王城
「いつもの恰好で良かったんですか?」
「いいんじゃないか。呼ばれたのは俺等なんだから」
いつも通りの恰好で貴族街を歩くカイトとサクヤは奇異な目を貴族から向けられていた。ジロジロと見てくる視線は気持ちの良いものではない。
セシルはエルフらしい緑のドレスだ。髪の色と合わせて、森の精のようで貴族と見紛うほどに美しい。
不躾な視線を無視して王城に向かっていると前から二頭引きの豪奢な馬車と横には個人で所有しているであろう兵士達が馬に乗って現れた。
やがてカイト達の数メートル手前で止まると中から醜く肥え太っている豚が現れた。体型もさることながら顔も直視するのも避けたいほどに歪んでいる。特に口元が。豪華な服装から相当身分が上だと判断できる。
脂肪が多すぎるせいか足が悪いようで杖を打ち鳴らし、脂肪を揺らしながらサクヤとセシルに近付いてきた。隣にいるカイトは一瞥しただけですぐにサクヤ達に視線を戻す。
「おい、お前達。私の妾にしてやる。一緒に来い」
豚が手前にいるサクヤに触れるのを魔眼で予見したカイトが腰を引き寄せて王城に歩を進める。セシルもそれに続く。
豚が去っていく三人の背中を黙って見過ごす訳がない。ドロドロした視線で三人を見ながら隣にいた一際性能の良さそうな装備をした兵士にボソボソと何かを命令すると、剣を突き出した。それを合図に兵士達がカイトとサクヤ、セシルをぐるりと囲う。
「男の方は殺しても構わん!女は生かして捕えろ!」
豚の声に一斉に斬りかかってくる。最近こんなことが多いなぁと物思いにふけりながら、この状況をどうやって打破するかとぼんやりと考える。
「サクヤ、手は」
隣に視線を向けるとサクヤがいない。どうやら言葉がほんの少し遅かった。地面には気絶した兵士達が転がされている。
風を切り裂くような音がしたかと思えば、次には聞きたくもない男達の悲鳴が耳を劈く。
ため息を吐きながら見ると兵士達が散乱しており、その中心ではサクヤが手をパンパンと叩いている。セシルもセシルでムカついていたのかサクヤに補助魔法をかけていた。
兵士達は急所を守る程度の武装だったおかげでサクヤがうっかり刀で斬り殺すこともなくて良かったと安堵の表情を浮かべるカイト。
「あ、あり得ない!私の兵士達がこんな簡単に!」
肩を震わせながら喋る言葉もやはり震えているため聞き取りにくいが、カイトは聞く意味はないかと切り捨て、サクヤを手招きで呼んで、また歩き出す。
「死ね!」
ぶつぶつと何かを呟いていたかと思えば、急に魔法を撃つ。放たれたのは初級も初級の火魔法、ファイアーボール。
亀のごとく鈍足な魔法に辟易としながら、魔法をその場に固定し、さらに投げ返す。
速度が倍になって返ってきた魔法から必死に逃れようと重たい脂肪をゆさゆさ揺らしながら走るが、到底逃げ切れるはずもなく背中を焼かれる。
「アギャアアアアアア!」
豚が聞くに耐えない悲鳴を上げながら地面に転がり、のたうちまわる。
背中でドサリと倒れる音が聞こえた。メラメラ燃え盛る炎はウォーターボールは鎮火させておく。
豚と遭遇してからは特に何も起きずに王城に辿り着いた。
門の前に立っていた青年が姿勢を正し、聞いてくる。
「ご用件は何でしょうか?」
門扉の前にいた大男のような威圧した声ではなく、物腰が柔らかく優しい声音だ。
「モンスタークラウドの件で王より招待を受けた」
「お名前は?」
「カイトだ。こっちはサクヤとセシルだ」
カイトの紹介に会釈するサクヤとセシル。門番もつられて頭を下げる。
「では、カイト様、サクヤ様、セシル様。少々お待ち下さい」
青年が取り出したのは通信用の魔法道具だ。
魔法道具とは魔物が体内に持つ魔石を用いて造られた道具で総じて高額なものが多い。
「王の御客様だ。丁重に迎えろ」
通信用の魔法道具を仕舞うと笑顔で再び応対する。
「準備が整ったようなのでお進みください」
門が開かれ、城内に入ると、左右に分かれていたメイド達が一斉に頭を下げる。その様子はまさに圧巻だった。
「お待ちしておりました」
バリスが床を滑るように歩いてカイトの前で一礼する。
「王の元までご案内させていただきます」
バリスのの案内で長い廊下を歩く。カイトとサクヤに壁に掛かっている絵や飾ってある壺の価値など分かるはずもなく素通りするが、セシルには分かるようで少々残念そうな顔で歩いていた。
「こちらになります」
バリスが体を進行方向からカイト達に向き直り、手を差し出した先には立派な扉があった。
ひとりでに開いた扉の先には赤い絨毯が敷かれ、王が座る玉座の手前まで伸びている。脇には重武装した兵隊が槍を天井に向け、立っていた。
「よく来てくれた」
カイトと王の距離が縮まったとき、声をかけられた。その言葉を聞き終わると同時にセシルに言われたとおり跪く。
「儂の名は、グレイ。グレイ・S・ユスリル」
グレイは白髪で中肉中背ぐらいだが、余分な脂肪が一切なく引き締まっている。
「そんなかしこまらなくて良い」
砕けた口調で言われた言葉に甘え、三人が立ち上がり、それぞれ一礼してから名乗る。
「それでは。私はカイトと申します」
「サクヤです」
「セシル・エルシエットです」
何気に初めて聞いたセシルの本名だが、そんなのどうでもいいとばかりに話は進む。
「カイトよ。本当に其方がヒュドラを下し、魔王軍幹部を倒したのか?」
兵士達の間にざわめきが迸る。ヒュドラはSSランク、魔王軍幹部は種族の限界値を超えないため魔物のランクで測定するとAよりも少し高い程度といったところだ。
だがそれでも、テイムという厄介なスキルを持ち、凶悪な魔物を従えているため脅威度は高いのだ。
兵士達の視線が刺すようにカイトへと注がれる。
「はい。私が討伐いたしました」
さっきよりさらに大きく周囲が揺らぐ。
「そうか。其方の冒険者ランクを聞いても良いか」
「私とサクヤは冒険者登録をしていません」
カイトの言葉を聞くやいなや、目を大きく見開かせて、続いてセシルを見る。
「セシル。其方は冒険者登録をしていないこの者達を戦場に立たせたというのか」
グレイは規律を重んずるらしい。カイトがそれにしても、と口の中で呟く。
細められたその目にセシルが映され肩が震える。責めるような口調にセシルは言い訳をしない。その通りだからだ。
セシルは謹慎処分か、最悪ギルドマスターの地位を剥奪されるだろうと予想していた。下された罰も甘んじて受けようと王の言葉を待つ。
「お待ち下さい」
それを止めたのはカイトだ。セシルを庇うように前に立つ。セシルが床しか見えなかった視界を上げて、カイトを見る。
「ほぉ。其方が止めるか」
「確かにセシルに連れられてモンスタークラウドを鎮めたのは事実ですが、もし彼女が俺等に助けを借りなければ、この国は滅びることになっていました。彼女の行いがこの国を助けたのです。一考の余地はありませんか」
あの時、確かにカイトはセシルを助けるのに億劫だったし、断ろうとした。それでもセシルは体裁を気にせず、カイトに助けを求めた。
助けるなら最後まで助けないと夢見が悪い。
「ない。規律は規律だ。規律を破るぐらいならば、国が滅んだ方がマシだ。本日を以てセシル・エルシエイトのギルドマスターの地位を剥奪する」
「はい」
セシルはただ大人しく頭を下げる。その様子にカイトの目が剣呑に細められた。
「そうかい」
カイトの今までの丁寧な言葉遣いが崩れた。カイトの周りの空気が音を立てて、軋んだような錯覚をその場にいた全員が覚えた。
兵士全員がカイトに武器を構えた。それぞれの目にはカイトが得体の知れない化け物に見えただろう。
「跪け」
その言葉には抗うことの出来ない重圧があった。その場の兵士達がカイトに跪いた。まるでその場の王がカイトであるかのように。
カイトが悠然とした動作で王に歩み寄る。
「さっきの発言を撤回する気はあるか」
半ば恐喝のような不遜な物言いにしかしグレイの態度は変わらない。
「ないと言ったらどうだ」
二人の間の空間にピシリと亀裂が生じる。世界中から音が消えたかのような沈黙が支配する。
「カイト様。その怒りをお納め下さい。主様もお戯れはよしてください」
バリスが沈黙を破る。神威を使っているなか、動けているグレイとバリスは神経が図太いようだ。
「ハッハッハ」
次いで、何が面白いのか大口を開けてグレイが笑う。その笑いで場が幾らか和らいだ。
「すまなかった。だから怒りを納めてくれないだろうか」
「どういうことだ」
「すいません。実は」
バリスの口から説明されたのはなんとも悪趣味な話だった。要するにカイトの戦闘力を兵士達を使って確かめたかったらしい。
「へー。で、結果は?」
最早不遜な態度を隠そうともしないようでカイトが腕を組みながら苛立った顔で足を鳴らす。
答えを急かすように短いテンポで鳴らされたそれに、だがグレイはゆったりとした口調で答える。
「流石だ。まさかここまでとは思わなかった」
「そうかい。で、シエラの処遇は?」
「うむ、今回はことがことなだけになくてもいいだろう」
「それを聞いて安心した。もう帰っていいか?」
いかにも帰りたいですと言ったカイトに流石のグレイも苦笑いだ。周りの兵士達はカイトの無礼な態度に眉をひそめているが、言葉にしようものなら即刻首を刎ねられそうだと言葉を飲み込んだ。
「いや、今回の功労者である其方達三人に褒美を授けようと思ってな」
「そうだな。なんかあるか?」
一応、顎に手を当て考えてみるが何も浮かばない。サクヤに視線を送るが、首を振って答える。
「私は特にありません」
お前はどうだとセシルを見るが、ブンブンと首を振った。
「私に褒美など恐れ多い」
「貰っとけ。なんならさっきのことに難癖つけてこの城にある金銀財宝を貰っとけよ」
カイトがグレイを見ながら悪い顔をする。カイトの様子にグレイが肩をすくめる。
「それはもう盗賊の言葉ですよ?」
「本当だな」
サクヤがカイトを諫め、セシルがそれを見て笑う。兵士達がさっきよりも強く殺意を宿らせた目でカイトを見ている。
「バリス、とりあえず宝物庫に案内してやれ」
「御意に」
カイト達がいなくなった後の謁見の間には人数分のため息が響き、辛気くさい雰囲気になったことなど知るよしもない。
「ここが宝物庫です」
宝物庫は幾重にもロックがかかった扉の先にあった。武器に防具、アクセサリーに宝石などが棚に陳列されていた。床には恐らく金貨が大量に入っているだろう麻袋が転がされていた。
「主よりこの中の物なら何でも一つ持っていってよいと仰せつかっております」
「そうか」
興味がなさそうな目で国宝を眺め、時に触ったりするカイトとサクヤとは対照的にセシルは恐る恐るといった感じで国宝を手に取り、まじまじと見ている。
「欲しいものがない」
一通り宝物庫を見て回ったカイトだが特に欲しいものは見つからなかった。武器や防具はカイトの持つ物の方が幾分も上等だ。アクセサリーにも興味がない。
「私はこれです」
サクヤが手に持っていたのは魔力を向上させる、マジックブレスレットだった。
「私はこれだな」
セシルが持ってきたのは側面に羽が付けられているブーツだった。敏捷力に微量だが向上させ、風魔法に適正を持つ者にはさらにプラス補正がかかる、隼のブーツ。
「カイト様はお気に召すものがございませんでしたか。どのような物をご所望なのですか」
「そうだな。俺はもう一本刀が欲しいかな」
「それでしたら、少々お待ち下さい」
バリスがそう言い残して去って行った。何だろうと首を傾げていると、バリスはすぐに帰ってきた。布でくるまれた何かを携えて。
「こちらをどうぞ」
手渡されたそれにかかっている布を取るとトウヤの光を吸い込むような漆黒の刀と対極の、闇の中でも光輝くような神々しいオーラを放つ白い刀だった。
「この刀は?」
「私が冒険者時代に使っていた刀でございます」
「‥‥‥‥ちなみにその頃のランクは?」
「確かSランクだったと思います。あの頃は刀聖と呼ばれたものです」
昔を懐かしむような目で上を見上げるバリス。カイトは斜め後ろにいるセシルに目を向ける。その視線の意味に気付き、記憶の奥底から刀聖の記録を引っ張り出す。
「確か、二十ハ歳でSランクまで上り詰めた刀術の天才。刀一本で竜を討伐したり、新規の迷宮の攻略にも一役買ったりと、数々の偉業を成した傑物です」
カイトが再度視線をバリスへ向けるとバリスは執事らしくフォッフォッフォッと笑う。
「まあいいや。とりあえず有難く貰っておくよ」
「いえいえ。武器も使って貰った方が良いでしょう」
「じゃあ、そろそろお暇するとするか。案内は要らないから」
「そうですか。主には私から伝えます」
王城を出た頃には日が傾いていた。太陽の橙色の陽が街を染めていた。モンスタークラウドの影響からか街を歩く人達は皆一様に宿屋や自分の家に帰っている。
いつも屋台が出ている商業区はがらりとしていた。食べ物が飛ぶように売れて、食材が切れたからだろう。
アベイドに来てからは息を吸い込むと決まって屋台の食べ物が入り混じったような匂いが肺一杯に詰められた。アベイドに来てたった三日なのだが、それがないのが寂しいと思える。
「そろそろダンジョン都市に向かうか」
「そうですね。ダンジョン攻略しましょう」
「そうだな。踏破するぞ」
「盛り上がっているところ悪いけど、ダンジョンに入るには冒険者ランクC以上必要だぞ?」
「セシル、俺とサクヤの冒険者登録よろしく」
「よろしくお願いします」
「分かった。モンスタークラウドの功績としてランクもCまで上げておくよ」
「ありがとな。明日ギルドに行くから、その時に頼む」
「分かった、準備しておく」
セシルはカイトとサクヤの背中を見送り、ギルドへと帰る。心の中に去来する寂しいという感情に驚きながら、気のせいだと首を振った。




