森林エリアと魔族
昨日よりも早いが、冒険者からしたら遅い時間帯にのんびりとした歩調でギルドに向かうカイトとサクヤ。カイトは頭を掻いて、眠たそうに欠伸をしている。
ギルドの扉を開けると、ギルド職員全員が背筋を伸ばして、仕事を再開した。
カイトとサクヤは魔石をルーペのようなもので見ている職員の前に麻袋を置く。職員がカイトの顔を見てから麻袋の口を開けてじゃらじゃらと中身を出す。
一つ一つ流れるように確認していく。さくさくと作業を進めながら、手を弛めずにカイトに話しかける。
「凄い量ですね。何階層までいったんですか?」
「十階層までかな」
「今日はもっと行くんですか?」
「そうだな。どこまで行くかは決めてないけどな」
「そうですか。近頃、帰らない冒険者が多いので気をつけてください」
全てを調べ終えて、机に大銅貨を積む。カイトはそれを掴み、懐に入れると一言呟いた。
「胸に止めておくよ」
去っていくカイトの背にギルド職員は深々と礼をして見送った。
ダンジョン十一階層は森林が広がっていた。ダンジョンの中ということすら忘れそうな広大なジャングル。一階層の不気味な灯りではなく、太陽のような暖かな光の気持ち良さはカイトの眠気を誘う。
だが、この階層はほとんどの冒険者から嫌われている。その理由は魔物にある。
ギチギチと耳障りな音がカイト達に近づく。その音は生理的嫌悪感を誘い、鳥肌が立つのを禁じ得ない。
「キシャシャシャシャ」
茂みから出て来たのはムカデの魔物だった。この階層は昆虫や植物系の魔物が多いのが、冒険者が嫌う理由である。
カイトは災厄の孤島で何度か見ているが、それでも気持ちが悪いと思ってしまう。
一方でサクヤも目を背けたそうにしているが、戦闘中ということも分かっているため視界の外で捉えながら、刀を構えている。
「ウインドカッター」
不可視の刃は後ろの木ごとムカデを切り刻んでいった。カサカサとしばらくの間動いていた体から力が抜けると、魔石へと姿を変えた。
「精神的ダメージがでかすぎるだろ」
カイトがぐったりとした様子で足元の魔石を麻袋に入れる。この魔石は今しがたカイトが魔法で駆除したゴキブリの魔物だ。
体長三メートル程のゴキブリと対峙した時のカイトの全身から冷や汗が吹き出した。身の毛もよだつとはこのことだろうと現実から逃げながら、ゴキブリを風魔法で殺し回った。
蛇足であるが、のちにサクヤは、その時のカイトからは感情がなかったと語った。
「休憩するか。気分悪いし」
カイトが結界魔法に認識阻害の魔法を上乗せしてから安心したように木の根に腰を落とした。
二つのカップを取り出し、水を入れると横にいるサクヤにカップを突き出す。サクヤは礼を言って受け取ると、ふぅーと息を吐いてからコップを傾ける。
「私も流石に気分が悪いです」
少しだけ息が荒いのは、凹凸の激しい道を歩いたからだけではないようだ。
疲れを癒し、体に力を入れて立ち上がる。カイトが結界を解こうとした時、少し離れた場所にある茂みがガサガサと音を立てた。
「ここからもう少し行ったところにあるよ。気張っていこーう!がんばるよ、アレン、ユーリ、ジーク」
活発そうな女の子の腰にはニ振りの短剣が下げられている。その装備から軽剣士ということが予想される。
「お前は元気だな、リサ。こちとら体中が重たいわ」
アレンと呼ばれた男性は全身を鎧で固め、大盾と槍を持った重装兵。
「うぅ。私は疲れました」
ユーリと呼ばれた気弱そうな少女の恰好はローブと杖を持っていて魔法師という風貌だ。
「だから言ってるだろ?体力は付けとけよ」
軽く注意をするジークは背中に大剣を背負った青年だ。リサと同じように急所を守る装備である。
パーティであろう四人は談笑しながらカイト達の方へ近づいてくる。
通常、ダンジョンで話すという行為は魔物を呼び寄せるため、冒険者達はハンドサインか風魔法を使う。
それらを使わないということは、余程馬鹿なのか、腕に覚えがあるかだ。今回は前者のようだ。
カイトは魔物が近づいてくるのを感知して、面倒ごとになる前に離れようとしたが、行動に起こすことはなかった。
リサの口振りから感知系統のスキルを有していると思ったカイトは結界を解いてしまうと彼らに見つかってしまうため黙っていることにした。
そして、最悪なことにカイト達の目の前で戦闘が始まってしまった。
出てきた魔物はキラービーという蜂の魔物だ。尻に生えている針に刺されれば、毒状態になり、常時ダメージを受けることになる。
カイトもサクヤも我関せずといった様子でのんびりと戦闘を観戦する。
感想としては、レベルが低いというのが正直だ。無駄が多く、隙も多い。剣も満足に扱えていない。ただ力任せに振るだけだ。特訓前のハロルド以下かもしれない。
カイト達の白けた視線などつゆ知らず、四人の冒険者達はようやく最後の一体を討伐できた。ハイタッチをしながら喜び合うなか、そこに水を差すように一つの木の枝がユーリの足に絡まった。
「キャッ!?」
ユーリは小さな悲鳴を残して、そのまま森の奥に引きずり込まれていった。突然の出来事に一瞬固まったリサ達だが、すぐにユーリの後を追った。
リサ達が充分に離れたのを確認して、結界を解いた。
「気配感知に反応がなかった?」
カイトの気配感知をして攻撃を視認するまで気づけなかった。
「ん?反応が消えた?」
ユーリの気配が消えた。索敵範囲内から出たわけではなく、突然にだ。
「消えた?」
サクヤが聞き返すが、カイトの答えは変わらず、頷いた。
カイトが静かに両手を突き出して、音波をソナーのように照射する。薄く前方に展開された音の波は物に当たり、反射してカイトに返ってくる。
音の反響で探っていると壁にぶつかったような不自然な音の跳ね返りを感知した。そこを気配感知で探っても変わった様子がない。
「カイト、どうしますか?」
「見捨てるのもちょっとなぁ…………しょうがない、行くか」
「はい!」
元気よく返事をしたサクヤ。サクヤは元々こうなることを分かっていたのか、ニコニコ微笑みながらカイトを見る。カイトは苦笑しながら、サクヤの頭を乱暴に撫でる。
グラグラと頭を揺らされて少しふらつくサクヤに満足したカイトは空白地帯に向かう。
歩いて五分もしないうちに空白地帯の前にたどり着いた。妙な緊張感を感じながらカイトとサクヤが空白地帯に一歩踏み出すと、体が何かを通り抜けたような奇妙な感覚に襲われた。それと同時にカイトの気配感知にいくらかの反応が引っかかった。
カイトはそれよりも、その近くの一際大きな存在に気配感知を集中していた。魔力の質と気配の感じは魔族のそれに一致していた。
「サクヤ、魔族だ。お前はギルドに緊急要請を出しに行け」
「で、でも」
「早く行け!」
カイトの激昂に一瞬目を見開いたサクヤだが、覚悟を決めたように力強い瞳で見据えると、転移結晶を使おうとした。
「逃がさないよ?」
不意に神経を逆なでするような人を小馬鹿にする声がどこからか聞こえたかと思うと、宙に十以上の袋がばらまかれ、四散した。中からはキラキラと光を反射している白い粉があたりを覆う。
カイトが咄嗟に風魔法で吹き飛ばそうとするが、それよりも早くカイトとサクヤに強風が襲いかかる。
何が起きたか分からなかったサクヤは白い粉を吸い込んでしまい、こほこほと咳き込んでいる。
「体が……動かな………い」
「痺れ薬か」
「ご明察」
カイトが呟いた言葉に返ってきたのは、明るく正解を知らせる声とサクヤに向けて放られたメスに似たナイフだった。
カイトがそれを指で挟み、投げられた場所へと投げ返すと空間が揺らぎ、次いで白衣を纏う少年が現れた。
「ねぇお兄さん、なんであの薬を浴びたのに無事なのかな?かな?」
興味津々な目でカイトを見る少年。その目には狂気の光も灯されていた。
「さあな」
「つれないなぁ。まぁ人族のお兄さんはいらないや。僕は龍人族のお姉さんが手に入ればいいや」
その言葉にカイトの眉が無意識にピクリと動いた。少年はそれを見て、満面の笑みを浮かべた。
「人族も獣人族もエルフも弄ったことはあるけど、龍人族は初めてだよ~」
恍惚の表情で呟くその姿に悪寒を感じる。
「リカバー」
カイトが動けないサクヤに状態異常回復の魔法をかけるが。
「無駄だよぉ?僕特性の痺れ薬は回復出来ないんだよね~。その代わり効果は三十分しか持たないけどね」
カイトが舌打ちすると、殺気を放つ。空気がピリピリとするなか、少年は笑みを絶やさずに肩をすくめて馬鹿にするように言い放った。
「お~。恐いなぁ」
少年がパチリと指を鳴らすと同時に左右の空間が歪み、そこから三体のキメラが現れた。趣味の悪いことにそれら全てが人間ベースであった。
一体は阿修羅のように六本の腕を持ち剣が握られている。一体は下半身が蜘蛛と同化していて腕には鎌が生えたアラクネ型。最後の一体は巨大な人の形をしていて、胸の辺りには生け贄にされたであろう苦悶の表情を浮かべた顔が並んでいる。
「アハト、サクヤを頼む」
「キュル」
カイトは二刀流の構えをとる。三体のキメラは一斉に咆哮を上げながらカイトへと走る。阿修羅キメラが六本の剣を操り、変幻自在の斬撃を繰り出す。横からは行動阻害の糸や魔法が飛んでくる。
それら全てをかわし、受け流し、斬撃を返す。カイトの放った斬撃はキメラの体を深々と切り裂いた。キメラは苦悶の声を上げながら、後ろに後退する。
人間ベースであるせいか、明らかに戦術が存在している。
「へぇ。お兄さんも強いね。僕も参加するかな」
そう言って白衣の内からナイフを取り出した。指の間にナイフを計八本挟み、左右に投げつける。
全く見当違いの方向に飛ばされたナイフだが、緩やかに方向を転換すると一気に加速して、カイトの足元に刺さった。
「惜しいなぁ。あと少しだったのに」
その後もカイトの周りにひたすらナイフを落としていく。膠着状態に見えているが、少年の笑みには明らかな優越感が滲んでいた。
「!?」
カイトが動きを止めた。止めざるを得なかった。カイトの周りにワイヤーのような強度を持つ糸が張られている。キメラ達も攻撃をせずに、ただ巣にかかった獲物を見る目をカイトに向けている。
「僕のナイフの柄には極小の糸が張られていてね。今、君の周りには僕が仕掛けた糸が張り巡らされているのさ。ちなみに僕の魔力で覆われている間はペット達には効果がないよ」
「……………」
「怖くて声もでないのかな~。まぁ僕のペット達の腕の一振りで君の命は潰える。まぁ僕ら相手にここまで戦えたことをあの世で自慢しなよ」
微笑みながらキメラ達に冷徹に命令を下す。
「殺せ」
三体のキメラが各々の武器をカイトに振り下ろす。剣が、鎌が、豪腕が振り下ろされた先には………カイトはいなかった。
「死ね」
どこからか聞こえた平坦な声。すると、さっきまでないのと同じだった糸にキメラ達が触れられることの異常性に気付いた。さらに微細に振動し、自分達の肌に食い込んでいることも。
阿修羅キメラの背後あたりで、カイトがー本の糸に手をかけていた。ピンと張られた糸を指先で弾くと同時に、キメラ達は血の花を咲かせた。
「…………ほえ?」
一部始終を見ていたはずの少年だが、何が起こったのか分かっていないのか唖然としている。
「形勢逆転だな」
「ふふ、フハハハハハ。君は凄いね。僕の敗けさ。でもただでは死なないよ」
負けたというのに嬉しそうにそう言うとゾクリと嫌な予感がしたカイト。
カイトが刀を振りかぶり、少年の首に刃が当たろうかとした時、少年が消えた。
気配感知を発動させて、反応を探るとすぐに結果が返ってきた。サクヤの真後ろだ。
少年がメスでサクヤの頸動脈を狙い、振り下ろした。
少年は動けないサクヤを見て、殺ったという手応えを得たのか、自然に口角が吊り上がる。
ガキンと硬質な音が響き渡った。少年は手首を抑え、持っていたメスを取り落とした。そのメスも刃先が欠けている。
「本当に完敗さ」
少年が尻餅をつく。その様子からは敵意が微塵も感じられない。
「まさか、魔物固有魔法を使うとはね。龍人族よりも君の方が特異だったみたいだね」
「お前のスキルは俺が有効活用してやるから安らかに逝け」
傲慢な物言いに少年の口が弧を描く。カイトは刀で魔族の首を撥ねる。
血がベットリとついた刀を横に凪いで血を飛ばす。きれいな黒の刃を鞘に収めるとサクヤの方に振り返る。
「サクヤ、大丈夫か?」
「少しだけ痺れますが、動けます」
サクヤが立ち上がるが、足に力が入っていないのか、歩くのがしんどそうだ。ダンジョン内では魔物を連れ込んではいけないという禁止事項があるせいで、あまり大っぴらにアハトがいることを晒せない。
カイトはサクヤの前で屈む。サクヤはカイトの首に腕を回して、「色々ありがとうございます」と言ってから、しっかり体を密着させた。




