モンスタークラウド終結
戦場となっている平原だった場所は緑が完全に失われ、魔物の死体や冒険者の死体がそこら中に散らかされており、まさに死屍累々とした様子だ。
カイトは気配と魔力の感知を始める。そして、予想外な魔物の強さに顔を歪める。
「セシル、これはヤバいぞ。SSランク一体、Sランクニ体、Aランク五体。ここにいる全員でかかっても勝てないぞ」
カイトは魔物の戦力とともに冒険者や騎士の強さを大体把握していた。勝てる可能性はハッキリ言って皆無だ。
「そんな!」
「作戦変更だ。SSランクとSランクは俺が殺る。サクヤはAランクをセシルと殺れ」
「分かりました」
カイトはサクヤの返事を聞いてから、そのまま戦場を縫うように走り出した。
「セシルさん、行きますよ」
「はい」
サクヤはカイトのステータスを覗き見ようとしたことをまだ怒っているからか、セシルを見る目は険しい。セシルも反省しているため甘んじて受け入れ、言葉使いを正し誠意を見せる。
カイトは襲い来る魔物を刀で斬り倒しつつ、魔力の反応が強い場所に向かう。
倒しても倒しても減らない魔物に痺れを切らしたカイトは刀を鞘に戻し、全力の魔法を使う。
勇者との再会時に見せた八つの巨大な魔法球が形成される。そして、それら全てが別の方向に飛ばされる。
火球にふれた魔物は一瞬の内に全身燃え尽きる。水球にふれた魔物は触れた場所を抉り飛ばされる。
土球はふれた魔物を石化させる。
風球はふれた魔物を切り刻む。
闇球はふれた魔物の存在を消す。
光球はふれた魔物を浄化し、灰にする。
雷球はふれた魔物を一瞬で黒焦げにする。
重力球はふれた魔物を飲み込み、圧縮する。
それから程なくしてSランクの魔物ー体を見つけた。赤い肌に筋骨隆々の鬼。腕には木をそのまま引っこ抜いて邪魔な部分を削ぎ落としたような丸太。
カイトは殺気を一切出さずに丸太の間合いに入る。入った瞬間に丸太が大きく振られた。たったそれだけの行動で下手な風魔法を超える風が起こり、砂埃を巻き散らす。
砂埃が晴れた先、カイトの姿はなかった。気配感知でカイトを捉えた。丸太の上に。だが、気づいた時には遅く、赤鬼の腕が斬り飛ばされた。
「ウガァアアア!」
咆哮を上げながら、カイトを捕まえようとする腕を掴み、筋力にものを言わせ背負い投げをする。
背中をたたきつけられたことにより背骨が嫌な音を立てる。悶え苦しむ赤鬼の首に刀の切っ先を突き立てる。
「グガァアアア!」
背後から豪腕が振り下ろされる。右腕で受け止めたが、急な事で受け流しが上手くいかずに軽くHPが減る。赤鬼が僅かな隙をつき、カイトの喉元に手刀を突きつけようとしている。
カイトは結界魔法を使い、手刀をそらし、後ろにいる魔物の豪腕を握り潰し、投げ落とす。投げ落とされた魔物も上から叩きつけられた赤鬼の方も瀕死状態だ。
驚いたことに背後の魔物もまた赤鬼だった。だが、片腕しかまともな部位がない。他の部位は煙を立てながら再生中だ。
カイトは二体の赤鬼からステータスを奪い取ると再生の正体を探る。
超速再生
魔力を消費することにより回復速度を超上昇させる。老化しなくなる。
カイトの持つ高速再生の上位互換だ。カイトが切り落とした腕から体を再生しようとしていたようだ。
カイトが次に発見したのは魔物を喰らい強くなる魔物、キマイラ。気味の悪い魔物の咀嚼音が響き渡る。
気配遮断で完璧に気配を殺しているカイトに気づいたキマイラが首をあり得ない角度に曲げ、赤黒い瞳でカイトを捉える。
予備動作なしの炎弾がカイトに放たれる。カイトは魔眼を使い、魔斬を発動させた刀で切り払う。
キマイラが魔法は意味ないと分かるとすぐさま縮地で距離を詰める。キマイラが水平に振るった爪を上半身を反らしてかわすと地に手をつき、顎に蹴りを入れる。
顎を蹴られたキマイラが一回転して着地するが、脳を揺らされ、足元がおぼつかない。
キマイラが頭をブンブンと振り、カイトの姿を捉えたとき、刀を振り下ろそうとしていた。
キマイラは咄嗟に首を引き、土魔法でカイトの左足元を沈める。カイトの刀はキマイラの顔に浅く傷をつけただけだった。
安堵したのも束の間、カイトは右足を軸に回し蹴りを放ち、キマイラの頭部を爆砕させた。
Sランクの魔物二体の始末を終え、SSランクの魔物を探す。そのSSランクの魔物は森の中で動いていない。魔力の流れに異常はないため生きているのが分かる。
不思議に思いながら反応があった場所へ向かった。
そこには八つの頭を持つ龍、ヒュドラがいた。だがそれよりもカイトの視線はヒュドラの脇に立っている男に固定されていた。
今まで完璧に魔力と気配を消していたその男。浅黒い肌に紫色の短髪の美青年。軽鎧を身につけ、背中には身長程はある大剣を装備している。
「貴方が私のかわいいペット達を殺していたのですか?」
「かわいいかどうかは別にして、多分そうだな」
「そうですか」
ブワッと殺意が吹き荒れる。背中にある大剣を軽々片手で振る。
「殺す前に名前ぐらい聞いておきましょうか」
「カイトだ」
「私は魔王軍が幹部、サベル・キルヒトと申します」
名乗り終えると強く踏み込み斬りかかる。それを刀で受け止める。カイトは先程出た魔王軍という単語に厄介なことに絡んだなと情報を得るために苦戦を演じる。
「なぁ、なんでアベイドを襲った?」
ギリギリと鍔迫り合いをしながらカイトが聞く。
「お喋りとは余裕ですねっ!」
カイトの刀を押し返し、蹴りでカイトを吹き飛ばすサベル。カイトは腕で蹴りを受け、自ら横に跳ぶ。
「破斬ッ!」
サベルが大剣を振り下ろすと地面に一直線に亀裂が走る。カイトはそれを紙一重でかわす。見ると後ろの木まで真っ二つに割られていた。
「クルァアアア!」
今まで全く動かなかったヒュドラが動き出す。八つの頭の内の一つが天に向かって吼える。
「グッ、重力魔法か」
体にかかる重力が跳ね上がる。サベルがその隙を逃すはずもない。
「当たりです。衝刃ッ!」
カイトは唐竹割りに振るわれた大剣を半身になってかわす。だが、衝刃の本領は地面にぶつかってこそ発揮される。
大剣が地面に触れた瞬間、衝撃波が大きく広がり、カイトの体を吹き飛ばす。
「「「「グルガァアアア!」」」」
カイトに一斉にブラックボールを発射する。逃げようとするカイトにさらに重力が上乗せされ、足が地面にめり込む。
「光よ、撃ち抜け、ホーリーキャノン」
カイトから放たれた極太の光線がブラックボールを全て飲み込み、後ろのヒュドラに突き進む。
「「「キュアアア!」」」
ホーリーキャノンがヒュドラの前で目に見えない壁に阻まれる。
「今度は結界魔法かよ。面倒くさいな」
「喰らいなさい。砕刃ッ!」
背後から薙がれた大剣にいち早く気づき、上半身を反らし、剣の腹を殴る。大剣を跳ね上げられ、できた隙は大きい。片手を地面につき、遠心力をたっぷり乗せた蹴りをサベルの横腹に叩きつける。サベルは地面を滑るように後退する。
「ゴブッ」
口から血を吐くサベル。口元を拭いながら血が混じった唾を地面に吐き捨てる。
「化け物ですね。まさか二対一の上、重力魔法をかけられながらも私に傷を負わせるとは」
「そうかい。まだやるのか?俺としては情報さえはいてもらえば逃がすんだけど」
「ご冗談を」
「やっぱりか」
サベルからは情報を引き出せないと分かり、カイトが落胆の表情をする。カイトは小さく「もういいか」と呟くと本来のステータスに戻す。
手加減
ステータスの値の倍率を変えることができる。
カイトはステータスを十分のーに制限していた。その鎖から解き放たれ、あり得ない量の魔力が解放される。
魔族はエルフ程ではないが、魔力に敏感である。サベルがカイトの魔力に当てられ、本能で悟る。絶対に勝てないと。
「「「「「「「「クルァア」」」」」」」」
ヒュドラが情けない声を発しながら八つの頭を垂れる。
カイトは弱々しく振るわれた大剣を帯電している刀で止め、サベルを感電させる。サベルはそのまま前のめりに倒れる。カイトはサクッとステータスを奪うと地に体が付く前に首を飛ばす。
「さてと」
カイトが縮こまっているヒュドラに視線を転じる。見られたヒュドラが体を震わせる。だが、次の一言に生き残る一筋の光を見つけた。
「俺にテイムされないか?」
サベルから奪ったスキルの一つ、テイム。魔物を従わせることができるそのスキルの実験としてヒュドラが選ばれた。カイトの気まぐれが図らずもヒュドラの命を救ったのだ。
ヒュドラの八つの頭がブンブンと縦に振られる。
テイムには相互の同意と名付けの行為が必要だ。
カイトは少し考える仕草をしてから閃いたのか掌を叩く。
「お前の名前はアハトだ」
「「「「「「「「キュア」」」」」」」」
アハトが頷くと、カイトとアハトの足元に魔法陣が浮かび上がる。魔法より魔法らしい。
「テイムできたな。それとアハト、もう少しコンパクトにならないか?」
「「「「「「「「キュア」」」」」」」」
アハトが一声鳴くと、体が縮まり細長くなり、八つの頭が一つにまとまる。その姿は、蛇だった。
「アハト、乗れ。急ぐぞ」
「キュア」
アハトがカイトの体に巻き付き、頭の上に陣取る。
「‥‥‥なぁアハト、頭じゃなくて別のところにしてくれないか?」
アハトは頭まで来ると蜷局を巻いた。なんとなくだが、アハトをぶん殴りたいと思ったカイトだった。
カイトは今、ステータス全開で走っている。アハトはカイトに諫められた後、しょうがなしに体を更に小さくしてロングコートのポケットに収まった。
ついさっきサクヤとセシルの魔力反応を探っていると、見つけたのは見つけたのだが周囲をAランクの魔物に囲まれ、弱っていた。
「クソがッ!」
悪態をつきながら雷を纏い、駆ける。肌を焦がす雷は一切魔物を近寄らせない。カイトの振動魔法も使った踏み込みの余波で地面は爆ぜ、それにより発生した衝撃波が魔物を吹き飛ばす。
周りに冒険者が増えてこようが、速度を落とすようなことはしない。
「固まってますね」
「そうですね」
カイトと別れた二人は迷いなど一切ない足取りで示し合わせた訳でもないのに同じ方向に走り出す。
サクヤは剣で魔物を切り払い、セシルは弓で頭をピンポイントで撃ち抜く。二人の戦いぶりに鼓舞された冒険者達が哮る。
周りの魔物は冒険者達に任せ、一際大きな魔力反応に向けて走り出す。
サクヤとセシルが同タイミングで動きを止め、完璧に気配を消す。視線の先には、いかにも強そうな魔物達が歩いていた。
腕が異様に発達したゴリラ、ヘラクレスコング
炎を纏った狼、炎狼
斧を持った牛頭人身の怪物、ミノタウロス
巨大な甲羅を背負った亀、フォートタートル
ボロボロのローブを身に纏い、杖を携えているスケルトン、リッチ
二人は一瞬だけ目を合わせると、互いに頷き、サクヤは体勢を低くしてミノタウロスの元に走り出し、セシルが弓矢で炎狼を撃つ。
「ヤァ!」
鞘から放たれた斬撃が銀色の軌跡になってミノタウロスの肌を切り裂く。だが、ミノタウロスの硬質な肌は刀を通さずに弾く。
「ブモォオオオオ!」
ミノタウロスが斧をサクヤめがけて叩きつけるが、大振りで隙だらけなため踏み込み刀を一閃しようとする。
「サクヤさん!足元ッ!」
サクヤは聞き終わる前にその場から飛び退く。今までサクヤが立っていた場所から土の槍が生えていた。
「グルァアアアア!」
詠んでいたかのようなタイミングで横から炎狼が跳びかかってくる。即座に剣域を発動させ、攻撃を読む。炎狼の攻撃を見ずに、身を屈め、爪をやり過ごす。炎狼の爪が空を切り、サクヤが斬り上げる。
「グルァアア!」
サクヤの刀があと少しで届くというところで炎狼の体が大きく燃え盛る。チリチリと肌を灼く熱量にサクヤは後退を選ぶ。
「サクヤさん。私も行きます」
そう言うと、空間魔法サブスペースに弓をしまい、ニ振りの短剣を取り出し、逆手に持つ。その短剣は見ただけで業物だと分かる程に切れ味を感じさせる。
「何故ですか?」
「弓がフォートタートルの持つ結界魔法により無力化されているからです」
戦えるんですか、とは問わない。それが愚問だと分かったから。彼女の短剣の構えからは隙が微塵も感じられなかったから。
「それでは行きます!」
サクヤの一声で二人は同時に地を蹴る。
リッチがカタカタと骨を鳴らしながら杖を掲げる。リッチの背後に十本の中級闇魔法、ダークランスが浮かぶ。
リッチが杖を突き出すとサクヤとセシルに向けて五本ずつダークランスが発射される。二人は歩みを止めずにかわす。
サクヤは瞬刀を使い、ミノタウロスの肌に着実に傷を増やし、セシルはヘラクレスコングを舞うような動きで翻弄し、斬撃を入れながら隙を探る。
「グラァアアア!」
セシルの死角から襲い来るのは炎狼だ。炎狼は気配を遮断してくるため非常に厄介だ。
セシルは舌打ちしながら、横に跳ぶが頬に浅く傷がつく。
ヘラクレスコングがセシルが下がったのを好機と見ると地面を強く殴る。振動魔法とその豪腕により地が揺れ、衝撃波が発生する。
衝撃波と振動で僅かに体勢を崩したセシルに炎狼が跳びかかる。
「土よ、我が魔力を糧に敵を穿て、アースランス」
サクヤが手だけセシルの方に向け、魔法を発動させる。地面から生えた槍はセシルと炎狼の間に割り込む。
「炎狼には気をつけて下さい!」
「はい!ありがとうございました」
サクヤの警告に礼を述べ、再びヘラクレスコングに向かおうと足に力を込めた時、地面に怪しく光る魔法陣が浮かび上がる。そこからスケルトンソルジャーが大量に召喚された。
カタカタとうるさい音を響かせながら斬りかかってくるスケルトンソルジャーの頭蓋を蹴りで砕くセシル。サクヤは刀を片手に持ち替え、鞘でスケルトンソルジャーの相手をする。
サクヤとセシルがスケルトンソルジャーを叩き砕くが数は一向に減らない。それどころか魔法陣からまだまだ出て来る。
「風よ、我が魔力を糧に敵を射抜け、ウインドアロー」
サクヤがスケルトンソルジャーの召喚者であるリッチに向けて風の矢を射る。リッチは召喚の魔法陣に魔力を注いでいるために無防備になっている。風の矢が加速して、そのままリッチを貫通するかと思ったが、フォートタートルの前で弾かれ、魔力へと還元された。
「結界魔法ですか。面倒ですね」
全く同じ時間にカイトが同じ台詞を言っていたのをサクヤは知らない。
「サクヤさん!二十秒だけ稼いでください!」
「分かりました」
セシルの声に即座に決断すると目の前のミノタウロスを放置し、セシルの元に駆ける。
行く手を阻むスケルトンソルジャーをバッタバッタと薙ぎ倒しセシルの元に着く。サクヤが自分を庇うように立つ姿を見て、安心して呪文を唱える。
「大いなる風よ」
魔法の完成まで十八秒。
襲いかかるスケルトンソルジャーを斬り伏せる。
「我が魔力を糧に」
魔法の完成まで十五秒。
スケルトンソルジャーは粉微塵となり、足元を白い塵で染める。ミノタウロスが重たい足音を立てながら近づく。
「嵐を起こし給え」
魔法の完成まで十ー秒。
後ろのセシルの邪魔をさせないためにミノタウロスの斧を刀で受け流すが、衝撃が強すぎて体が軋む。サクヤから、苦悶の声が漏れる。
「暴虐の限りを尽くし」
魔法の完成まで七秒。
ミノタウロスの攻撃を受ける度にできる隙を逃すはずもなく、炎狼の爪が容赦なくサクヤにダメージを与える。
「我が前に立ちはだかる悉くを」
魔法の完成まで三秒。
サクヤの肌から止めどなく血が流れ、肩で息をしている。ミノタウロスの攻撃をかろうじで受け流し、炎狼の爪を体を捻り、致命傷を避けるも背中を浅く裂かれる。
「薙ぎ払え!」
一節一節噛み締めるように唱えられたのは超級風魔法、爆嵐。草原に天まで届く程伸びた巨大な竜巻が召喚される。
爆嵐は魔物を次々飲み込み、ズタズタに裂き殺す。ミノタウロス、炎狼、フォートタートル、リッチの無残な死体が投げ出される。だが、ヘラクレスコングが耐える。両腕を交差させ、防御する。
やがて、セシルの魔力が枯渇してその場に倒れ込む。サクヤも動けない。目の前にはボロボロのヘラクレスコング。普段のサクヤなら一刀で屠ることができるが、今は体が言うことを聞かずに動けない。状況は絶望的だ。
「風‥‥よ、吹き‥‥飛ばせ、ウインドブロウ」
セシルがせめてサクヤだけでも逃がそうと、魔法を唱える。だが、魔力が枯渇している状態では微風が起きる程度だった。
ヘラクレスコングはニタリと笑いながら、血が滴る腕を振り上げる。無慈悲に振り下ろされた豪腕がサクヤとセシルを潰そうと迫る。
やけに時の流れが感じる世界。サクヤは無駄な足掻きと思いながら、刀を構える。体中を襲う激痛を気合で抑え、前を見る。
迫り来る豪腕に刀を添え、受ける力を地面に流す。力の向きを精密にコントロールして、ヘラクレスコングの挙打を逸らすことに成功した。だが、サクヤも今ので限界を迎えたのか片膝を付く。
ヘラクレスコングはもう一度腕を振り上げる。ヘラクレスコングは何もしてこないサクヤとセシルを見て、勝ちを確信した。
「絶界」
ヘラクレスコングの腕が透明な結界に阻まれ、弾かれた。
サクヤとセシルを覆うドーム型の結界。発動させたのは、サクヤの待ち人。
「よくやった。サクヤ、セシル」
カイトが二人の体に触れ、無詠唱で魔法を唱える。
「快癒の明光」
二人の体を暖かい光が包み込む。体を包む暖かさに、緊張の糸が切れ、二人は眠ってしまう。ヘラクレスコングは結界をバンバンと叩き、睡眠を妨害する。
「うるさい」
カイトの腕の一振りでヘラクレスコングの上半身と下半身がお別れする。あまりにあっけない幕切れだった。
まだ、戦火が上がっている場所もあるが、カイトとしてはサクヤの方が大切なのでサクヤをおぶり、街へ走る。セシルはついでだからと小脇に抱えられている。
街に戻ると物音ひとつしない。街の住民は王城へと避難しているため誰も居ない。今なら犯罪犯し放題だなぁ、と馬鹿なことを考えながら二人をベッドに寝かせる。
部屋は一部屋しか取っていない。別の部屋を取るとサクヤを不安にさせてしまうかもしれないからだ。ただし、ちゃんとベッドは二つ備えてある。
カイトは窓際にある椅子に座る。外は暗く、灯りが点いている場所は一つもない。カイトは小さな光球を作り出し、空中に固定する。
何をするでもなく、ただぼんやりと外を見る。夜空に浮かぶ星を眺める。どのぐらいそうしていたか分からないが、いい加減飽きてきたカイトはおもむろに立ち上がり独り言ちる。
「夜風にでも当たりに行くか」
「それなら私も行っていいですか」
横から聞こえた声に軽く驚きながら、声のした方を見ると悪戯が成功した子供のような顔をしているサクヤがいた。
「おはようございます」
「おはよう、というか今はこんばんは、かな」
「それより外に行くんですよね?」
「あぁ。サクヤも来るんだろ?」
「はい!」
ちなみにアハトはセシルの見張りとしてお留守番だ。
冒険者区の方からドンチャン騒いでいる声が聞こえた。モンスタークラウドは無事に乗り切ったようだ。
二人は観光区の公園の池に架かっている橋の欄干に背中を預け、空を見上げていた。辺りには虫の鳴き声が響いている。
「月が綺麗ですね」
何気なく呟かれたサクヤの言葉にカイトが声を押し殺すように笑う。一通り笑い終えると面白がるような声音で伝える。
「サクヤ、今の言葉は俺の世界だと愛していますって意味だぞ」
「‥‥‥‥‥‥‥」
サクヤは黙り込みカイトの正面に立つ。カイトは星空からサクヤに視線を移す。サクヤの顔は何かを決断したような顔だ。
サクヤはカイトの後頭部に手を持ってくると、グイッと引き寄せる。
「私はカイトが好きです」
そのままカイトに口づけをする。数秒の唇は触れ合い、離された。サクヤは唇に指を当てながら小悪魔のような笑みを浮かべる。
「龍人族は一度伴侶と決めた相手を絶対逃さないんですよ?」
「ハハッ。それは大変だな」
カイトとサクヤはしばらく手を繋いだまま夜空に浮かぶ二つの月を見上げていた。二つの月がカイトとサクヤを現しているようだった。




