ギルド職員は開けられた扉から入ってきたカイトへと視線を移すと、ギョッとした顔をする。それはそうだろう。今のカイトは幽鬼のような顔であるからだ。横で愛想笑いをしているサクヤがいなければ、通報されているだろう。


ゆらりゆらりと揺れながらカウンターに近づく。ギルド職員は小さく「ひっ!」と悲鳴を上げる。


「すいません。ダンジョン十三階層で魔族が現れました」


カイトの代わりにサクヤが発した一言にギルドは静まり返り、次いで焦ったように指示を飛ばす。


「魔族は討伐しました」


この一言でギルド職員が一斉に腰を下ろし、安堵のため息を吐き出した。


落ち着きを取り戻したギルド職員が「取り乱してすいませんでした」と非礼を詫びてから本題を切り出した。


「詳しい事情説明はギルドマスター室でお伺いしてよろしいですか?」


「はい。それと二十三階層に冒険者達が倒れているので救出もお願いします」


「承りました」


ギルド職員は丁寧に腰を折ってからギルドマスター室がある二階に駆け込んだ。他のギルド職員は慌てて他の冒険者に連絡をやろうと動き回る。


それから程なくして呼ばれたギルドマスター室。書斎机では、野性味溢れるナイスミドルが鋭い眼光でカイトを射抜く。額から頬にかけて三本の爪痕が走っていて、纏う雰囲気は獣のようだ。


「いきなり威圧してどうするんですか」


ギルドマスターの後ろに控えているピシッとした女性が手に持っているバインダーで頭を叩く。パシンなんて生易しいものではなく、バチンという破裂音だった。


ギルドマスターは頭に手をやりながら、秘書を見やるが、肝心の秘書はギルドマスターには視線もくれずにお茶の準備にかかった。


「相変わらず、年寄りに対する労りを知らないのか。おっと、すまなかった、かけてくれ。俺はレントだ。こっちの無愛想なのは秘書のアイリスだ」


「カイト」


「サクヤです」


椅子に座り、手短な挨拶を済ませる。話の前にアイリスがそれぞれの前に紅茶を差し出し、レントの後ろに控える。


「さて、本題に入ろう。君たちが倒した魔族について聞かせて貰えるかな?」


「少年の魔族で研究者だったな。空間魔法と風魔法、あとはナイフと極細の糸を使っての戦闘スタイルだったな。研究に関しては、人間をベースにしたキメラと魔法陣とかだったな」


「ふーむ。魔族の研究者か。聞いたことがないな。アイリス、分かるか?」


「いえ。過去の文献にもそのような記録はなかったかと」


「そうか。カイト君、サクヤ君。情報感謝する。ところで、魔族を倒したのはカイト君か?」


この質問にカイトは頷いただけだった。次の言葉は未来を見たかのように予想できる。


「冒険者ランクを上げないか?サクヤ君も一緒に」


カイトの予想通りで、応える言葉はもちろん。


「断る」


一考の余地すらないカイトにレントも苦笑いだ。だがその顔には、大して残念そうではない。もとから知っていたようだ。


「即答か。なぜか聞いても良いか?」


「指名依頼が面倒だから」


実にシンプルな理由だ。レントも予想していたのか、何も言わなかった。


ギルドマスターであるレントもCランクでランクを止める実力者をほんの数人だが、聞いたことがあった。理由はカイトと同じだったり、ただ単に貴族が大嫌いだったりする。


最もそういった人種はほんの一握りだ。Bランクに上がれば、デメリットよりもメリットの方が大きいため大概は上に上がる。


「あと聞きたいことはあるか?」


「いやない。わざわざ出向いてもらってすまなかった。いつでもいいからギルドを訪ねてくれ。報奨金を渡そう」


「分かった。じゃあ、帰らせて貰うよ」


紅茶を飲み干してから椅子を立ち、ギルドマスター室を後にする二人を見送ってから珍しくアイリスから口を開いた。


「ギルドマスター、あの二人、特にカイト様の魔力。あれは本当に人族てすか?あの魔力量はSSSランクの魔物も凌駕していると思います」


アイリスの右目もまた魔眼である。魔力を見ることができる魔眼は魔物のランク測定に重宝される。


この能力を買われ、ギルドマスターの秘書という役職に就くことができた。アイリスもギルドマスターの庇護を受けることができる。互いに利益のある話だ。


アイリスが饒舌に話すことは滅多にない。基本、言葉少なに用件だけを伝えるからだ。


「あぁ。その件については要塞都市のギルドマスターから連絡があった。なんでもSランク三体と戦った後、魔族とヒュドラ相手に勝ったらしい」


普通の人なら一笑に付す馬鹿げた話だが、あの魔力量を見た後では信じるしかない。


「それとカイト様の衣服の中にもSSSランク級の魔物を確認しました」


「手綱を握っているなら問題ないさ」


適当な回答だが、今回に限ってはその適当さが羨ましいとすら思えてきた。アイリスは、「そうですね」と淡々と述べて、カイト達のカップを片付ける。


「今からダンジョンに行きたくねぇな」


ギルドマスター室から出て真っ先に口にした言葉は、なんともネガティブだった。サクヤも、流石に一度出たダンジョンに入るのは億劫だと思ってしまい、今日のダンジョン攻略は中止となった。


「適当に歩き回るかな」


休みといっても体力が有り余り過ぎているせいで、黙っているのも暇すぎる。自らどこか行こうと思うほどに。


「いいですね」


「ということでサクヤ、着替えてこい」


「………分かりました」


ギルド職員に仮眠室を貸して貰い、サクヤの着替えを待つカイト。サクヤはギルド職員から慕われているようで、即許可が下りた。その時の女性職員の目が肉食獣のそれだったことをカイトは見逃さなかった。


「お待たせしました」


出てきたサクヤは白の服に、膝辺りまでの黒のスカート。その上から茶色のコートを羽織っている。結局はシンプルが最高である。


「早く行きましょう」


カイトとギルド職員からの視線の集中砲火に耐えかねたサクヤが逃げるように手を引いて、ギルドを出ていった。


ぶらりぶらりとサクヤと街の中を巡り、本屋や服屋、アクセサリーショップなど一通り目を通した。その頃には日も暮れ始めていた。丁度良いとカイトが最後に行きたい所を告げた。


向かった先は貴族街に入る少し手前の平民の中では裕福な家庭が暮らす場所だ。


カイトの日本人ならではの風呂に入りたいという切実な願いだ。この世界の風呂は貴族や王族など金持ちにとっての一つの娯楽である。


「私はお風呂に入ったことはありませんね。生活魔法でなんとかなるので」


平民は体の汚れを生活魔法で落とす。ごく稀に風呂のついている宿があるが、ほとんどが貴族街にある高級宿だ。


「確かに汚れは取れるんだけど、なんか嫌なんだよな。生活魔法を使われてもさっぱり感がないんだよな」


サクヤには分からないようで首をかしげるだけだった。


公衆浴場に着いて、カイトの懸念が晴れた。きちんと男女で浴槽が別れていたからだ。もしも別れていなかったら金を積んで貸し切りにしようと思ってぐらいだ。


「上がったら、向こうで待ってるからな」


「分かりました」


暖簾をくぐって、意気揚々と風呂に入る。ただ大きな浴槽が一つだけの寂しい浴場だが、今のカイトにはそれだけでもたまらないうれしさであった。湯気でいっぱいの風呂場には何人かの人がいて、浴槽に背を預けている。


カイトも風呂に浸かる。暑すぎず、冷たすぎない湯にカイトの口から年寄りのような声が漏れる。


「兄ちゃん。風呂に入り慣れてるな。貴族のボンボンか?」


声をかけてきたのは、二十代半ばの男性だった。余分な脂肪が削ぎ落とされた体を見れば、彼がどんな職業か用意に想像がつく。


「ん?いや。俺はただの冒険者だ」


「奇遇だな。俺も冒険者だ。ランクはAだ。剛剣のジンって呼ばれてる。聞いたことないか」


「悪いがないな。つい先日になったばっかだからな。ランクCのカイトだ。その剛剣ってのは何だ?」


「カイトだな。剛剣は二つ名つって、ギルドから功績を認められた場合に貰える、要は称号みたいなもんだ。Aランクなら誰でも持っていて、Bでも稀に持っている奴がいるな」


それからもジンは色々なことを話してくれた。このような場では口も緩むのか、ジンはカイトが聞いてないことも喋った。


Aランクという特権とも言うべき情報網は流石の一言だ。今日、カイト、というかサクヤが報告した件にも知っていて、追加情報として明日ダンジョンが閉鎖されて研究されるというものだ。


「俺にそんな話して良いのか?」


「自慢じゃあねぇが俺は人を見る目は確かなんだ。お前なら大丈夫だ。俺はそろそろ上がるわ」


「色々ありがとな。情報料はいつか払う」


「期待しないで待ってるよ。じゃあな」


ジンが出ていって少ししてから石鹸で頭と体を洗い、浴槽を出た。


公衆浴場にはいくつかの施設も併設されている。カイトが今いるのは、サクヤの待ち合わせ場所である休憩所のようなものだ。


吟遊詩人の男性の語りに耳を傾けながら、カイトの頭の中では少年魔族の研究していた魔法陣を頭で描いていた。


風魔法と空間魔法、闇魔法の三つだ。空間魔法はなかなか稀少な魔法で魔法陣の開発もあまり成されていないために大歓迎だ。


だが、闇魔法はマッドサイエンティストらしく、いかれたものだ。意識のない他者の体を乗っ取った後に元々の精神を破壊する憑依。脳に過負荷を与えて心を壊す心壊。意識をそのままに意志を操るマインドコントロール。カイトがデータを消したのは正解だろう。


「ボーッとしてますけど、大丈夫ですか?」


カイトの目の前に頬を赤くさせ、普段よりも色っぽさが増したサクヤが立っていた。前屈みでカイトの顔をのぞき込んでいるせいで豊かな双丘からなる谷が見えている。


「サクヤか。考え事をしていただけだ。どうだった、風呂は?」


「良かったです。確かにこれは生活魔法では味わえませんね」


そう言ってはにかむサクヤにカイトは風呂に浸かれた以上の価値を感じた。


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