弟子の重たい事情
温かな日が森の中に降り注ぐ。爽やかな香りがカイトの鼻腔をくすぐる。柔らかな陽光。ザワザワと葉が揺れる音小鳥のさえずり。
「ぎゃー!!カイトさん、死ぬー!!死にますーーッ!!」
走りながら上げるハロルドの叫び。
熊の魔物に追いかけられているハロルドの様子は必死というよりも死に物狂いの方がピッタリだろう。話しながら逃げている分、まだまだ余裕そうだが。
「大丈夫だ。死んだら俺が治す。存分に魔物とランニングでも三途の川でクロールでも楽しんでこい」
投げやりな答えにハロルドが走りながらも律儀に返す。
「いくらカイトさんでも治せるはずないじゃないですかーッ!!」
「………余裕だな」
小さく呟かれた言葉は誰に聞こえるでもなく、木々のざわめきと追加のハロルドの悲鳴によってかき消された。
疲れでげっそりしたハロルドと共にガルドフィルに戻ってきたカイト。理由は昼食を取るためだ。朝からギルドで簡単な依頼を受けて帰ってきたサクヤと共に定食屋に入る。
ガルドフィルの屋台は基本串焼きだ。せいぜいがホットドッグ。全てが大味でやたらと水が飲みたくなる。
入った定食屋でカイトはレッドボアの煮込み、ハロルドは大盛りのオークステーキ定食、サクヤはウルフ肉のホワイトシチュー。ホワイトシチューがあることに驚きだった。
食事も終わり、ゆったりと時間を過ごす。冒険者達は今頃、ダンジョン内で燻製肉でも齧っていることだろう。
「なぁ、ハロルド。今まで聞かなかったけど、何で強くなりたいんだ?」
「………そうですね。カイトさんとサクヤさんには話します。まあ、言わなくてもあと八日後には分かりますがね」
重苦しい空気がハロルドから漂う。カイトは即座に幻覚魔法と風魔法を使い、周りからの認識をずらす。
「俺には許嫁がいます。俺の許嫁はリーシャ・ラードリットと言います。彼女とは昔から付き合いがあって、両家とも結婚には賛成でした」
昼食後に振ったのは間違いだったようだ。胃にもたれそうな内容だが、ハロルドは続ける。
「しかしつい先日、ある貴族にリーシャが見初められてしまいました。その貴族は私達よりも位が上でした。両家ともに刺激しないようにやんわり断ったのですが、意味もなく……。」
ハロルドが肩を落とすも、その口は止まることなく動かされている。
「その貴族は私達の家をとり潰すことも出来ますが、面倒を嫌います。なので、取り引きを持ちかけました。決闘をして勝った方が賭け金を総取りする」
「こちらはリーシャを。向こうは家宝の魔道具と幾らかの宝石を賭けました。しかし、今度はこちらの賭け金が足りないと言い出し、こちらの賭け金を上げるように言いました。断れば問答無用でリーシャを連れて行かれるので賭け金を上げました。向こうの魔道具はかなり高価な物で両家の財産を持ち寄ってやっとでした」
カイトがハロルドと会った時、ハロルドの武器防具は初心者が装備するそれだった。この世界で苗字があるのは貴族階級だけだ。貴族にしてはみすぼらしい装備だったが、合点がいったようにカイトは肯く。
「期限は俺が成人する十日後に行われます。俺は絶対勝ちたい。だからお願いします!俺を強くしてください!」
全くもって胸糞悪くなる話だったが、ことの概要は把握できた。カイトはどうするかを考える。
「その貴族の強さはどれぐらいだ」
「冒険者ランクはDランクです。属性は土と火」
Dランクは一人前と呼ばれる。対してハロルドはおよそEランク。カイトは頭の中で残された期間の使い方を考える。
「サクヤ、有り体に言ってこいつの魔法はどうだ」
「魔力の操作が下手で、焦ると魔法の構成が崩れることがあります。戦闘で使えないと思います」
サクヤの辛口な評価にカイトが顔を顰める。ハロルドの属性は火と風とかなり攻撃面に優れている。それでも実戦で使えなければ、宝の持ち腐れだ。
「……朝に魔物を狩って、昼からはスキルのレベル上げに変更だ。死ぬほど辛いから覚悟しろ」
「はい!」
カイトとハロルドは訓練の前、単純な実力測定として戦ったときのような場所に立っていた。
ただ違うのは、カイトの纏う威圧感だ。スキルを使わず、純粋な圧力。カイトが持つのは木刀だが、それでも痛いのは身をもって経験している。
「魔法も不意打ちもなんでも使え」
傲慢な物言いだが、相手にならないことはハロルド自身が分かっていた。ハロルドは右手を前に突き出すと、詠唱を開始する。
「火よ、我が魔力を糧に敵を撃て、ファイアーボール」
ハロルドから打ち出された野球ボールサイズの炎球がカイト目掛けて飛んできた。
「防げ、ストーンウォール」
カイトの前にせり上がった石壁に炎球が当たると、爆発を起こす。大した魔力をこめなかった石壁は消滅し、カイトの周りを砂煙が舞う。
「穿て、アースランス」
その言葉と共に発動した魔法は煙など関係ないと全方位に土の槍を生やしていた。
「火よ、我が魔力を糧に敵を穿て、ファイアーランス」
「穿て、ファイアーランス」
全く同じ魔法は互いにぶつかり合う。一秒にも満たない均衡の後、カイトの炎槍がハロルドの炎槍を食い破る。ハロルドは即座に下がると爆風から身を守るように顔を覆い隠す。
「ゴハッ」
ハロルドの体が宙に浮く。一瞬の浮遊感の後に地面に叩きつけられる。吐き出した唾液に少しばかりの血が混ざっていた。
「早く立て」
ハロルドが土を握りしめ、立ち上がる。口内にじんわりと広がる血の味が頭を覚醒させる。覚醒した頭の中で警報が上がり、その場を飛び退く。
ハロルドが離れた直後、地面が爆砕された。轟音が鳴り、土が巻き上がる。ボタボタと地に落ちる土の真ん中にはカイトが木刀を振り下ろしたままでいた。
ゾクリとハロルドの背筋に寒気が走った。これでも本気ではなく、手加減をしている。その事実に身体がすくみ上がる。
取り落としそうになる剣を握り逆手に持ち替え、自分の太腿を浅く傷つける。痛みによる意識を覚醒させる。
「まだです」
ハロルドが地面を強く蹴る。強化された脚力から繰り出された突きをカイトは半身になってかわす。それを予知してたようで剣を横に振り抜く。
ハロルドの腕は伸ばされている。カイトは踏み込み、ハロルドの手首を抑え、足を払う。ハロルドは抵抗できずに、転がされた。
「カハッ」
ハロルドの口から空気が漏れる。鯉のように口をパクパクさせている。カイトがハロルドの意識を奪おうと木刀を振り下ろそうとした。
「ウィンドカッター!」
最後の一撃、そして今までで最高の一撃。至近距離からの不可視の刃は不意打ちとして成功だろう。だが、相手はカイトだ。カイトの木刀が不可視のはずの風の刃を切り裂いた。
真ん中から真っ二つにされた風の刃がカイトの肌を撫でた後に魔力へと還った。
「最後のは良かったぞ。ヒーリング」
「ありがとうございます」
身体を起こして礼を言うハロルド。
その後、剣術スキルのレベル上げるために幾らかの打ち合いをしてから訓練を終わりにした。フラフラになっているハロルドの背中を見送り、カイトとサクヤは宿屋へと戻った。




