09話 新しい技術を練習する
数日後、村の中も少しずつ元の日常を取り戻していた。子供たちの才能鑑定も無事に終わり、今回の鑑定では、村からもいくつか目を引く才能を持った子供たちが見つかった。
エリはもともと、その活発な性格のおかげで村中に知られていた。ほとんどの人から好かれていたが、勇者の称号を得てからは、以前にも増して注目を集めるようになった。
これまでエリを少し怖がっていた子供たちも、今では次第に憧れの眼差しを向けるようになっている。もちろん、中にはその才能を素直に認められず、嫉妬している者もいた。
最近、俺はエリとあまり会っていない。
勇者の称号を得てから、自分がその名に相応しい存在になろうとしているらしい。エリはほとんどの時間を、父親であるアルヴィンと一緒に鍛錬しているようだ。
そして今日は、俺も父さんと一緒に訓練場へ来ていた。
以前から約束していた通り、俺が五歳になったら父さんが俺に修行をつけてくれることになっていた。ただ、最近は父さんもかなり忙しかったらしく、今日になってようやく時間を作れたようだ。
「つまんない!! お母さんもライアンに教えたかったのに」
訓練場の外に立っている母さんが、いつも以上に不満そうな顔で声を上げる。
「まあまあ。俺がちゃんと教えるから、今回はお前の分までやるってことでいいだろ」
「やだ……」
「ははは……」
俺は母さんの反応に苦笑するしかなかった。
本当に、自分で俺に教えたかったらしい。
「よし、ライアン。集中しろ」
修行が始まった途端、父さんの雰囲気が変わった。
俺を真っ直ぐ見つめるその表情は、さっきまでとはまるで違う。周囲の空気が動き始め、風も次第に強くなっていく。
そして次の瞬間、父さんの身体から、とてつもない量のエネルギーが放たれた。
この感覚には覚えがある。
以前、父さんが俺たちを助けに来てくれたときにも感じたものだ。
何度か目にしているはずなのに、そこから感じられる威圧感に、俺は思わず目を奪われた。
「これ……何ですか?」
「お前は、これをどう感じる?」
答えるのが難しい質問だった。
たぶん父さんは、俺がこのエネルギーをどう感じているのか知りたいのだろう。
「すごく大きなエネルギーなのに……なぜか、すごく安心します」
確かにそうだった。この力が現れてから、周囲の空気まで心地よくなったように感じていた。
「よく観察できているな」
父さんはそう言うと、放っていたエネルギーを収め、いつもの状態に戻った。
「剣術を始める前に、まずはこれを教える」
そう言って、父さんが俺のほうへ歩いてくる。
「今、お前が見たものをヴァルと呼ぶ」
「ヴァル?」
「ああ。魔力とはまったく別のエネルギーだ。身体の安定と均衡を保つ役割を持っている」
この世界に来てから、俺はかなりの数の本を読んできた。
それでも、ヴァルという名前を聞いたことは一度もなかった。
「一生懸命本を読んできたのに、どうして今まで知らなかったんだって思ってるだろ?」
「はい……!」
「ヴァルは誰でも扱えるものじゃない。だから、ほとんどの人はヴァルに関する知識を本に残すこと自体を諦めてしまったんだ」
なんてことだ。
これほど重要なものなのに、俺が今まで読んできた本には一度も出てこなかった。
「今あるヴァルに関する本のほとんどは、王族が管理している。あそこにいる者たちはヴァルを扱うのに適した血筋を持っているからな。だから、普通の人間よりも扱いやすいんだ」
父さんの話をすべて理解できたわけではない。
ただ、ヴァルを扱うのが、どうやら簡単なことではないということだけは分かった。
そこで、俺はふと一つのことを思い出した。
「でも、前にエリもこのエネルギーを使っていました。あのとき、エリがこれを使って俺を助けてくれたんです」
「ああ、知っている。だからこそ、俺も間に合ったんだ」
父さんはそう答えると、少し考えるような顔をした。
「それにしても、あの子の才能は普通じゃない。帝国軍で言えば、副隊長クラスに達していると言ってもいいだろう」
……これからは、あいつに対して少しくらい低姿勢になったほうがいいかもしれない。
「でも、それなら父さんはどうやってヴァルのことを知ったんですか?」
「俺の師匠に教えてもらった」
「師匠?」
思わず聞き返してしまった。
まさか父さんにも師匠がいたとは思わなかった。
父さんは俺の顔を見ると、突然笑い出した。
「ははは、なんだその顔。そんなに驚くことか?」
そう言って、父さんは空を見上げた。
先ほどまでの笑みは消え、その表情はどこか遠くを見るようなものへと変わっていく。
「もう二十年近く、あいつには会っていない。今でも俺に会いたいと思ってくれているのかは……分からないな」
「え? どういうことですか?」
「まあ、その話はいい。それより、今日は本題に集中しよう」
父さんはそれ以上その話を続けず、再びヴァルについての説明を始めた。
「ヴァルには二つの状態がある。まず一つ目がセド。身体を維持し、調整するための基本状態だ」
「そして二つ目がルプト。セドを開放して、エネルギーを身体の外へ放出する状態だ」
「だが、まず今日はセドに慣れることから始めよう」
父さんが俺の胸に手を当てる。
すると、手のひらから穏やかな気が流れ込み、俺の身体の中へ入ってきた。
「どうだ? 身体に何か感じるか?」
俺は意識を身体の内側へ向けてみる。
「気持ちいいです……。ん……何かが中にあるような気がします」
「よし。今感じた場所に意識を集中して、それを掴むんだ」
言われた通りにしてみる。
さっき何かを感じた場所へ、意識を集中させる。
けれど、どれだけやっても上手くいかなかった。
「できません、父さん」
「大丈夫だ。焦るな」
父さんは落ち着いた声で言った。
「これは身体の安定を保つためのものだ。だから、自分まで不安定になったら意味がない。もう一度、集中してみろ」
父さんは再び俺の身体に手を当てた。
「続けろ」
俺は余計なことを考えないようにしながら、身体の中にあるエネルギーへ意識を集中させ、ゆっくりと目を閉じた。
目を開けると、俺はもう訓練場にはいなかった。
そこは、以前にも来たことのある、広く何もない空間だった。
同時に、頭の奥を突き刺すような痛みが走る。意識を失わないよう、俺は必死に耐えた。
この場所には覚えがある。
才能鑑定のとき、俺が一度連れてこられた空間だ。
「おや、おや」
聞き覚えのある声が、広い空間いっぱいに響き渡った。
今度は前よりもはっきり聞こえる。
声の主は、どうやら女のようだ。
不思議な音が少しずつ一点へ集まっていく。
やがて、その場所から一つの人影がゆっくりと俺のほうへ降りてきた。
だが、その身体は普通の人間とはまるで違っていた。
まるで純粋なエネルギーだけで形作られているようで、人の姿に近いものの、はっきりとした輪郭はない。
「子供……?」
「失礼ね!!」
「またあんたか。前に俺を何日も頭痛で苦しませた奴」
「せっかく私のことを覚えていてくれたのに、悪い記憶しか残ってないのね?」
「でも、あんたは一体何者なんだ? どうしてここに現れる?」
彼女はすぐには答えなかった。
しばらく俺を見つめたあと、逆に問い返してくる。
「それより、どうしてあなたが私に会えるのか……考えたことはないの?」
その質問を聞いて、俺はますます分からなくなった。
そもそも、どこから考えればいいのかすら分からない。
ただ、目の前にいる彼女の姿を見ていると、俺は思わず笑ってしまった。
「ちょっと、どうして笑うの?」
「いや……なんとなく。子供みたいな姿をしてるのに、話し方がおばあさんみたいで……ちょっと面白くて」
「失礼にもほどがあるわ! あと千年くらい生きてから、私に年齢の話をしなさい!」
千年……?
今の言い方からすると、俺はこの人を婆さんと呼んだほうがいいのかもしれない。
「じゃあ、子供の身体をしたおばあさんってことですか?」
「あなた、本気で言ってるの?」
彼女は呆れたように首を横に振った。
どうやら、これ以上この話を続ける気はないらしい。
「まあ、いいわ。私たちはこれで二度も会っている。これも何かの縁なのかもしれないわね」
彼女はそう言うと、俺のほうへ近づいてきた。
そして、手を伸ばして俺の身体に触れる。
「この先の過程で、少しだけ手を貸してあげる。そうすれば、あなたの身体も少し楽になるでしょう」
「え? どういうこと?」
彼女の手の上に、小さなエネルギーが現れた。
それは米粒のような形にぎゅっと圧縮されると、俺の周りをゆっくりと飛び回る。
次の瞬間、彼女は俺の身体を軽く押した。
「死なないように頑張りなさい。それじゃあ……息をして」
彼女は何かを思い出したように、もう一言付け加える。
「ああ、それと……私のことは誰にも言わないでね」
俺は聞き返す暇もなかった。
その言葉と同時に、身体が何かに引っ張られるような感覚に包まれる。
そして、再び目を開けた。
全身が一気に重くなった。
まるで身体の中にあった力をすべて抜き取られたようで、立っていることすら難しい。視界が揺れ、目の前の景色がはっきりしたかと思えば、すぐにぼやけていった。
「は……っ、はぁ……」
俺は身体を前に屈め、両手を地面についた。
そして、必死に息を吸い込む。
ダメだ。
胸が重い。
吸い込んだ空気さえ苦しく感じる。何度も口を開き、必死に空気を取り込んだ。
「は……っ、はぁ……はぁ……」
呼吸は次第に速くなっていく。
喉が詰まるように苦しく、胸も激しく上下していた。
もう、頭の中には息をすることしか残っていない。
もう一度、なんとか息を吸い込もうとする。
それでも、身体は鉛のように重かった。
「ライアン! どうしたの!?」
すぐそばから父さんと母さんの声が聞こえた。
母さんが慌てて駆け寄り、俺の身体を支える。
そして、すぐに治癒魔法を使った。
温かな魔力が身体の中へ流れ込み、苦しさが少しずつ和らいでいく。
「ライアン、もう大丈夫? 身体はどう?」
俺は返事をしようとした。
けれど、まだ呼吸は完全には戻っていない。
「うん……俺……」
そこで一度言葉を切り、息を整える。
「……たぶん、もう大丈夫です」
しばらくすると、呼吸もようやく落ち着いてきた。
身体にはまだ重さが残っているものの、少なくとも真っ直ぐ座れるくらいには回復していた。
その直後、俺は別のものを感じ取った。
母さんから、冷たい殺気が放たれている。
母さんは立ち上がると、その手を父さんへ向けた。
「リュウ!!」
声は小さい。
それなのに、その声に込められた圧力だけで息が詰まりそうになる。
父さんの身体が、まるで電気を流されたようにビクッと震えた。
「この子には優しくしてって言ったでしょう! ライアンに何をしたの!? もう、死んじゃえ!!」
母さんの手に魔法が一瞬で集まり、そのまま父さんへ向かって放たれた。
凄まじい一撃が父さんを遠くまで吹き飛ばし、その勢いで訓練場の一部まで壊れてしまった。
正直、母さんには説明したほうがいいのかもしれない。
今のことは、完全に父さんのせいというわけではない。
「本当に大丈夫なの、ライアン?」
「はい、大丈夫です。母さんのおかげです」
「それならよかった。今日はもう休みなさい」
「はい。でも、父さんとの修行は続けたいです」
「で、でも……」
「母さんにはまだやることがあるでしょう? アンメイとリュウスイの面倒を見てあげてください」
「分かったわ。でも、ちゃんと気をつけるのよ?」
「はい!」
母さんが去ったあと、俺は柵の前で倒れている父さんのところへ向かった。
身体のほとんどが、そのまま柵にめり込んでいる。
気の毒ではあるけど……なんというか、見ていると少し笑えてしまう。
「父さん、大丈夫ですか?」
父さんはすぐには答えなかった。
口を小刻みに震わせながら、しばらくしてようやく言葉を絞り出す。
「怖い……怖すぎる……もう、逆らえない……」
「父さん!!」
俺は父さんの頬を思いきり叩いた。
「痛っ! ……あれ、ライアン?」
「俺です。父さん、なんだか呆然としていたので、起こしてあげようと思って」
「そうか……エリラは?」
「母さんなら、もう行きましたよ」
「よかった……」
父さんはほっとしたように息を吐いた。
それから立ち上がり、身体についた埃を払いながら、すぐにいつもの表情へ戻った。
「それで、お前はどうだった?」
俺は、あの老婆のことや、あの空間で起きたことを父さんに話そうとした。
けれど、最後に彼女から言われた言葉を思い出す。
結局、俺は何も話さないことにした。
「少しなら、できるような気がします」
父さんはすぐに驚いた顔をした。
「本当か!?」
「はい……たぶん」
「よし。やってみろ」
「はい」
俺はもう一度、意識を集中させた。
けれど、今度は身体の中の特定の場所を探すことはしなかった。
その代わり、全身の力を抜き、自分の身体の中で起きている一つ一つの感覚に意識を向ける。そして、あの空間にいたときと同じように、自分の身体そのものを感じ取ろうとした。
エネルギーを無理に引き出そうとはしない。
ただ、その存在を意識しながら、少しずつ身体の中にあるものを感じ取っていく。
すると、どこか懐かしい感覚が、ゆっくりと身体全体へ広がっていった。
「驚いたな……」
父さんは顎に手を当て、隠しきれない驚きを浮かべながら俺を見つめている。
「もうここまで扱えるのか?」
「これって、どういうことですか?」
「セドには五つの段階がある。だが、お前はもう三段階目までできている」
父さんは俺をしばらく見つめてから、続けて言った。
「ヴァルが身体全体を、滞りなく巡っている状態だ」
「これなら、ルプトまで進めるな」
父さんはそう言うと、嬉しそうに俺の肩を何度も叩いた。
「ははは! やっぱりな。俺の息子は、たいした才能を持ってる!」




