不法侵入と弟子育成
カイトが移動したのは王城だ。ルミネから貰った指輪の中に本があったのを思い出したカイトがもしかしたら書庫があるかも知れないと思ったからだ。
カイトが気配遮断を使用して、ルミネの部屋を目指して歩く。数人の勇者にすれ違ったが、全くカイトに気付かなかった。
移動で不法侵入出来て、気配遮断で誰にも気付かれない。その技術たるや一流暗殺者も真っ青な芸当だ。
やがて、ルミネがいる部屋にたどり着いた。ノックをすると、少し急いだ足音がドアの前まで来ると、ガチャリと扉が開けられた。
「あれ?カイト様がどうしてここに?」
扉の先にいたカイトに驚き、目をぱちくりとさせたルミネ。
「スキルでちょっとな。魔法陣に関する本を借りれないかと思ってな」
「よろしいですよ。案内しましょうか?」
夜に尋ねたにも関わらず、嫌な顔一つせずに応対してくれ、なおかつ案内も買って出てくれる。
カイトを地獄送りにした王と地獄から助けたルミネ。悪魔と天使ぐらい違う二人に、血のつながりは関係ないのかと本気で疑うカイトだった。
実を言うとカイトはルミネの部屋に着くまで王城の中を完全に把握している。勿論、書庫の場所も分かっている。けれども、ここで断る道理もないのでお願いすることにした。
「ありがとう。頼むよ」
「はい!お任せください!」
「そういえば、カイト様が以前仰ってましたけど、本当に故郷に帰れるのですか?」
長い廊下を会話をしながら、歩くカイトとルミネ。今、カイトの姿はルミネ以外に見えないので、第三者からしたらルミネが一人で話しているようにしか見えない。
「俺のスキルでな」
「カイト様のスキルは万能ですね」
「最高のスキルを持ったよ」
最も貰った時は使えなくて追い出されたがな、とちょっと意地の悪い笑みで言うと、ルミネがペコペコと謝ってきた。
冗談だ、とスタスタ歩みを進めるとルミネもトコトコとついてくる。
「他の勇者様からお聞きしましたけど、カイト様の元いた世界は魔法がないんですよね」
「化学が発達している世界だよ。前に似たような話をサクヤにしたな」
「以前、一緒にいらした方ですか?」
「あぁ」
「あの方もカイト様の故郷に行くのですか?」
「連れていくって約束したからな」
「………いいですね」
その言葉は何に対して出た言葉なのだろうか。カイトと一緒にいれることか。それともカイトの故郷に行くことなのか。だが、ルミネも無意識出た言葉なのか戸惑いを隠せない様子だ。
「ルミネも来るか?一人も二人も変わらないし」
「………いいのですか?」
「良いぞ」
「ありがとうございます。楽しみに待ってますから」
ルミネが満面の笑みを浮かべた。
書庫は図書館ほどの大きさで高い棚が幾つも並んでいた。ジャンルは、歴史や地理、魔法、武術など幅広く、カイトの興味をそそるものも多い。ここは朝や昼には勇者の授業で使っているらしく、頻繁にこれないことに歯噛みする。
カイトが魔法陣に関する書物を幾つか抱えて、椅子に座り、羊皮紙とペンと光源の魔法陣が描かれた羊皮紙を取り出す。光源の魔法陣に魔力を流し、起動させると小さな光球がカイトの周囲を明るく染める。
魔法陣の本にはズラーッと魔法陣が乗っていて、その下に魔法名が描いてあった。カイトが暴発しても害が無さそうな魔法を選び、書き出す。
「ルミネは寝なくて良いのか?見ていて楽しいことでもないぞ?」
ルミネはカイトの前で魔法陣を描いているのを熱心に眺めている。
「大丈夫です」
「そうか」
カイトはその一言だけ言って、魔法陣を作成する。
属性ごとの魔法陣の特徴を掴んだカイトは少しだけだが、中級魔法の魔法陣も完成させることができた。
だが、雷魔法や音波魔法、振動魔法などの魔物固有魔法に関しては初級魔法すら描けない。そもそも、魔法陣の手本がないから仕方ないことなのだが。
三つ目の光源を起動させる頃、ルミネが寝ているのに気がついた。窓はないが、もう夜も遅いと分かったので帰ることにしたカイトは三冊だけ本を借りると、残りの本を元の棚に戻す。戻し終えると、机の上の物を収納して、ルミネを抱える。
ルミネを抱えて移動する。移動した先、ルミネの部屋は女の子らしく可愛らしいものだった。王族らしい天蓋付きのベッドにはぬいぐるみがいくつか置かれている。そのぬいぐるみは自分で造っているようで机の上には裁縫道具が置いてあった。
カイトがルミネをベッドに寝かせると、少し芽生えた悪戯心に従い、ルミネの周りにぬいぐるみを並べる。ぬいぐるみに囲まれて寝るルミネはお伽話に出て来ても不思議ではないほどに神秘的だった。
カイトが満足したように頷くと、ガルドフィルの宿屋に移動した。移動してベッドに倒れ込むと眠気が一気に襲ってきて、カイトを眠りへと誘った。
「ふわぁ~。眠い」
朝の早い時間帯、ハロルドの訓練に行く途中にカイトが大きな欠伸をしながら大通りを歩く。すれ違う人々も眠そうな表情だ。
「夜更かしするからですよ」
横を歩くサクヤから言われた正論にカイトはぐうの音も出ず、全くもってその通りです、とあまり使わない敬語で返す。
「サクヤ、魔法を教えるのは任せて良いか?」
「いいですけど……なんでですか?」
「俺の魔法は独学だし、無詠唱だから教え方が分からないんだよ」
「分かりました」
「よろしくお願いします!カイトさん!」
ハロルドはカイトを見るなり、猛ダッシュで駆け寄り頭を下げる。その様子は忠犬という言葉がピタリと当てはまる。今のカイトには逆効果だが。
「音壁」
不可視の壁が発生した。見えず触れずの壁は初級音波魔法、音壁だ。壁の向こうでは大声でハロルドが話しているが、壁を隔てれば普通の音量だ。
魔物固有魔法には決まった詠唱がなく、魔法の階級分けもないためカイトのさじ加減で決めている。
「ハロルド、強くなるならなんでもやるか?」
「はい!」
「とりあえず、軽くランニングするぞ」
「了解です!」
やる気満々で意気込んでいたハロルドが森の前で倒れていた。カイトは軽くと言っていたが、その距離は全く軽くない。
荒い呼吸を何度も繰り返しているハロルドの横でカイトは余裕の表情で水を飲んでいる。さらにその横ではアハトに乗ったサクヤが草笛を吹いている。
現在、カイト達は森の目の前まで来ている。森の中には当たり前のように魔物が闊歩している。
「ハロルド、回復したか?」
「はい!」
「なら、今度は森の中でランニングだ。行くぞ」
火照って赤かったハロルドの顔から血の気が引き、真っ青になったあと、か細い声で
「……はい」
とだけ答えた。
ファルトレクというものがある。起伏のある場所を走ることで持久力をつけることができる。カイトが今いる森は起伏が激しい。
そして、
グルァァァァア!
背後から無数の魔物の唸り声がする。
「ハァハァハァ」
魔物の群れの先頭にいるのはハロルドとカイトだ。ハロルドの足元がおぼつかない。気を抜けば、すぐに追いつかれる。
「ヒーリング」
ハロルドがもうダメだと思ったら、すかさず、併走していたカイトが回復させる。
さっきまで霞んでいた視界がクリアになる。鉛でも仕込んだかのように重かった手足も回復する。心地よい光が消えると、現実に引き戻される。
それからニ時間、この訓練が続いた。
訓練という名の拷問が終わり、森の外へ出た三人。ハロルドは森から出て、少し歩いただけでその場に倒れ込んだ。
「俺の訓練は終わりだ。体力が回復したらサクヤに魔法を教えてもらえ」
ハロルドが息も絶え絶えに答えた。
「は………い…」
「じゃあサクヤ、あとは任せた」
「カイトはどこか行くんですか?」
「魔物を狩りにな」
「分かりました。気をつけてください」
サクヤに軽く頷くと、カイトは踵を返して森へと戻っていった。
カイトは森の真ん中あたりで座り込んで、魔物固有魔法の魔法陣を描いていた。周りを魔物に囲まれながら、鼻歌交じりに描くカイト。動く気配がないカイトに魔物はジリジリと近付く。
その内の一体がカイトの背後から襲いかかる。
「グルガァアアア」
カイトと魔物の距離があと少しとなったところで手近にあった魔法陣に魔力を流す。
「グギャ」
魔物が変な声を上げた。その声はカイトから遠ざかり何かに衝突したような音が響いた。カイトが今起動させたのは重力魔法だ。
「チッ、失敗か。やっぱ一から作るのは難しいな」
カイトが今発動させた魔法は重力を操る魔法だ。カイトが魔法陣に設定した魔法が正確ならば、魔物を下に叩きつけるはずだった。だが、結果は横に飛んだ。
「あ~。もう一回か。そろそろ紙も心もとないしな。帰るか」
カイトは立ち上がると、地面に置いてある魔法陣全てに魔力を流す。
カイトから流された魔力を受け取ると、羊皮紙に描かれた魔法陣が次々と発光し、効果を現す。
ある魔法陣からは爆音が鳴り響き、魔物の鼓膜を破る。
ある魔法陣は灰色の煙を吐き出し、魔物を物言わぬ彫像にする。
ある魔法陣は煌めく結界を出現させ、突進してきた魔物の衝撃をそのまま返す。
ある魔法陣は触れた魔物の内臓を震動粉砕する。
ある魔法陣は魔物を問答無用で真上に跳ね飛ばし、木々と同じ高さまで行くと重力に従い、生々しい音を立て地面に衝突した。
これらほとんどが加減を間違えた失敗作だ。
音波魔法は電話を作ろうとして、石化魔法は足だけを固め無力化させるために、振動魔法はマッサージ用に、重力魔法は敵を拘束するために。
唯一成功したのは結界魔法陣だけだった。
辺りに散乱している息のある魔物からスキルを徴収し、森をあとにする。
カイトが元の草原に戻ると、ハロルドが青い顔をして倒れていた。ハロルドはカイトが帰ってきたのに気づき立とうとするが、上手く立てない。
ハロルドは今、魔力枯渇の副作用による体中の倦怠感を味わっているところだ。昨日のサクヤを思い出し視線を向ければ、サクヤは明後日の方向を向いた。
サクヤの行動に苦笑いしながら、カイトはヒョイとハロルドを脇に抱えると、歩き出す。サクヤと蛇アハトもカイトの横に並んで歩く。
ガルドフィルに着き、歩ける程度に回復したハロルドは若干不安な足取りで人ごみの中に消えていった。
ダンジョンから次々溢れてくる人に流されないように脇に逸れると、宿屋の路地裏へと移動した。
宿屋に入ると、既に夕食が作られていた。頭を使ったせいか、カイトの夕食の量が普段よりも多く、その食いっぷりに感化され周りの冒険者が負けじと食いまくった。
宿を利用する場合には夕食の値段はおかわりしようが変わらないが、ただの食事の場合には値段は取られる。その日の宿屋はかなり儲けたらしく、女将はホクホク顔だった。逆に冒険者は軽くなった財布を見て、魔力枯渇を起こしたハロルド並みに真っ青だった。




