弟子と魔法陣
冒険者としては遅い時間帯にカイトとサクヤは大通りを歩いていた。理由としては朝から魔法陣を描くための練習をしていたからだ。そこで、課題をクリアした。夜から初級魔法の魔法陣を描く許可をもらえた。
二人が向かうのはダンジョンではなく冒険者ギルドだ。冒険者ギルドではダンジョン内の地図を安く買い求めることができる。ダンジョン近くでも購入できるが、あまり詳しくないくせに高いのだ。
カイトには気配感知があるため地図の必要性は高くない。万が一に備えてという理由もあるが、ギルドでダンジョンについていくつか聞きたいこともあった。商品を買うか買わないかで聞けることも変わるからだ。
ガルドフィルの冒険者ギルドではダンジョンで取れた魔石を売れるためダンジョン近くに置かれている。
宿屋から程々の距離を歩いて冒険者ギルドに到着した。
造りは他所の冒険者ギルドとほとんど一緒だが、一つ違うのが魔物の素材とは別口で魔石の査定用カウンターがあるということぐらいだ。
「何でだよ!ランクアップの条件はクリアしただろう」
不意にカイトの横のカウンターから怒鳴り声が響いた。見ると茶髪で少し子供っぽいような十四、五歳ぐらいの少年が机を叩いて身を乗り出し、向こうにいる受付嬢に噛み付かんばかりの勢いで吠える。
「で、ですから、ランクアップの条件の一つは満たしてるんですが、もう一つの戦闘試験の結果が芳しくなかったのでですね」
受付嬢は困り顔で理由を説明するが、少年も譲らない。
カイトが少年の声を無視して、ダンジョンの地図を購入し、禁止事項やその他の情報を聞き出す。特に嫌な顔をされずに説明してくれた。少年の声のせいでところどころ聞き取りにくい部分もあったが、聞き出せた情報の質に満足し、踵を返したその時、少年が聞き逃せない言葉を上げた。
「ゴブリンの集落を破壊したんだ!功績には十分だろ!」
カイトの足がピタリと止まる。ガランとした酒場で一人待っているサクヤの元に歩き、椅子に座る。そのまま卓に肘をつき、聞き耳を立てる。
少年の口からは何回も「森の中のゴブリンの集落」「街道から少し行った場所にあった」という単語がでてきた。
「カイト、今の話って」
「みなまで言うな」
ため息を吐きながら立ち上がると、真っ直ぐ少年のところまで歩いていった。
「ちょっと話があるんだが、いいか?」
「は?俺は今大事な話をしてーーー」
「少しいいか?」
有無を言わさずに、さらには少しだけ威圧を発動させながら問う。少年の脳内から行かないという選択肢が消え、渋々といった様子でカイトについていった。
ギルドの横の路地裏で少年がカイトに不満をありありと浮かべた声音で聞いた。ちなみにサクヤはギルドで待ってもらっている。
「なぁ。何なんだよ、話って」
奥まった路地に灯りはなく、暗い。カイトは念のために気配感知を発動させ、まわりに人がいないのを確認して、少年に告げる。
「お前が言っていたゴブリン討伐。あれなぁ、やったのは俺だ」
「…………は?」
少年は呆けた様子で、ようやく絞り出した声も何とも間の抜けた声だった。
「あまり嘘はつかない方がいいぞ。俺は何も言うつもりはないが、他の冒険者だと酷いと殺されるかもしれないからな」
カイトはそれだけ言い残すと、もう言うことはないとその場から去ろうとしたが、少年の声が呼び止めた。
「頼む!俺を弟子にしてくれ!十日でいいんだ!」
「断る。俺にメリットがない」
「メリットはないが、デメリットならあるぞ」
「何だ?」
「魔物は殺した後に焼くか埋めないといけない。じゃないと、魔物はアンデッドになるからな。あんたの言うとおり俺はゴブリンを討伐していない。死体から耳を剥ぎ取っただけだ。けど死体は燃やしといた。このことが冒険者ギルドにバレた場合は冒険者ランクが一つ下がるぞ」
初耳だった。冒険者の規約は通常、ギルドカードを作るときに説明されるが、カイトの時は状況が状況だったために忘れられていた。カイトは肩をすくめて、少し演技っぽく少年に言った。
「それは困るな。けどそれを報告するなら必然的にお前のこともバレるぞ?」
カイトにはこれっぽっちも困ることなどない。カイトであれば、一日二日あれば、DからCランクになることができる。
「あぁ。確かにそうだ。けど、冒険者になったのは強くなるためだ。それを捨てて強くなれるなら俺は捨ててやる。言いたきゃ言えばいい。けど頼む!借りを返すと思って俺を鍛えてくれ!」
「………分かったよ。借りは返す。十日だけ鍛えてやるよ」
「というわけでこいつを鍛えることになった」
カイトがハロルドを前に押し出す。
「いつも唐突ですね」
サクヤは可能性の一つとして考えていたため、あまり驚きがなく、その瞳に宿る色合いは呆れの割合が強い。
「ハロルド・ビドウィンです。よろしくお願いします」
さっきまでカイトを“あんた”呼ばわりしていたのに物凄い変わり身の早さだ。
「そういえば、名前言ってなかったな。俺はカイト・シノハラだ」
「サクヤ・アルミタイトです」
「さてと、今日からやるか?」
「お願いします。カイトさん」
場所は移動して、ガルドフィルから少し離れた何もない平原。そこではカイトとハロルドが相対し、サクヤが二人の中間の位置に立っている。
「お前の実力を知りたい。どこからでも打ち込んでこい」
カイトがそう言ったのは、ほんの数分前だ。
カイトがスキル:木工で造った木刀を構え、ハロルドは真剣を構えている。ハロルドが構えている剣はかつてカイトが災厄の孤島で使っていた鋭い切れ味を持った剣だ。
木刀対真剣。ハロルドの心拍数が急上昇する。怪我をさせてしまったら。もし殺してしまったら。ハロルドの思考がマイナス方向に急速に進んでいった。カタカタと剣がなる。
だが、ハロルドの心配は杞憂に終わった。
「来ないなら俺から行くぞ」
言い終わると同時、カイトの姿が消え、次には腹に凄まじい衝撃が突き抜けた。後ろに吹き飛び、地面に転がる。続いて痛みが遅れてやってくる。鳩尾に入れられた突きで呼吸ができない。
ハロルドが涙目で自分がついさっきまで居た場所を見ればカイトが木刀を突き出した態勢でいた。
「早く起き上がれ。じゃないともう一度行くぞ」
肩に木刀を担ぎながら遅い歩みで、一歩一歩着実に近付いてくる。
ハロルドが咳き込みながら立ち上がり、剣を真正面に構える。
「はぁあああああ!!」
多少は剣術の心得があるのか太刀筋は良い。が、それだけの剣がカイトに当たるはずもない。カイトは真横に凪がれた剣の腹に木刀を当て、滑らせるように逸らした。
「よっと」
軽い声の後に重たい音が鳴った。柄頭でハロルドの胴を突いたのだ。死の危険を感じたハロルドが木刀が突き出されるよりコンマ数秒早く後ろに跳んだおかげでダメージが少なくすんだ。
ハロルドの咄嗟の行動にカイトがニヤリと笑う。
「大体分かった。剣はまだまだだが、勘がいい」
「ありがとうございます」
「今日はこれだけだ。本格的にやるのは明日からだ。サクヤもやるか?」
「お願いします」
サクヤが頭を下げてから、腰の鞘から刀を抜く。
「ハロルド、戦いを見て、学べ」
「はい!」
「サクヤが一太刀でも俺に食らわせれば勝ちだ」
「分かりました」
カイト息を吐き出して、剣を構える。腕をダラリと垂らし、油断しているかのような構えだが、隙がない。
先に動いたのはサクヤだった。距離を一足で詰め、袈裟切りを繰り出す。その剣速はハロルドとは桁違いに早い。
カイトは後ろに半歩さがると、木刀を振り上げる。サクヤの顎に振られた木刀を横に避け、真横に刀を振り抜く。
カイトは避けるどころか一歩前に踏み込んだ。これにはサクヤも驚いたが、刀の速度は落ちずにカイトに向かっていく。
「おしまい」
驚くほど呆気なく、木刀がサクヤの首に添えられた。カイトがしたことは至極単純、サクヤの手首を抑えただけだが。
「頭から抜けてただろ?」
サクヤが首を縦に振る。サクヤの剣術は剣だけを扱うものだが、カイトの剣術は体術込みのものだ。
災厄の孤島では身体の全てを使わないと生きていけない。カイトの剣術はトウヤのような流麗さや型など微塵もないが、魔物との戦いで洗練された最適で合理的な一つの流派のようだ。
「身体全体を使って戦え。常に考えろ。虚を突け。騙せ」
「はい。分かりました」
「ハロルドも分かったか?」
「はい!」
「なら今日はここまでだ。明日の朝、ここに来い」
「分かりました!」
その日の夜、カイトが魔法陣を一人で机と向き合い、初級光魔法、光源の魔法陣を描いていた。ベッドから小さくサクヤの寝息が聞こえる。
ハロルドがガルドフィルに戻ったあとにサクヤがカイトに戦い方を教えて欲しいと言ってきた。カイトもそれを了承すると空間魔法と結界魔法を併用して隔離空間を作り出した。
サクヤが全力でカイトに向かっていったが、埃一つつけられなかった。サクヤが行う悉くを、カイトはその場から一歩も動かずに叩き潰した。最後はサクヤの魔力枯渇を起こして、訓練を終了した。
隔離空間から出ると日が傾いていた。宿屋に戻った後、微かに回復した魔力で生活魔法を唱えるとベッドに倒れ込んで寝てしまったのだ。
「光源は描き飽きたしなぁ」
カイトの手元には三枚の羊皮紙があり、その表裏には、光源の魔法陣が隙間なく描かれていた。
「サクヤを起こすのもな。あっ、そうだ」




