カイトの平和(?)な一日
しばらく星を眺めていたが、肌寒くなってきたので宿へと歩を進める。サクヤはカイトと指を絡め、手を繋ぐ所謂恋人繋ぎができて幸せそうな顔をしている。鼻歌交じりでルンルンなサクヤにカイトが頬を綻ばせる。
カイトは気配感知でセシルが寝ているのを確認してからゆっくりドアを開ける。エルフは耳が良いので部屋に入るのにも細心の注意が必要だ。
「さてと、一緒に寝るか」
「そうですね」
最早最初の頃の恥ずかしさなど微塵もなく、手慣れたような会話だ。二人はベッドに横になる。前の宿のようにベッドは大きくないためにサクヤはカイトの腕の中にスッポリ収まった状態だ。
それから数十秒後にはカイトの寝息が聞こえる。サクヤは瞑っていた目を開ける。前にはカイトの顔がある。今日の出来事も相まってその顔を見ているだけで胸が高鳴るのを感じる。鼓動が煩くて眠れない。
サクヤが眠れないまま一夜が明けた。
カイトは久々にぐっすり眠れたおかげでしっかり目を覚ました。体を起こし、今日はしがみついてこなかったサクヤを見る。
「サクヤ、寝てないのか?」
サクヤは目の下にうっすらと隈を作り、眼は軽く眠たげだった。カイトの問いかけに黙って首を縦に振る。
「今日は寝てろ」
「すいません」
そう言って布団を口元まで持ってくる。
「それじゃ、こっちも起こすか」
カイトはセシルが眠るベッドに近づく。セシルはサクヤとは違い、すこぶる寝相が良く、動いた跡がない。
カイトはセシルの枕元にいるアハトに手を伸ばす。アハトはずっと起きていたのか小さな口を少し開き、欠伸をしながら手を伝ってポケットにスルスルと入っていった。
「セシル~。起きろ~」
体を揺すりながら呼びかけるが、一切反応を見せない。しばらく起こそうと努力したが、起きる素振りを見せない。
「ハイフリクエンシー」
中級音波魔法のハイフリクエンシー。耳の良い種族や魔物が嫌がる高周波を出す魔法だ。これなら起きるだろうと思ったがダメだった。
「耳の中に水でも入れてやろうか」
カイトが手に小さな水球を出し、耳に注ごうとした丁度その時、大きな鐘の音が響いた。ゴ~ンと独特な音を響かせながら数回鳴ってから止んだ。最後の鐘の音が鳴るとセシルの目が覚めた。
「おはようございます。カイトさん」
「おはよう」
魔法で起きなかったのにただの鐘の音で起きたことに釈然としないカイトだった。そんなことなど知らないセシルがベッドから立ち上がる。
「セシル、サクヤを寝させてあげたいし、出て行くぞ」
「分かりました」
カイトはドアを開き、セシルを先に行かせる。カイトも部屋を出てからベッドで眠そうなサクヤにギリギリ聞こえるぐらいの声音で伝える。
「ゆっくり寝ろよ。腹が減ったらそこにある果物でも食えよ」
「ありがとうございます」
サクヤの声を聞き、少し笑いながらドアを完全に閉める。宿屋の一階に下りると恰幅の良い女将さんが近付いてきた。
「あら、ごめんなさい。昨日のモンスタークラウドのせいで仕込みが出来てなくてね。悪いんだけど、朝食は他所で済まして貰えないでしょうか」
見ると調理場では亭主さんが忙しなく動き回っていた。
「わかりました」
ということでセシルを連れて商業区を散策している。どこの屋台でも一緒なのか屋台には長蛇とまでもいかないが、長い列が出来ている。
「どこで食おうか」
「そうですね」
セシルが考える。そんなセシルを見てカイトが言う。セシルが考えを止め、カイトの顔を見上げる。
「‥‥‥‥‥セシルの敬語、なんか違和感が凄いから止めてくれないか?」
カイトの歯に衣着せぬ物言いにセシルが思わず苦笑いする。
「分かった。それで朝食はどうする?屋台にするか?」
「屋台も大体一緒で食い飽きたしな。どこかないか?」
「それならギルドで食べないか?」
セシルの提案にカイトはギルド内の酒場を思い出す。酒場は小綺麗ではあった。だがそれ以上に騒々しいイメージが強すぎる。そんなカイトの考えを読んだのか口元に手を当て、少し笑って教える。
「大丈夫だぞ?朝は冒険者の多くが依頼に出かけているからな」
「それならいいか」
カイトとセシルがギルドの扉を開けると中からむせ返るような酒の匂いがした。辺りには酔いつぶれている冒険者達が転がっている。邪魔で仕方ない。
「なぁセシル、どこが大丈夫なんだ?」
強烈な酒の匂いに鼻をつまみながらセシルを見る。
「すまない。まさかここまでとは思わなかった」
「それよりここで飯食えるか?」
「無理だろうな」
「なら観光区か、最悪俺が持ってる食料でも良いだろ」
カイトとセシルは踵を返してギルドから出て行こうすると、階段からバタバタと慌ただしく下りてきた受付嬢が早口でセシルに言う。酔っぱらい冒険者達が受付嬢の階段を下りる足音に顔を歪めていた。
「セシル様、王城より使者様が来ています。只今、ギルドマスターの部屋にて待って貰っています」
「分かった。すまないカイト、私は行かせて貰う」
「気にするな」
セシルは足早に去って行った。カイトはセシルの背中を見送るとギルドを後にする。久々の一人の時間をどう過ごそうかとぶらぶら歩く。
カイトが向かったのは観光区にある一つのカフェだ。公園が見渡せるテラス席にサンドイッチとコーヒーの置いてあるトレイを持って腰掛ける。
サンドイッチを食べ終え、コーヒーをすする。公園を歩く一組の夫婦を見て、閃いたカイトは商業区へと向かった。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなものをお探しでしょうか?」
やってきたのは宝石店。丁度サクヤもいないので指輪を買いに来たカイト。店員に手を差された席に座る。
「指輪を買いたいんですが」
「指輪ですね。少々お待ちください」
店員は店の奥へ消えていったかと思うとすぐに五つの箱を持ってきた。
箱から取り出されたのはそれぞれ赤、青、白、緑の宝石があしらわれた指輪だ。赤はオーバルブリリアントカットに、青はスクウェアステップカットに、白はラウンドブリリアントカットに、緑はエメラルドカットに加工されている。
全てが意匠を凝らした一流の品であることは容易に分かった。しかし、カイトの目を引いたのは最後に取り出された指輪だった。
箱から出された指輪は二つ。二つで一つの指輪のようだ。指輪のデザインは白一色とシンプルだ。
「こちらの品はとても頑丈に造られています。さらに魔力を注ぐと相手の場所を把握することができます」
「これにします」
「お買い上げありがとうございます。大銀貨六枚です」
大銀貨を渡し、店を後にする。店を出てから商業区の大通りを歩き、門に向かう。人混みをかき分けて進み、門が見えた時に異変に気付く。門の周囲に騎士が多数配置されている。遠巻きに眺めるだけでも威圧感が凄いが、カイトは自分には関係ないからと門の前まで歩く。
カイトが近付いたことにより騎士の間にざわめきが走る。カイトも変に思い、足を止める。そんなカイトの周りを鎧を鳴らしながら囲む。カイトはいつでも戦いに入れる用意をする。
カイトの前の騎士達が左右に分かれる。
「黒髪黒目の少年。貴殿には王より召集がかかっている。同行願おうか」
騎士の間から現れたのは周りよりも豪華な騎士甲冑に身を包んだ傲慢そうな騎士だった。声の低さから相当な年だということが分かる。兜で見えないが、見下すような視線を感じる。
カイトはポケットで寝ているアハトを起こし、音波魔法でメッセージを送る。アハトは了承したようでバレないように足から滑り降り、騎士の足元を抜けていった。
「同行の理由を聞こうか」
「王の命令だ」
「拒否する。明確な理由もなく行くかよ」
「そうか。なら力尽くに行かせて貰う」
傲慢騎士が手を挙げると周りの騎士達が一斉に剣を抜く。
前にもこんなことがあったなぁとしみじみと思いながら構える。商業区なので、野次馬が多い。商人や職人、冒険者が面白げに観戦しているため、神威は使えない。
刀を使うとうっかり殺してしまうために素手で構える。騎士が何も持たないカイトに舐められていると思い、激昂しながら斬りかかる。
殺気剥き出しの剣など当たるはずもなく、振り下ろされた剣の腹に手を添えて受け流す。剣が地面に当たり、甲高い音が響く。カイトは振動魔法を併用した発勁を当てる。騎士の男はボーリングの如く後ろの騎士共吹き飛ばす。
背後から迫る凶刃をかわし、顎に絶妙に手加減された蹴りを入れる。脳を揺らされた騎士はガクリと膝から崩れ落ちる。
瞬く間に無力化された仲間を見て、騎士達が一歩下がる。だが、戦意をなくしてはいない。それどころか戦意も殺意も増すばかりだ。
カイトはもう知らないと足下に落ちている剣を広い上げる。
剣を構えたカイトから肌を刺激するようなオーラが出る。それは剣気とでもいうのだろうか。今度は無意識に一歩下がる。
「「「「「ウォオオオオ!!!!!」」」」」
自分を奮い立たせるように雄叫びを上げながら五人の騎士が斬りかかる。カイトの手がほんの一瞬ぶれたかと思うとカランカランと剣身が根元から折れていた。唖然とした騎士の顎に撫でるように掌底を入れると足元に騎士が倒れ込む。
騎士達がカイトに畏怖の視線を送る。
「おまえら!早く行け!」
傲慢騎士が後ろで大声を張り上げる。騎士にとって逃げることは国に背くと言っても過言ではない。敵前逃亡は極刑確定なのだ。
騎士からさっき以上の殺気が漏れ出る。騎士達はカイトを強大な敵と認識する。なめてかかっていたのは自分達だと。
騎士達は訓練の賜とも言うべき波状攻撃を仕掛ける。それの練度はとてつもなく高い。並みの敵なら簡単に討伐できるだろう連携だ。しかしそれはあくまで並の敵だ。
重い鎧を身に付ける騎士達が宙を舞う。カイトが突き出した挙の風圧によって。騎士達が雨のように地に落ち、うめき声を上げる。
騎士がいなくなり、カイトの前の見晴らしが良くなる。圧倒的な差に騎士達の足が動かない。カイトが足元に転がり気絶している騎士達をスルーして歩く。
「カイト、私からも同行願いたい」
カイトの前にふわりと降り立ったのはセシルだった。
「なんでだ?」
「それは私が説明いたします」
セシルに尋ねたのに返答が聞こえたのは明後日の方向からだった。声がした方には細身で燕尾服を纏った初老の男性が立っていた。一目見て分かるが、この男は相当な手練れだ。
「申し遅れました。私は王の側近をさせていただいております、バリスと申します」
胸元に手を当て、腰を折る。優雅な動作で頭を下げるバリスという男性からは一切の敵意がないため剣を床に投げ捨てる。
「俺はカイトだ。それより状況説明を頼む」
「分かりました。此度のモンスタークラウドの一番の功労者、カイト様に王が会いたいと仰りましたので」
「それにしては随分乱暴だが?」
カイトが周囲に倒れ伏している騎士を睥睨するがすぐに視線を転じる。
「それに関しては謝るほかありません。この者達が手柄欲しさに行ったことなので何卒御容赦ください」
「それはいいよ。怪我もないし、服も汚れてないからな。それよか、俺が王城へ行くのを拒否した場合、どうするんだ?」
「諦めて王城へ帰らせていただきます」
カイトが少し驚いたような顔する。
「てっきり力尽くで連行されると思ったんだが」
「カイト様に傷を負わせるなど無理なことは分かっております故」
「それは嬉しい言葉だな。一つ聞いてもいいか?」
「何でございますか」
「何で俺が一番の功労者なんだ?」
「SSランク級の魔物一体、Sランク級上位の魔物二体、そして魔王軍幹部、クリーチャーマスターのサベル・キルヒトまで倒したのですから」
全ての戦闘においてカイトは常に気配感知を発動させていた。その上で気づけなかったことに訝し気な目をする。
「何でそこまで知っている?」
「王の持つスキル:戦況把握と千里眼によるものです」
バリスの後ろにいるセシルの驚きから恐らく相当重要な機密事項ということが窺えた。
「そこまで教えて良いのか?」
「こちらの誠意です」
「なるほどねぇ。城に行くのはいつでも良いのか?」
「はい」
「それじゃあ明日の昼頃行かせて貰うよ」
「お待ちしております。セシル様には大変申し訳ありませんが、カイト様とご一緒に訪問されていただくと幸いにございます」
再び腰を折ったバリスが踵を返し、野次馬の中に消えていった。カイトもこれ以上野次馬の視線を浴びたくないので、口を開けてポカンとしている門番をビンタして正気に戻し、門を開けさせる。
やけに遅く感じる門扉にカイトは苛立ち、人一人入れるぐらいのスペースが空いた瞬間、そそくさと草原に走っていった。モンスタークラウドの影響でそこら中に赤いシミやクレーターが残っていた。
「大銀貨六枚も使ったからな。稼いどかないと。本来の目的のステータスの収集をしないとな」
カイトは小高い丘の上で瞑想するように心を静める。スキル:気配感知を使うと辺りの地形が全て把握できる。膨大な情報の洪水の中から魔物を探す。
ひたすら魔物を狩りまくった頃には日が傾いていた。アイテムボックス内の素材を満足げに確認し終えると、手間だからと移動で宿屋に戻る。
サクヤは安らかに寝ていたままだ。傍らにはカイトの命令を受け、サクヤを守っていたアハトがいた。アハトは蜷局を巻いて寝ている。
カイトは椅子をベッドに近付け、腰を下ろす。ベッドの側に置いてあった果物が幾つか減っているのを見て、食欲はあるようだと安心する。カイトはサクヤの寝不足の原因が自分なのだということは知るよしもなかった。
カイトがサクヤの寝顔を見ていると欠伸が出る。大きく口を開け、声を漏らす。目尻に浮かぶ涙を払うと背もたれに体重を預け、天井を見上げる。
サクヤが目を覚ました時、まず最初に目に入ったのは椅子に凄い姿勢で寝ているカイトだった。
ギョッとしたサクヤが自身にのしかかる布団を押しのけて体を起こす。ベッドの淵に足を放りだして、カイトと向き合う。
よく見ればカイトの服の裾に土や赤い何かがついていた。サクヤは小さく生活魔法を唱えると、汚れが消える。
魔法の気配を感じたカイトの目がゆっくりと開かれた。椅子から立ち上がり、大きく伸びをする。首を鳴らすとサクヤを見下ろす。
「おはよう、サクヤ」
「おはようございます」
「腹減ったな。下に行くか」
「そうですね。私もお腹減りました」
階段を下りた先、下の広場には冒険者がわいわいと騒いでいた。耳に何を討伐しただの誰々がクエストに失敗しただのという情報だった。そんな情報を右耳から左耳に流しながら、一つの席に着く。
「ご注文はお決まりでしょうか」
「ここのおすすめを一つ、サクヤは?」
「私もそれでお願いします」
「ご注文承りました。それではごゆっくり」
そう言って店の奥へと消えていった。
「カイト、今日は何をしていたんですか」
「今日は特に」
何もしていなかった。そう言おうとしたら、後ろの剣士のような恰好をした青年が仲間に自分のことのように大声で話す話をカイトとサクヤの耳に運んだ。
「今日、南門の前で騎士達を薙ぎ倒していた奴がいたんだよ」
「本当か」
「本当だよ。それも素手で。最後には拳を突き出しただけで全員を吹き飛ばしたんだよ」
「そんなのどこの化け物だよ。そんなのSランクの冒険者でも不可能だぞ」
「嘘つくならもう少しマシな嘘にしろよな」
剣士の男が仲間のみんなから笑われている。それはそうだろう、と関係ない冒険者までも笑い、その剣士の男は本当だと反論する。普通なら信じないような馬鹿げた話だ。
「今日は特に、何ですか?」
だが、生憎とサクヤは笑ってはくれない。笑ってはいるのだが、その目は尋問でもするような色を見せている。
「本当は騎士に絡まれました。怪我させないように倒したら明日の昼に王城に行くことになりました」
何となく敬語で話してしまうのは仕方ないなと誰にするでもない言い訳をしながら、カイトはサクヤを見る。サクヤは軽く呆れた様子でカイトを見ていた。
「分かりました。くれぐれも粗相のないようにしてくださいね」
「いや、サクヤも一緒だぞ?」
「‥‥‥‥‥は?」
数秒間のフリーズ末、出た声は何とも間の抜けた声でカイトが吊り上がる口角を引き締める。
「モンスタークラウドのことなんだから、サクヤも一緒だろ?」
「‥‥‥‥そうですね、私も行きます」
その後、二人は夕食を食べると部屋に戻った。戻った後は何をするでもなく、ただ他愛ない話をしありしながら時間を潰す。日がすっかり落ちて街を闇色に染まった頃にしたカイトの小さな欠伸で二人は床に着いた。
指輪は日本に帰った後に出そうと思います




