龍人族の昔話
いつもなら陽光が差し込み、街を明るく染める時間帯だが、今日の街には灯りがなく重苦しい雰囲気を漂わせている。道行く人達の表情も心なしかどんよりと暗い表情だ。
「天気予報がないからこういうことになるんだよなぁ」
カイトが何かを遮るように当てる必要もない手を額の前辺りにかざし、愚痴る様にこぼした言葉にサクヤが首を傾げる。
「天気予報とは何ですか?」
「文字通り天気を予知して伝えることだ。いつも当たり前に見てたから有り難みなんてなかったんだけどな」
「カイトの故郷は凄いですね」
「そうだな。サクヤのびっくりした顔が楽しみだよ」
普段は屋台の呼び込みが煩いほどに聞こえる商業区の通りには屋台がなく、人も数えられる程しかいないため互いの声がよく聞こえた。街の暗い雰囲気とは対照的な二つの明るい声音の話し声は商業区に響いた。
会話が弾み、徒歩二十分はかかるはずの道のりが酷く短く感じた。こんな日に冒険に出る者もいないせいか冒険者区も人通りが少なく、武器防具を装備している人はもっと少ない。
ギルドに着き、木製の扉に手をかける。軽く押すと木の軋む音が耳朶を打つ。扉が開けた先のギルドは不気味な程に静かだった。いつもは酒場で朝からドンチャン騒ぎしている冒険者も粛々と皿の上の物をつつき、受け付けのカウンターの周りでは資料の紙が擦れる音がその場を支配している。
「ギルドマスターに取り次いでもらえないか」
声をかけるのも躊躇われるような雰囲気を纏っていた受付嬢に話し掛けると、一瞬で雰囲気が変わり、ニッコリと営業スマイルを浮かべた。
「分かりました。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「カイト・シノハラだ」
「分かりました。少々お待ち下さい」
一礼して、すぐ側にある階段を上がっていった。
やることもない二人は依頼書を眺める。依頼書の内容は討伐系や採取系、護衛系に分かれている。中には、勇者の付き添い、Aランク以上の文字が書かれた依頼書があったが、そっと横に張ってあったワイバーン討伐の依頼書を眺めた。
「お待たせしました。ご案内させていただきます」
セシルの部屋の前まで案内されて、受付嬢が三度ドアを叩く。ドア越しでもはっきりと凛とした声で「入れ」と返ってきた。
「それでは」と言って去って行く受付嬢に一応の礼を言ってからドアを開ける。
セシルの部屋は微かにインクの匂いが混じっていた。セシルは書斎机の上でカリカリと羽ペンを滑らせていた。書斎机から落ちている紙には殴り書きされて読みづらいが“モンスタークラウドの報告書”と書かれていた。
セシルはカイト達が来たことにより作業を中断して、疲れた目を休めるように目元をつまみ上を向く。
「わざわざ来て貰ってすまない。掛けてくれ」
差し出された手の先にある長椅子に腰掛ける。セシルも椅子から立ち上がると角に置かれていたカップを手に取り、茶を入れる。コポコポとお湯を入れる音が止み、三つのカップを手にしたセシルがカイト達の対面に座り、二つのカップを差し出す。
「二人のギルドカードが出来たんだが」
そう言って手渡されたカードは軽く薄い金属の板だった。名前の欄にはしっかりと二人の名前が登録されていたが、その下にあるランクの欄には何も書かれていなかった。
二人が疑問に思っていると、セシルが口を開く。
「実は、グレイ様より二人のランクをBまで上げる許可が下りた」
ランクが上がれば、それだけ強い魔物とも戦うこともできる。カイトの目的のステータス収集も進むために大歓迎な事案だ。だがそれならば、セシルはただランクをBに設定したギルドカードを渡すだけでいい。わざわざ言う必要などないのだ。
「冒険者ランクがB以上になると指名依頼が入ってくる場合がある。それも大抵が貴族から」
貴族と聞いて、カイトもサクヤもあからさまに嫌な顔をした。思い出されるのは、醜く肥え太った豚だ。セシルは苦笑いしながら、話を続ける。
「指名依頼は、その名の通り指名された依頼をこなすことだ。報酬は相当なものだが、失敗は許されない。それと厄介なことに指名依頼を拒否することは難しい。だが、リターンも大きい。貴族からの印象が良ければ、その貴族お抱えの冒険者になることもできる」
ここまで話し終えると、テーブルに置かれているカップに口をつける。これから言う言葉がどんなものかカイトとサクヤなら言わなくても分かっているだろう。セシルはカップを空にし、一応の選択肢を告げた。
「冒険者ランク、どうする?」
「Cランクで頼む」
「私もです」
即答だった。
「分かった。受け付けにギルドカードを渡せば、Cランクの冒険者のだ」
応援の言葉を背にカイトとサクヤは去って行った。
「おめでとうございます。カイト様、サクヤ様」
言い慣れているような台詞と共にギルドカードを貰う。先程と違うのは、ランクの横に書かれたCの文字だけ。しかし、ランクがあるだけで見栄え良く見える。ギルドカードを懐にしまい、ギルドを後にした。
必要なものは指輪に既に入っていて、特に旅仕度がいらない二人はそのまま門へと向かった。門番がカイトの顔を見ると、ビクリと肩を震わせて即座に門を開けてくれた。カイト達が門を通り、その背中が見えなくなるまで彼は惚れ惚れするような敬礼を行っていた。
門から結構な距離を歩いていた時、ふとポケットから顔を出すアハトに声をかける。
「なぁ。アハトって馬とかになれないのか?」
言ってて無理難題なのはカイト自身一番分かっていたが。
「えぇ。何でできるんだよ。引くわーー」
出来ない、というカイトの予想に反してアハトは立派な馬に変身していた。変身の課程だが、アハトから発生した魔力の霧のようなものでぼんやりとしか見れなかったが、オタマジャクシがカエルになったような感じだった。
「クルァ!?」
カイトが思わず漏らした言葉にアハトが、酷いと言うような視線を送る。
「カイト、それはいくら何でも酷いと思います」
「そうだな。アハトもすまなかった」
「クルゥ」
「意外と速いなぁ」
馬アハトに乗っているカイトが呟く。景色が流れるように進み、草や花が一本の線のように続く。カイトの記憶にある電車の車窓から見た景色にそっくりだった。
「気持ちの良い風ですね」
カイトの後ろでは風に髪を小さくハタハタと揺らされて、景色を眺めるサクヤもいる。
軽快な動作で進み続けるアハトの背中でサクヤが景色に夢中になっている中、カイトはアハトのステータスを見ていた。使い魔とされた魔物のステータスは主人のみ見ることができる。
アハト 81歳 男
Lv173
HP 7875/7875
MP 6320/6320
攻撃力 6380
防御力 6835
敏捷力 6010
スキル
爪術Lv3【滅爪、飛爪】 高速思考Lv3 火魔法Lv2 水魔法Lv3 風魔法Lv3 土魔法Lv2 闇魔法Lv4 幻覚魔法Lv3 重力魔法Lv4 龍魔法Lv3 結界魔法Lv4 気配感知Lv4 気配遮断Lv3 肉体変質 威圧 高速再生 毒耐性
アハトのステータスは平均6700と高い。これはSSSランクにも引けを取らない。だが、驚くべきはスキルの数だ。災厄の孤島でもなかったスキル数は異常だ。そのスキルの一つ、肉体変質。
肉体変質
スライム固有スキル
自身が捕食したことのある生物に肉体を作り替えることができる。
スライム固有スキル。カイトは魔物固有魔法を使えるが、それはカイトのスキルで奪ったからだ。制限も設けられている。しかし、アハトにはない。カイトが顎に手を当て、考える。
「カイト、何か考えているんですか?」
一言も話さないカイトにサクヤが声をかける。サクヤの声に見ていたアハトのステータスを消し、カイトが後ろに向き直る。
「いや、なんでもない」
「そうですか?」
カイトはアハトのスキルについて考えるのをやめ、旅を楽しむことにした。
魔物であるアハトはやはり普通の馬とは比べものにならない程の力だ。疾走するアハトの背中は驚くほど静かで、震動すらない。
実に快適な移動だったが、快適なのはここまでのようだ。
「ん?雨ですか?」
サクヤの頬を雨水が伝う。サクヤが手を出し、上を見上げると、空の暗雲からポツリポツリと水滴が垂れる。その間隔は徐々に早くなり、遂にはザアザアとバケツの水をひっくり返したような豪雨になった。
カイトはフードを、サクヤは外套を羽織ると気配感知で周囲の地形を把握しながらアハトを走らす。
カイト達は森の一角に腰を下ろした。雨の中では魔物も動かないらしく、止まったままだ。
「天候でも変えるか」
「待ってください、カイト。それはダメです。雨は大地に恩恵を与えるものなんですから」
「それじゃ、どこかに移動するか?」
「旅なんですから、旅らしくしましょうよ。カイトの世界のことを聞かせて下さい」
「ん~。これ以上話すとサクヤの驚いた顔が見れないから却下。サクヤは何かないか?」
「では、昔に龍人族が暮らしていた村で起こった災害を」
カイトが表情に出さないが、聞いても良いのか逡巡するが、サクヤはカイトの考えを見透かしたように少し首を落とす。
「私がまだ幼かった頃、森に囲まれた私達の村には古龍ヴィルドガルムがいました。古龍はいつもは村を一望できる場所で寝ているんですけど、村に災害が起こる数日前にパッと目を覚まして長老に未来を伝えるんです」
「未来を?」
「はい。スキル、未来予知だそうです。古龍が言う未来は絶対でした。魔物の大軍や人族や魔族の進軍。予言がなかったら私達はもうとっくに死んでいました。私達は古龍に感謝をしていました」
「しかし」とサクヤは続ける。この次に起きたことは見ていないカイトでも分かる。
「長老やその他の重鎮がその力を欲したのです」
カイトの予想通りの答えだった。龍人族も人と変わらなかった。莫大な力に魅了され、己の物にしようとした。
「最初、彼らはスキルを奪おうと四苦八苦していましたが、スキルは所有者が決まっていて、覆すにはカイトのようなスキルが必要です。ですが、彼らは諦めませんでした。龍人族は頭が良いんです。彼らが造り出したのは人族が奴隷に使う隷属の首輪の強化版です」
サクヤが憂いを込めた声音で「惨劇を起こすぐらいなら、こんな頭の良さなんて要らなかったです」と嘆くように呟いた。
「服従の首輪と名づけられたそれの効果は魔力を抑えつけ、体の自由を奪います。そして、装着者の命令しか聞けなくなります。古龍は常に寝ているので付けるのは簡単でした」
サクヤの声音が厳しくなり、力が籠もる。
「服従の首輪では古龍を縛ることなんてできませんでした。古龍は怒り狂い、村々を焼き払いました。男達は龍化して古龍と戦い、女子供は地下へと逃げました。私の父も戦いましたが、歯が立たなかったそうです。古龍は向かって来た龍人達のほとんどを殺し終えると、低く村に響き渡る声で言いました。『次、我が眠りを妨げたのならば、一族を皆殺しにしてやろう』と」
サクヤの体が小さくだが、小刻みに揺れる。
「古龍は姿を消し、庇護がなくなった私達の元に幾度となく魔物が襲いに来ました。男達は必死に応戦しましたが、私達が住んでいた村は壊滅しました。その時、私の母も死にました。父はそれを深く悲しみ、母の亡骸を人の手が触れない場所、災厄の孤島に埋めました。父も私も母と離れたくなくて災厄の孤島で過ごしました。父は龍人族は人族に見つからない場所に移動したと言っていました。もしかしたら、またどこかで村を創っているかもしれませんね」
「………そうか」
それしか言えなかった。全て話し終えた後、サクヤはカイトの肩に頭を載せて、ソッと目を閉じた。その日は雨が止まなかった。




