電話の完成
歓声がやみ、観客達の興奮が冷めた後。満足していた観客達のほとんどの顔が沈み込んでいた。落ち込んでいる人達は全員キースに賭けた連中だ。少額しか賭けていないくせに実に女々しい。
カイトとサクヤは、そろそろとハロルドの控室に向かった。カイトが金貨一枚を賭けたことを知っている人達は羨ましそうに、あるいは逆ギレにも等しいような視線をぶつけていた。居心地悪さに早足になったのは仕方ないだろう。
ハロルドの控室についた二人はコンコンとノックをすると少女の声が返ってきた。扉を開けられた先には、栗色のショートボブの少女が立っていた。
幸薄そうなその少女はカイトとサクヤを見て、一瞬訝しげな顔をしたが、すぐにどこか納得したような表情をした。
「もしかして、カイト様とサクヤ様でしょうか?」
「ああ」
カイトの返事を聞くと、少女の表情が変化する。今までの素の表情に仮面を被せたような、他人を魅せるための笑顔だ。
ロングスカートの裾をつまみ、右足を下げて顎を少し引く。幼い姿でも優雅で気品溢れるその姿は完成された作法だ。
「初めまして。私はハロルドの婚約者のリーシャ・ラードリットと申します。以後お見知りおきを」
「改めて、カイト・シノハラだ」
「サクヤ・アルミタイトです」
「立ち話も何ですので中にお入りください」
カイトとサクヤは厚意に甘え、部屋の中に入る。ハロルドは備え付けのベッドに寝かせられている。少しだけ呼吸が荒く、苦しそうだ。
カイトはハロルドに近づくと患部に手を当てる。
「ヒーリング」
魔法の光が部屋を満たす。リーシャがその眩さに目を瞑り、次に目を開けるとハロルドの体から傷が消えていた。
この世界の魔法ではせいぜいが組織を活性化させ回復を促進させる程度で、あとは包帯を巻くだけだ。高名な光魔法師ならば、時間をかければこの限りではないが。
何が言いたいかというと、他者からしてみればカイトの力は異質だということだ。ハロルドはいまいちピンと来ていなかったが。
「ハロルドから聞いていた通り、凄まじいですね」
リーシャは知っていたようであったが、それでも驚いていた。
それから雑談、というかハロルドの訓練について話しているとハロルドから小さな声が漏れた。リーシャは椅子が倒れる程勢い良く立ち上がると、ハロルドの元に駆け寄った。
良いムードになりそうな中、椅子が倒れる音がするのはいけないというカイトの謎の配慮により椅子が倒れるのは防がれた。
「うっ、ここは?」
「ハロルドの控室だよ」
ハロルドは魔力枯渇の影響で辛そうに頭を押さえる。いくらカイトでも魔力を回復させるのは難しい。ハロルドはリーシャの顔を見るとガバリと体を起こす。
「俺は……」
「勝ったぞ。お疲れさま、ハロルド」
「お疲れ様です」
「カイトさん。それにサクヤさんも。そうか、俺は勝ったのか」
感慨深げに事実を口に出す。
「ああ。最高に格好良かったぞ」
「本当に格好良かったよーッ!!」
リーシャがハロルドに抱きつく。カイトからは見えないが、鼻をならす音が聞こえる。自分を心配してくれて泣いているリーシャの背中に手を回して、力を入れる。
「さてと、俺等はお暇するか」
雰囲気を察したカイトは隣のサクヤに言うと、サクヤも同じことを思っていたようで「そうですね」と応える。
「あっ。カイトさん、借りた剣をお返しします」
「それは餞別としてやるよ」
ハロルドの腕前で持つのは分不相応な逸品だが、これからの成長に期待するという意味でカイトも渡すことに決めていた。
「ありがとうございます」
カイトは扉を開けてサクヤに先を行かせ、自身も外に出る。扉を閉める寸前に。
「結婚式を挙げる時は呼んでくれよ?」
冗談めかして言ってみると、ハロルドは少しだけ顔を赤くしながら頷いた。カイトはそれだけ言い残すと、扉を閉めてサクヤの横に並んで歩く。
「羨ましいですね」
ポツリと溢したサクヤの本音とも取れる言葉にカイトが距離を詰めて、肩に手を回して、少し強めに引き寄せる。突然の行動に驚いたサクヤはカイトを見上げると、してやったりという顔をしていた。
「満足か」
「意地悪ですね」
わざわざ言葉にするあたり、カイトらしいと思いながらコロシアムを出るまで離れなかった。
ちなみに、賭けの最終的な倍率は4.4倍だった。カイトが得た利益は金貨三枚、大銀貨四枚だった。胴元が苦い顔をしながら、金貨と大銀貨を渡す姿に少しだけ罪悪感を覚えたカイトだった。
『サクヤ、聞こえるか?』
ガルドフィルから離れた森の中、そこで一人話しているカイトは端から見たら危ないだろう。本来なら返事など返ってくるはずなどないが。
『聞こえます』
カイトの持つ魔法陣からサクヤの声が返ってくる。その返事にカイトがガッツポーズを取る。カイトが最優先で作っていた音波魔法を利用した電話だ。
通常、通信用の魔法陣には空間魔法が刻まれている。空間と空間を繋ぐことで声を届かせる仕組みだが、如何せん魔力の消費量が高い。それに比べて音波魔法は使用する魔力が低い。
『携帯料金がかからないから話し放題だな』
金貨四枚を持っていながら、庶民的な考えなのはカイトが日本人だからだろう。
実験を終えたカイトはガルドフィルの宿屋に移動する。着いて早々、ベッドに倒れ込む。
「成功しましたね」
サクヤが上から顔を覗き込んでくる。サクヤの黒髪が垂れて顔にかかり、くすぐったい。サクヤは分かってやっているようで、楽しんでいる。
「固定、俺ちょっと王城に行ってくる」
さりげなくサクヤの体を固定して、ベッドから転がるようにして降りると、グッと背筋を伸ばす。
「えっ!?カイト、ちょっと。すいません!謝りますから!待って!カイトーーッ!」
思わずタメ口を使うサクヤ。たまに起こるこれは幼児退行なのだろうか。カイトが指を鳴らし小気味よい音を立てると、サクヤの体にかかっていた固定が解ける。
「サクヤも来るか?」
「平然と話を進めないでくださいよ」
珍しく泣き言を言うサクヤにカイトは更なる追い打ちをかける。懐から1枚の魔法陣が描かれた羊皮紙を取り出して魔力を込める。
『えっ!?カイト、ちょっと。すいません!謝りますから!待って!カイトーーッ!』
さっきのサクヤの声が流される。音波魔法の蓄音、所謂レコーダーだ。これは電話用の魔法陣を少し書き換えるだけなので比較的簡単なものだった。
「うぅー。カイトに悪戯をすると二倍どころか三、四倍で返されるんですね」
サクヤの顔が真っ赤になっている。滅多に見れないその表情を写真に収めたかったが、カイトの持つ魔法にはカメラを作れるものがない。カイトはカメラを作ると決意する。果たして、日本に帰るのと、魔法を作る、どちらがはやいのだろうか。
今回移動した先はルミネの部屋だ。ルミネは机に向かって裁縫に勤しんでいてカイトに気付く気配はない。
真面目な姿を見ていると、声をかけにくい。真面目な顔で熊のぬいぐるみを作っているあたり、微笑ましいと思うが。
カイトは目配せをするとサクヤも意味が分かったようで小さく頷いた。
カイトは置き手紙を残そうと思い手持ちの羊皮紙を取り出し、ペンを滑らせる。それを目立つところ、ぬいぐるみに持たせるように置く。その近くに借りていた本と電話用の魔法陣を置いておく。
この前借りた本と通話用の魔法陣を置いていく。ぬいぐるみ作りなんて可愛い趣味だな。
カイトの置き手紙の内容を見たサクヤはカイトから羊皮紙とペンを借りると、ルミネに一言書き残す。
カイトが迷惑をかけてしまい申し訳ありません、と。
その日の夜、夕食後にルミネがぬいぐるみを完成させた。ぬいぐるみの出来栄えに満足したと同時に、ふわぁと欠伸を漏らす。
「そろそろ寝ますか」
ググッと背筋を伸ばして、熊のぬいぐるみを抱いてベッドに転がろうとすると二枚の手紙と一枚の魔法陣、三冊の本が置かれているのが目についた。
二つの手紙の内の一つがぬいぐるみに抱かれているを見て、絶対にカイトの仕業だと確信した。
カイトの置き手紙を見ていると、ニヤニヤと笑うカイトの姿が見えるような気がする。その横に置かれているサクヤからの手紙の文字と文面からは申し訳なさが滲み出ていた。
「サクヤ様も苦労なさっているのですね」
苦笑いしながら、ベッドに座ると魔法陣に魔力を込める。魔力を流された魔法陣が淡く輝きを放つ。
『もしもし、篠原ですけど』
「?もしもし?」
『やっぱり通じないか』
日本の常識が通じないことにカイトが残念そうに言葉を漏らす。
『どうした?』
「カイト様、来られたなら一声おかけください」
『あまりにも一生懸命ぬいぐるみを作っていたからな』
空間魔法よりもハッキリ、タイムラグなしで会話できている。これは相当凄いことなのだが、それを人にあげるあたり、分かっているのか分かっていないのか。
「それは言わないでくださいよ。それよりもサクヤ様はいらっしゃいますか?」
『サクヤ?今、俺を踏んでるぞ』
「……………え?」
自分は今、とんでもないタイミングでカイトと話しているのだろうかという心配が胸に去来してそっと魔法陣に流れている魔力を散らそうとした時、向こうから若々しい女性の叱責するような声がした。
『カイト!誤解されるような言い方止めてください!』
『サクヤ、もう少し強く踏んでくれないか』
『ルミネさん、違いますからね!マッサージですからね!』
誤解を解こうと必死なサクヤにルミネは、何となく同族を見ている(聞いている)気分だった。
『それでサクヤに何か用か?』
「いえ、話してみたかっただけです」
『サクヤ、指名だぞ』
魔法陣をサクヤに渡すついでに耳打ちをする。カイトの言葉にサクヤは首を傾げながら言われたとおりの言葉を話す。
『お電話変わりました?サクヤです』
「ルミネと申します。ちょっとお話してみたかったのですが、よろしいですか?」
『奇遇ですね。私もルミネさんとお話してみたかったんですよ』
古今東西、どこの世界でも女子の電話は長いものだ。サクヤとルミネは波長が合うのか、楽しそうに話していた。カイトはそんな様子を見ながら、作ってよかったとしみじみと思った。
その後、ルミネが魔力枯渇を起こすまでサクヤとの会話は続いた。カイトは薄々予想がついていたため用意していた魔力回復のポーションを持って、即座にルミネの部屋に移動した。
カイトはルミネにポーションを飲ませ、顔色が良くなったのを確認してから、ベッドにあるぬいぐるみでルミネの周りを囲む。
次の日、ルミネからのモーニングコールで目を覚ましたカイトはマナーモードをどうやって付けるかを本気で検討し始めた。サクヤは自業自得ですね、と笑っていた。




