ダンジョン都市
翌日の朝、カイトとサクヤが目を覚ました。二人が寄りかかっていた木からは鳥の鳴き声が上がる。
「おはよう、サクヤ」
「おはようございます、カイト」
カイトは欠伸をしながら、サクヤは少し眠たそうに朝の挨拶を交わす。カイトは慣れていたおかげでそうでもないが、サクヤはおかしな態勢で寝ていたせいか少し体が痛そうにしている。
「そういえば、今日は抱き着いて来なかったな」
カイトが意地の悪い質問をサクヤに向ける。その声音にはからかいの意図が幾何か含まれていたが、それとは別にサクヤを気遣う想いも多分に含まれていた。
サクヤは無邪気な笑みで、カイトの質問に質問で返す。
「そうですね。今からでも抱き着きますか?」
「締め上げるの間違いだろ?」
一拍おいて、二人分の笑い声が響いた。
朝から声を上げて笑ったおかげでスッキリした二人は朝食を済ませ終えると旅の準備をする。
「アハト、今日も頼むぞ」
「クルゥ」
やる気満々に答えてから馬に変身したアハト。どこから見ても完璧な馬だ。二人がアハトに跨がるとスピードを上げて、走り出す。ゆったりとした歩調が徐々に早まる。馬は長距離移動には向かないが、魔物のアハトには関係なく、地面を蹴って加速し続ける。
「やっぱ、早いなぁ。パーティに一匹アハトだな」
「テイムするのにパーティが滅びますよ」
「確かに。SSSランクが暴れたら世界の半分なら消せるか」
「クルァア」
余裕ですと言うように鳴き声を上げるアハト。
「サクヤでもやろうと思えば、国の一つや二つぐらい消せるだろ」
サクヤはカイトと旅を始めてから魔物を積極的に狩り、ステータスが軒並み上昇していた。Sランクの魔物なら苦戦の末に勝てるぐらいには強くなっている。
だが、アハトやサクヤがいくら強くなろうとも。
「カイトなら世界を支配できますよ」
カイトの足元にも及ばない。それ程までにカイトのステータスは異質なのだ。
アハトを走らせること数時間。休むことなく走り続けるアハトのおかげでダンジョン都市まであと少しというところまで差し掛かっていた。
どこまで伸びているのか分からない森の道。人の手が入ったその道の床は石畳が敷かれているが、ところどころ木の根が石畳を食い破り、外に出ている。木の葉が揺れる度に日の光が不規則に地面に降り注ぐ。
時間に余裕があるためゆっくりと進む。石畳をカッポカッポと蹄が踏む音や鳥の鳴き声が爽やかな気分にしてくれる。
この森には魔物も闊歩している。カイトの気配感知では結構な数の魔物がいた。その大半はF、Eランクだ。
「サクヤ、F、Eランクで俺の持ってないスキルを持った魔物知らないか?」
「そうですね。ゴブリンの棒術や弓術、スライムの肉体変質、吸収、ホーンラビットの跳躍ぐらいですかね」
「へぇ~。全部居るみたいだから奪ってこようかな」
「………カイトが体を変質させるのは見たくないです」
サクヤの小さな呟きがカイトの耳にしっかり届き、スライムのスキルを奪うのを踏み止まらせた。
「ちょっと行ってくるわ」
「根こそぎ刈り取ったらダメですよ?」
「………了解しました」
全スキルをLv5にまで上げようと、魔物を刈り取るつもりでいたカイトは図星をつかれ、微妙な間の後の返事が弱々しかったことは自分でも良く分かった。サクヤのジト目に耐えかねたカイトが逃げるように森へと入っていった。
数秒後、ゴブリンやホーンラビットの断末魔が響き渡った。さらにそこから数分後に、やけにスッキリした顔のカイトがサクヤとアハトに合流した。
「棒術Lv4、投擲術Lv3、弓術Lv2、跳躍Lv2、木工Lv1、夜目Lv1、遠目Lv1。なかなか豊作だな。ゴブリンの集落を破壊したから、なかなか集まったな」
後ろのサクヤにステータスを見せながら戦果を報告するカイトは子供が玩具を自慢するようでサクヤは少し笑いながら「そうですね」と答えた。
日が傾き始めた頃、遠目から低い塀が見え始めた。騎士が常駐している様子もなく、警備が甘々なようだ。
アハトを蛇に戻し、門へと歩いて向かう。ギルドカードを見せただけで街に入ることが出来た。
ガルドフィルはダンジョン都市というだけあってダンジョンが有名だ。ダンジョンは街の中心にあり、近くには武器や防具の店は勿論、ダンジョン用の魔道具やドロップアイテムが売っている店が並んでいる。
ダンジョン近くは武器防具の店が占領しているため宿屋や他の店は街の外れにある。
何が言いたいかと言うと。
「遠すぎるだろ!」
門から宿屋までとてつもなく遠いのだ。今、カイトとサクヤは近道として路地裏を通っている。大通りを歩くよりは幾分か速いだろうが、それでも着かない。
「サクヤ」
辟易とした様子の前を歩いていたカイトが急に振り返り、サクヤの肩がピクリと跳ねた。カイトがサクヤの前まで来ると膝と腰に手をやり、そのまま持ち上げる。
「幻視」
カイトの唱えた魔法、幻視は対象者の姿を偽ることができる。今のカイトは街の人から鳥に見えている。
「サクヤ、しっかり捕まってろ、よっと」
カイトがスキル、跳躍を使い、二階建ての家の屋根に跳び乗った。スキル、遠目で宿屋の位置を確認して、屋根から屋根を軽やかに移動した。
宿屋の裏で魔法を解いて、宿屋に入る。宿屋は少し古びていた。中はどこも同じようで一階は酒場だった。奥からエプロンで手を拭きながら、女将さんが近付いてきた。
「いらっしゃい。泊まりかい?」
「あぁ。とりあえず、7日分頼む」
「部屋は二階の一番奥の部屋ね。夕食はいるかい?」
「貰うかな」
「はいよ、用意ができたら呼びにいくからね。代金は銀貨ニ枚と大銅貨一枚ね………ピッタリね。それではごゆっくり」
カイトが鍵を受け取り、軋む階段を上がる。二階は誰の気配もなく、ガランとしていた。
カイト達の部屋は宿の中では最も大きな部屋だった。部屋が土足なのは日本人のカイトにはなかなか慣れないものだ。
カイトが二つある内の一つ、窓側にあるベッドにボフンと音を立てて寝そべる。そのまま首を逸らして窓の外を見る。
「中途半端な時間だな」
今は時間にして大体四時半前後だ。
「そうですね………街でも見て回りますか?」
サクヤもベッドに座って、少し悩んだ後ダメ元で提案するが。
「もう歩きたくねぇ」
カイトから返ってきたのは、やる気の欠片もない答えでサクヤも苦笑いだ。
「何をしましょうか?」
何もしなくていいのでは、と言おうとしたがそのサクヤが真剣に考えていたためその言葉を呑み込んだ。
「そもそもこの世界に娯楽ってあるのか?」
「ほとんどないです」
「………魔道具って俺でも作れるか?」
娯楽がないなら作ればいい。カイトの突飛な発言にサクヤがキョトンとしている。
「不可能ではないですが、魔法陣をかけないといけませんよ?」
「サクヤは描けるのか?」
「中級魔法までなら何とか描けます」
「俺に魔法陣の基礎を教えてくれないか?」
「い、いいですけど」
つい先程まで全くやる気のなかったカイトとは打って変わってやる気満々な様子に流石のサクヤも軽く引き気味だ。
宿屋の一室、一つだけ灯りがつけられた部屋でカイトが机に向き合い、真剣な面持ちでペンを走らせる。サクヤはカイトの対面に座って、アドバイスをしている。
サクヤから出された課題は、定規なしで直線、曲線を描くことだった。
魔法陣に歪みがあれば、魔法が発動しない。最悪の場合、魔法が暴発する。課題を達成するまでカイトは普通のペンで練習をしなくてはいけない。
魔法陣を創るためには魔力をこめられた特殊なインクか魔力が多量に含まれている血液が必要になる。魔石を使えば、魔法陣を簡略化することもできるが。
サクヤがお手本で描いた魔法陣は半径十センチ程の円形で機械で描かれたような正確さだった。一度も失敗することなく書かれた魔法陣は光源の魔法を発動させた。今もカイトとサクヤを照らしている。
またサクヤからダメ出しを貰ったカイトは首に手を当てて疲れた様子で背もたれに体重を預ける。サクヤも小休憩を挟もうと思っていたので丁度いいとカイトに疲労回復を効果のあるハーブティーを差し出す。
「サクヤは寝てもいいんだぞ?」
言ってからハーブティーに口をつける。
「いいえ。カイトが頑張ってるんですから私も頑張ります」
「そうか」
チラリとテーブルを照らす光源を見る。魔法が発動している間、インクにこめられた魔力が消費されていく。インクに含まれている魔力の量を確認してから口を開く。
「ならもう少しやってから俺も寝るかな」
ティーカップを受け皿に置き、横にあるペンを握る。円や色々な方向に引かれた線で羊皮紙のほとんどが黒く染まっている。残りのくすんだ白色を塗り潰すつもりで、ひたすらに課題達成を目指してカイトは頑張る。




